初めて出逢うあなた -2

 真っすぐな道をひたすら歩いたその先に、大きな建物があった。

「貴族の御屋敷くらいありそう」

 オリバーが言うと、トーラスは軽く手を振った。

「そんな立派なものじゃないですよ。大きいのは大きいですが」

 確かに華美な建物ではない。飾り気はなく、ヴェルレステの一般的な一軒家をそのまま大きくしたような雰囲気だ。

 石壁が擦り切れてところどころ剥落した建物は、古びているけれど素朴で、どこか暖かく見えた。

 もしかしたら、懐かしいなどと思っているのだろうか。相変わらず、どんな景色も記憶には響かないけれど。

「ここは魔女や魔法使いが共同生活を送る場所なんです。レイラ島には魔法の血統を守ってきた者、そうでなくてもあからさまに強い魔力を持った者がいましたから、寄り集まって暮らしていたのですよ」

「どういう意図があって?」

 ずっと緊張にこわばっているエルダが、それでも興味深そうに尋ねた。

「古くは、同士で集まって魔法の研鑽をするためとか、神秘を共有し秘匿するためとか、血統を守るためとか、いろいろあったみたいですけど。魔法を持たない者と持つ者と明確に分かれるためになんて、ずいぶん排他的な理由を掲げていた時代もあったみたいですし」

 建物の正面入り口には入らず、外に巡らせてある回廊を歩きながら話を続ける。

「だけど私がライエなんかと一緒に生活していた頃は、単純に良き理解者同士が集まって暮らしていたぐらいの気持ちでしたよ」

 どんな分野でも同好の士は心強いですから、とトーラスは言う。


「オリバー君たちの親子のように、魔法とは関係のない方たちも魔女魔法使いに理解を示して……というよりは、この島ではすでに自然なものとして受け入れていましたし。レイラ島の住民は少なかったですから、全員仲がいい、という感じで」

「ああ、それならいいね」

「ここを自分たちの家、とライエも素直に呼んでいましたしね」

「ライエもはじまり島の人だったんですね」

 オリバーはヴェルレステ本島で暮らすライエしか知らない。けれど生まれは違うことや外からやって来た者であることは、周囲にいる人から聞いてはいた。

「はい。ライエは割と活動的でしたから、レイラ島の外によく出て行っていましたよ。昔、ヴェルレステで疫病が流行った時に罹患者の治療に奔走して、その時からヴェルレステ本島に居を構えて、後々本格的に移り住みましたね」

「あ、それレナード先生も言ってた」

 振り返った先のレナードではなく、隣のフランチェスカが頷く。

「あれは辛かったわねえ。熱で朦朧とするし、何度も吐くし。それでも私とうちの家族は、症状が軽いうちにレナードがライエさんを連れて来てくれたから、後遺症もなく助かったけれど」

「ほんとにフランたちが死ぬかと思ったぞ、あれは。近所の連中は揃いも揃って『魔女なんか信用しない』とかいうから……いやまあ俺も信用してなかったけど。でもそんなこと言ってる場合かって、ライエんとこに救援頼みに行って」

「それでうちで看病してくれてる間に、レナードも感染しちゃったのよね」

「まあ、あんなの二度とごめんだけど。ライエがたくさんの人を助けてくれたし、ヴェルレステ本島でも信用を勝ち取ったのだけは良い結果になったな」

 しんどい思いをしただろうに、レナードもフランチェスカもしみじみと懐かしむように語った。大人の苦労話というのは、こういうものなのかもしれない。


「それ以降も、ライエはレイラ島に度々帰島はしていましたが。でも島が呪いに閉ざされてからは、オリバー君と同様に彼女も一度も帰っていません」

「でもさ、よく考えたら、ライエだってはじまり島に渡れないわけじゃなかったんだよな。魔法であの化け物みたいな海にも対抗できただろうし、それが無理でも、トーラスさんに頼むって手があっただろうに」

 トーラスは小さく首を振った。

「帰ろうと思えば、可能だったでしょう。けれどライエにはオリバー君がいた。あなたをアデイルから託されていました」

 ライエは言っていた。

 預かったオリバーをちゃんと育てると、アデイルに誓ったと。

「幼いあなたに事情を話すことも、レイラ島に連れて行くことも。たとえ一時的なものになるとしても、あなたを置いて一人でレイラ島に戻ることもライエはしなかった」

 ライエがどれだけレイラ島に、故郷に思い入れがあるかはわからない。なんにせよ、彼女はオリバーとその母との約束を優先させていたのだ。

「今回、たまたま呪いに繋がる事態が起こったとはいえ。自分は連れていけなくともオリバー君が故郷へ戻ることを、成長したあなたがアデイルに会うことを、叶えてやろうと思ったんでしょう」


 いつかわかる時が来るだろう。

 その時がきっと今、巡ってきたのを感じてライエは送り出してくれたのだ。

 回廊から続く階段を昇り二階へ上がると、木でできた簡素な一枚扉が現れた。

「こちらになります。よろしいですか、エルダ王女」

 扉の前で一度振り返って、トーラスはエルダに尋ねた。

 何がどうよろしいかはオリバーにはわからなかったが、エルダは声もなく一つ頷いた。

 トーラスが扉に手を掛けた。特別感も重厚さもないそれを、どこか慎重な手つきで中に押し込む。


 大きな人形か、彫像なのかと思った。

 広さは倍くらいあるけれど、客船の船室みたいに簡素な部屋。

その部屋の中央に、一人の女の子がいた。

間違いなく、人間だった。椅子に体を預けて、まぶたは固く閉ざしているが、眠っているのだろうか。

 いや、明らかにただ眠っているだけではない。

「あれは、呪い?」

 オリバーは全身を、目まで凍りつかせて少女を凝視する。

 

 少女は首から下、足首まで体中を文字で覆われていた。

エルダが手首を文字の鎖で縛られるように、少女の全身には連なった文字が巻き付いていた。

「そう。彼女が私やお母様、オリバーにかけられた呪いの元。『はじまりの魔女』を祖にするという魔女の子で、呪いそのもの」

 エルダは厳しい目つきで、歳の近そうなその少女を見つめる。

「はじめまして、エイミー」 

 エルダのその横顔と、呪いと呼ばれた少女の面影が重なって。

「私の、お姉さん」

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