第18話


         ※


 燃料補給に立ち寄った衛星基地は、沈黙していた。ミヤマ博士の言う電波妨害が効いているのだろう。

 僕たちはほっと胸を撫で下ろしつつ、広大な滑走路にスペースプレーンが着陸するのを全身で感じていた。


 この基地の警備員たちから攻撃される可能性は低いだろう。そう考えられたが、念のため僕とフィン、それにトニーは、燃料供給作業を行うフレディさんの護衛に就いた。


 レーナが護衛任務から外されたのは、僕がそう勧めたからだ。無理をして戦う必要はない、と。

 本音を言えば、レーナに人殺しになってほしくなかった、という僕のわがままを押し通した節もある。先ほどの会話で、『自分にとって大切な人が殺人を犯すのはいかがなものか』と考えさせられたのだ。


 かと言って、護衛任務を疎かにするわけにもいかず、僕自身も戦うつもりでいたので、今スペースプレーンで留守番しているのはレーナだけだ。


「アル? アル! 聞いてんの?」

「あ、ああ、ごめん」


 エアロック開放前に、僕はフィンに、低重力下での自動小銃の扱いについて教えてもらっていた。


「銃床を腹に当てて、身体の軸と垂直になるように。それから少し前傾姿勢になって、腕を伸ばすんだ」

「こ、こう?」


 自信なさげな僕の肩を、フィンがばしりと叩く。痛くはないが、ふわりと身体が浮ついてしまうのは止められなかった。


「そこでエアーノズルを使って、姿勢と位置を保つんだ。おっと、今ここでやらないでよ? エアロック狭いんだから」

「分かってるよ」


 小突かれた僕がフィンを小突き返す。すると、声に緊張感を滲ませ、フレディさんが問うてきた。


「レクチャーは済んだかい、フィンさん?」

「あとはアルの適性次第ですね。しっかりしてよ、アル」

「分かってるよ」


 初めはむっとしたが、僕にも緊張感が伝染してきたので、フィンに文句をつける時機を逸した。


「エアロック、開放します。レーナ様は、気圧の保たれた貨物区画にて待機なさってください」


 相変わらず落ち着き払ったトニーの声。

 エアロックの向こう側に向かっていくレーナの肩に手を伸ばしたが、結局その手は空を掴んだ。

 レーナの方はと言えば、意気消沈した様子で、振り返ってもくれなかった。

 僕の言葉が強すぎたのだろうか?


「ほら、アル!」

「ああ、分かってるよ!」


 先ほどよりもだいぶ強く、フィンが肘を押し付けてきた。

 そんなことをされなくても、これからの護衛任務がどれほど危険かは分かっている。

 それとも、それが分かっていないようにでも見えたのだろうか。


 エアロックが解放され、僕たちの前には広大な地表が広がった。目の細かい、白褐色の砂からなる地面が。

 フレディさんは慣れた様子でエアーノズルを操作し、滑走路の隅にある操作盤へと向かった。彼の元には、つかず離れずの位置でトニーが追随し、援護体勢を取っている。


 僕とフィンは、ゆっくりと地面に下り立って、その場で射撃体勢に入った。万が一、トニーが行動不能に陥った際、フレディさんを助けるためだ。

 まあ、トニーがいなくなってしまったら、スペースプレーンを操縦可能な人材(?)もいなくなってしまうのだけれど。


 僕たちは寝そべるような格好で自動小銃を構え、その銃口をトニーとフレディさんの両脇に向けていた。まさか、自分たち二人が狙われているとは露とも思わずに。


 音もなく、砂塵が舞った。ヘルメットが一瞬真っ白になる。その直後、僕の下腹に鈍痛が走った。身体が宙を舞う。

 自分がフィンに蹴飛ばされたと気づいた時、フィンは柱のように舞い上がった砂塵の中心にいた。


「フィンっ!」


 フィンは膝立ちの姿勢で、どこかに向けて集中砲火を浴びせていた。それに応じるように、向こうからも機銃掃射を受けている。どちらが先に攻撃を始めたかは分からない。


 フィンから遅れること、恐らく十秒近く。僕にも見えた。

 ちょうど僕に背を向けているフィン。その銃火の向こうに、マズルフラッシュが煌めいている。


「くっ!」


 僕は地面を蹴り、フィンの斜め後方から跳び上がった。重力が先ほどの惑星とほとんど同じだったのは幸いだ。

 もう一つ幸いだったのは、フィンに教わった射撃姿勢を取れたこと。自分でも意外だったが、すんなりと銃を構えることができた。

 僕の視界は、再び真っ赤に染まっている。そうだ。僕だって戦えるのだ。


 真空中を、音もなく行き来する弾丸。その向こうに、僕は確かに認めた。スペースプレーンの管制塔と思しき建物の屋上から、銃撃をしている人影がある。二人だ。この距離では狙えない。


 僕はエアーノズルを噴射し、勢いよく接敵した。射撃体勢で牽制しつつ、ぐるぐると回転しながら、弾丸を回避する。僕が改めて射撃体勢を取った時、僕は敵の斜め上方にいた。素早く弾倉を交換する。


 上方を取った僕が、敵二人を薙ぎ払うのは容易だった。防弾仕様の宇宙服を着ていることを考慮し、一人に銃撃を集中させる。

 弾倉一つ分の銃弾を叩き込んだところで、その一人は倒れ込んだ。鮮血が玉になって、ぷかぷか浮かんでいる。

 タイミングよく、フィンが銃撃を再開した。僕は最後の弾倉を叩き込み、しかしまた銃撃するのは面倒だと判断。手榴弾のピンを抜き、敵に向かって放った。


 低重力下で、のろのろと回転しながら飛んでいく手榴弾。

 仕方ない。僕は手榴弾を狙撃した。すると、ちょうど敵の頭上一メートル――最大効果域で、手榴弾は起爆。自らの破片と共に、敵の上半身を消し飛ばした。


 そっと銃口を下ろした時、通信が入った。


《こちらトニーです。この基地の通信システムを掌握、これ以上武装警備員が現れることはありません。しかし、戦闘でフレディ様が負傷されました。燃料の補給態勢は整いましたので、皆様エアロックにお戻りください》


 僕はふっと息をついて、フィンの方に振り返った。彼女もまた、負傷している。右の膝上に、宇宙服の上から使うタイプのテープを貼り付けている。


 命に別状はなさそうだ。僕が安心した瞬間、再び視界はフルカラーに戻った。

 やはり、危険を意識すると、僕は何某かの酩酊状態のようなものに陥るらしい。『酩酊』と言うにはいささか物騒すぎるが。


 それよりも、僕には疑問があった。

 ミヤマ博士によれば、この宙域にある衛星群には、電波妨害が仕掛けられていたという。しかし、実際は待ち伏せされ、銃撃を受けた。

 これは一体、どういうわけだ?


 僕がフィンをゆっくりと立たせ、スペースプレーンに戻ろうとした、その時だった。


《あっ、レーナ様! お待ちを!》


 エアロックの外壁が展開し、待機中だったはずのレーナが現れた。その手には、僕たちがスペースプレーンの装備ラックで発見したロケットランチャーが握られている。


「レーナ! 何をするつもりなんだ!」


 そう叫び、しかし通じないことを自覚した僕は、慌てて両腕を掲げた。

 思いっきりぶんぶんと振り回して、レーナの行動を止めさせようとする。それが結局無駄に終わるとも知らずに。


 レーナは宇宙服の腰部にワイヤーを括りつけ、自分の身体を固定した。そして、右肩に載せるようにしてランチャーを構えた。


 はっとして、管制塔の方を振り返る。するとそこに、おぞましいものがあるのを見て、僕は凍り付いた。

 デブリ迎撃用の小型ミサイル発射台が、地下からせり上がってくるところだった。


 このあたりは、僕たちがいた惑星と違い、デブリ、すなわち宇宙ゴミやごく小さな岩石類が高速で飛翔している。それを破壊し、この基地の安全を確保するのがミサイルの用途だ。


 まさかここの警備員たちは、それをこのスペースプレーンに対して使用するつもりなのか? 僕たち諸共、吹き飛ばすつもりで?

 

 そこでようやく、僕は最初の疑問に戻った。

 この衛星の管制システムは、電波妨害によって機能不全に陥っているのではなかったのか?


《アル様、レーナ様! 伏せてください! 予想以上の早さで、基地の管制システムが復旧しつつあります! そこではミサイルの爆風に――》


 トニーの通信は、しかし最後までは僕の耳に入って来なかった。

 ふっと、レーナの声が聞こえたような気がしたのだ。


(やらせはしないよ)


 ミサイルがこちらに狙いを定めるよりも、レーナがランチャーからロケットを放つ方が早かった。反動でくるくると宙を舞う、レーナの身体。

 それでも狙いは精確だった。ロケットは真一文字に砂塵を巻き上げながら、管制塔のそばに展開していたミサイルを直撃。爆破。誘爆。破片の飛散。

 

 管制塔の窓ガラスが音もなく、しかし凄まじい勢いで破砕され、ミサイルがあったのと反対側の窓ガラスまでもが吹っ飛んだ。

 きっと管制塔の中は、凄まじい熱波と爆風に見舞われ、地獄の様相を呈していることだろう。それにしても――。


「レーナ、君は自分が今何をしたのか、分かっているのか……?」


 僕にはそう呟くことしかできなかった。

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