第33話


         ※


「ぐっ……。うむ……」


 僕は意識を取り戻した。

 ここは、どこだ? ああ、そうか。軌道エレベーターで降下してきたのだから、地球のどこかではあるのだろう。


 そこまで考えて、僕は自分の存在に違和感を覚えた。

 何故自分が生きているのか、それが謎だったのだ。いや、自覚がないだけで、本当は死んでしまっているのかも。


 だが、アレックス死亡説は、呆気なく覆された。

 僕は、トニーを下敷きにして地面に落着していたのだ。また、振り返ると、軌道エレベーターは緊急逆噴射を行ったらしく、予想よりも衝撃、ダメージは少なかったらしい。


 まさか、自分を殺そうとしていたロボットによって、結果的に命を救われるとは。

 僕は我が身に降りかかった事態に、皮肉を覚えずにはいられなかった。


 滅茶苦茶、というよりぐちゃぐちゃになった脚部を見下ろし、痛みを感じる。どうやら夢ではないらしい。両腕を使ってトニーの身体から自身を引っ張り下ろし、周囲を見遣る。

 だが、次の瞬間こそ、僕の予想を大きく裏切るものだった。


 ここは、どこかの沿岸地域らしい。軌道エレベーターは、そのそばに敷設された洋上プラットフォームに繋がっていたようだ。


 そこから見えるもの。それは、工業都市ならではの、スモッグに覆われた低い空だった。

 その下にはいくつもの煙突が立っていて、濛々と真っ黒い煙を吐き出している。

 さらに、海面は奇妙なことになっていた。七色に輝いていたのだ。きっと、工業製品の開発時、垂れ流された油分が広がっているのだろう。


「そ……そん、な……」


 違う。こんなはずがない。地球は緑豊かで、自然の美しい星だったはずだ。

 それが、こんなに平然と汚されている。博士のラボで体験した、森林地帯の散歩の時とは、あまりに周囲の環境が違いすぎるではないか。


「違う……違う!」


 僕は声を震わせた。

 博士のラボで見たのは、自然豊かな光景だった。そして、遥か以前から、僕はそれが地球なのだと認識してきた。


 人類の故郷、地球。守るべき、地球。母なる大地、地球。


「それを……それを人間は……」


 恐怖も絶望も通り越した、どす黒い感情が僕の胸に穴を空けていく。

 そして今度こそ、僕は意識を失った。

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