第11話風魔衆

「風魔小太郎は風魔衆の頭領が代々継いだ名だ。先代が引退したのは数年前……いつだったか分からねえが、とにかく新しい頭領に女が選ばれたと雪秀から聞かされている」

「……よく喋る男だな」


 一応、風魔小太郎は相槌を打つが、言外に黙れと匂わせる。しかし雷次郎は気にもせず「そりゃあ俺は口から先に産まれたからな」と軽口を叩いた。


「足から産まれりゃ逆子になっちまう。そんな親不孝なことはできねえ――そんなことはどうでもいいか。とにかく、お前が当代の風魔小太郎なんだな?」

「…………」

「おいおい! 答えは沈黙で返せって教えられているのか?」

「…………」


 皮肉交じりの言葉にも風魔小太郎は返答しなかった。これ以上話しても無駄であると断じたのだ。仕方なしに雷次郎は真向かいの光に「風魔衆って知っているか?」と訊ねる。


「聞いたこと、あるわ。関八州で一番の忍び集団だって……」


 おずおずと答えた光に雷次郎は「そのとおりだ」と肯定した。


「雨竜家にも忍び集団がいるが、そいつらは主に諜報を得意とする。その点は日の本一だと思うが、風魔衆は役割が違うんだ」

「役割? その、風魔衆は何が得意なの?」


 雷次郎は「暗殺だよ」とあっさり述べた。

 光は思わず黙ってしまった。


「関八州を支配していた北条家の依頼にそれが多かったから特化したって感じだな。仕える先が真柄家に変わってもやることは同じだ」

「……小松様は、私たちに殺しはさせない」


 静かに否定する風魔小太郎――黙っているつもりだったが、流石に看過できなかったのだろう。彼女は強い口調で現状を説明する。


「むしろ小松様は、私たちに殺すなと命じてくださった。必ず生きてほしいとも」

「ふうん。あの小松さんがねえ。ま、雪隆の叔父貴を思えば自然ではある……」


 納得して頷く雷次郎だったが、不意にある考えが浮かんだ。

 それを確認するために彼はカマをかけることにした。


「なるほど。戦が始まる前に――雨竜家の当主様を殺すつもりなのか」

「――っ!? 何故――」


 言いかけた言葉を、風魔小太郎はこらえきれずに言ってしまった。

 雷次郎は「その反応で確信になったよ」と面倒くさそうに答える。上手くいったとはいえ、自身の父の暗殺計画を聞かされるのは喜ばしくない。


「適当に言ったことが当たるとはな。はは、俺の勝負勘は相変わらず凄いもんだ」

「き、貴様! 私を、嵌めたのか!」

「そう怒るなよ。悪かったって」

「ら、雷次郎、どういうことなの……?」


 雷次郎と風魔小太郎は納得しているが、光は訳が分からない。


「雨竜秀晴様を殺すって、そんなことしたら――」

「そしたら関八州は真柄家のもんになるな」


 雷次郎は光にも分かりやすく説明し出した。それは風魔小太郎の反応を窺うためでもあった。


「当主様を殺せば、一時的に雨竜家は機能しなくなる。その隙に他の大名家を従属させるなり滅ぼすなりして、力をつけて関八州を併呑する。雨竜家の傘下の中で、一番の力を持つ真柄家なら難しくはない」

「そ、そんなの……無理に決まっているじゃない……」


 光は信じたくない一心で否定する。

 もしもそうなれば、騒動を持ち込んだ自分のせいになるからだ。


「雨竜家の当主様を殺したなら、大義名分は――」

「暗殺なら誰が殺したか分からない。さらに言えば、他の大名家を従わせる方法なんていくらでもある。その主君に風魔衆を差し向けるって言えばいいんだからな。雨竜家でも防げないのなら、関八州の大名は防ぐことはできない」


 雷次郎はそこまで言った後、ふっと表情を和らげた。

 風魔小太郎があからさまに動揺していたからだ。


「お前さん、嘘がつけないんだな。なんか安心したよ」

「……自らの推測が正しいと思うからか?」

「違う。もしかしたら、風魔衆を変えられるかもしれないって思っただけだ」


 雷次郎の言っている意味が分からない風魔小太郎。

 聞き返すことなく、言葉の続きを待った。


「暗殺を得意とする風魔衆。そんな看板を捨てられたら、お前さんたちはもっと生きやすくなるんじゃないか?」

「…………」

「真柄家の家中でも恐れているものが多い。多村の反応を見ていたら分かる」

「…………」

「でも、お前さんならそんな現状を変えられるんじゃないか? 嘘をつけない、真っすぐな性根を持っている――」

「うるさい、黙れ!」


 癇癪を起こした子供のように、突然大声を上げた風魔小太郎。

 光は二人の様子を見守ることしかできない。

 風魔小太郎は感情をむき出しにして「お前に何が分かる!」と怒鳴った。


「百年以上だ! 百年以上、暗殺を生業にした風魔衆が、今更まともになれると思うのか! 関八州だけじゃない、日の本にも悪名が轟いているんだ! 私がいくら頑張っても、もう無理なんだよ! 部下たちを日の当たるところで生きさせるなんて!」

「……そんな気概だったら、無理だな。少なくとも、お前さん一人じゃ無理だ」

「分かっているさ、そんなこと!」

「まあ待て。お前さん一人で無理なら、俺が手伝ってやる」


 雷次郎の思わぬ申し出に風魔小太郎は訝しげな顔になる。


「……自分が何を言っているのか、分かっているのか?」

「十二分に分かっているとも。そのための方法は頭の中にある」


 雷次郎は「一応断っておくが」と前置きをした。


「今の生き方を俺は否定するつもりはない。日の当たるところで生きられなくても、幸せになることはできる。むしろ、そっちのほうが不幸にならないこともある」

「……それは貴様が私たちのことを知らないからだ」

「それだよ。みんな知らねえから、風魔衆は恐れられているんだ」


 雷次郎に対し、厳しい目を向ける風魔小太郎。

 彼は滔々と説明を始める。


「みんな風魔小太郎って聞いたら人殺しの危ない集団だって思っている。それを変えるには今までの風評を払拭するしかない」

「どうやって払拭するんだ?」

「簡単なことだ。俺たちを大坂まで護衛しろ」


 度肝を抜かれることを雷次郎が簡単に言うものだから、風魔小太郎は「き、貴様、正気か!?」と頭領らしくなく喚いた。


「雨竜家の当主様を暗殺しようとしていた私たちに、お前を守れと言うのか!?」

「俺じゃなく光を守ってもらう。影ながらにな。そうすりゃあ俺たちの旅も安心ってわけだ」


 雷次郎は続けて「もし旅の間守ってくれたら見返りは大きいぜ」と言う。


「雨竜家当主様の直々の主命を手伝ったのなら、世間の評判は良くなるだろうな。ひょっとしたら市井で流行りの読本になるかもしれん。この日の本一の遊び人、雷次郎の仲間として」

「……どれだけ自分に自信があるんだ、貴様は」

「考えてみろ。光を襲ってくる悪党を、風魔衆が次々とやっつけるんだ。恰好いいじゃあないか。愉快痛快って感じに書いてくれる奴も現れるだろうよ。弱きを助け、悪をくじく、正義の味方――風魔衆って」


 風魔小太郎は気づいていないが、雷次郎の言葉に惹かれつつあった。

 そんな風に生きてみたいと思った。自身の忍術を人を殺すことではなく、人を守ることに使いたいと思った。


「後はお前さんの決断だけだ、風魔小太郎」

「…………」

「俺と一緒に来たら――痺れるぜ」


 心動かされる言葉だった。

 心揺さぶられる言葉だった。

 ここで風魔小太郎は、どうして雪秀が雷次郎を兄として慕っているのか、分かってしまった。


「……私にそんなこと、できるだろうか」

「さあな。俺はお前さんじゃないから分からねえ。でも、決断したら手伝ってはやる」

「しかし、小松様が許すはずが……」


 すると雷次郎は「お前さんは分かってねえな」と鼻で笑った。


「俺の友人の真柄雪秀のことをまるで分かってねえ。俺はあいつほど頑固で頑張り屋で、諦めない男は知らねえ。きっと小松さんを説得するはずさ。今頃、俺たちを解くために向かっている最中じゃねえか?」


 その直後、地下牢の入り口のほうから「やっと私の話題になりましたね」と声がした。


「なんだ。出所を待っていたのか?」

「雷次郎様が風魔小太郎を説得するのを待っていたんですよ」


 暗闇から出てきたのは、雪秀だった。

 若干疲れた表情をしているが、どこも怪我をしていない。

 話し合いは無事に終わったようだった。


「雪秀! ここから出してくれるの?」


 光が嬉しそうに言うと雪秀は少しだけ複雑そうな顔をして、それからにっこりと微笑んだ。


「ああ、すぐに出す。それから風魔小太郎。当主様の暗殺はなしだ。母上が命令を撤回した」

「……かしこまりました」


 内心、風魔小太郎は安心した。雨竜家の当主を殺すとなると、部下たちの犠牲は多大なものとなる。それだけは避けたかった。


「雷次郎様。風魔衆も旅に連れて行くのですか?」

「もちろんだ。来てくれるよな、風魔小太郎」

「……私自らか?」

「当たり前だ。お前さんもそうしたいだろう?」


 風魔小太郎は少し悩んで「考えさせてくれ」と答えた。

 他の者と相談しないと即断できないことだったからだ。


「慎重だな。いや、それも当たり前か」

「とりあえず、ここを出ませんか?」


 雪秀は雷次郎に言った。


「もう夜は明けました。朝食にしましょう」

「そうだな。そういや何も食べてなかった」

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