第26話 悪意の模擬戦~中編~
「ふん、ゾロゾロとお出ましか。大したことのない模造品ふぜいが、数だけは立派だな」
滅多に見せないヴォルゼフォリンの悪態に、しかしランベルトは止めなかった。
珍しいことに、今のランベルトは“怒り”を抱いており、全面的にヴォルゼフォリンの考えに同意していたからである。
「行くよ、ヴォルゼフォリン。もう二度と僕やマリアンネに手出しができないように、あの鼻、叩き折る」
先ほどの罵詈雑言を受けたことに対する怒りが、今さらのようなタイミングで湧き上がるランベルト。しかし今の彼にとっては、むしろちょうどいい戦意だった。
「ああ。行くぞ」
ヴォルゼフォリンもまた、はやりすぎず足らな過ぎず、適度な戦意を抱いてスタジアム中央へと向かったのであった。
***
「遅かったじゃあないか。震えてたのかな?」
「それは貴様だろう。数ばかり揃えてきたようだが、どれもこれもガラクタだな」
「なっ……!」
エーミールの用意した6台の紫色の機体を、全部まとめて“ガラクタ”と言い切るヴォルゼフォリン。
相当こたえたようで、顔を真っ赤にして――とはいえ、ランベルトとヴォルゼフォリンからは見えないのだが――まくしたててきた。
「わ、私のクラーニヒ隊専用機である“アルナイル”と“アルダナブ”を馬鹿にしたな!?」
「当然だ。私に比べればはるかに格下の機体に過ぎん」
「ふ、ふざけるな! 一般機であるアルダナブも、私のアルナイルも、磨き抜かれた一級品の機体だぞ! ティアメルなんかとはわけが違うんだ!」
「どっちがどっちだ? まぁどちらでもいい」
「貴様……!」
さらに憤慨するエーミール。
と、ヴォルゼフォリンが人差し指を立てた。
「そこでだ。ガラクタである貴様らにハンデをやろう」
「ハンデ……だと?」
「そうだ。『私は一切武器を使わない』、これがハンデだ。もちろんそちらは好きなだけ武器を使ってもいいし、何なら私の武装を奪ってもいいぞ。奪えたら、だがな」
エーミールからすれば、屈辱的な申し出だ。
何せ団体戦最強を誇るクラーニヒ隊を相手に、たった1台で、しかも非武装で戦うと言い切ってのけたのだから。
しかし、それは同時に願ってもない好機でもある。
ごく普通に勝利するのはもちろん重要な目的であるが、万一相手が何か一つでも武装を使用した場合、前者以上に恥をかかせられると思ったからだ。
悩んだ末に、結論を出す。
「いいだろう。後悔するなよ」
「当然だ。貴様らには、武装を使う価値すら無い」
「聞いたな? 相手は丸腰だ、一方的に潰せるぞ!」
聞こえよがしに、クラーニヒ隊に向けて話すエーミール。
だがヴォルゼフォリンの胸中は、憐憫の情でいっぱいだった。
(末路も知らず……のんきなことだ)
ヴォルゼフォリンは拳を構え、いつでも仕掛けられるように体勢を整える。
「クラーニヒ隊各員、準備はいいな? いつも通り、やれ」
対するエーミールもまた、自身の僚機であるアルダナブたちに命令を下した。
「では……始め!」
互いの戦意が発露しだしたタイミングで、審判役が号令をかける。
同時に、ヴォルゼフォリンが凄まじい勢いで疾走した。
「正面からとは愚かな。各機、魔法弾放て」
エーミールは冷淡に、僚機に指示を飛ばす。
同時にアルダナブたちが構える銃から、光り輝く弾丸が放たれた。
「そこだ! 私を跳ばせ!」
「分かった、跳んで!」
しかし、ヴォルゼフォリンもこの程度の攻撃は想定内である。ランベルトに自身を飛ばすよう伝え、そして右側へと大きく飛んだ。
「なっ、なんて跳躍力だ……!」
一般的なアントリーバーの全高を超える高さを、ただの跳躍だけで跳んでみせるヴォルゼフォリンには、エーミールも動揺した。
「ひっ、怯むな! わざわざ近づいてきたのだ、お望み通り格闘せ――」
さらに動揺を強めるエーミール。
その理由は、既に吹き飛んでいたアルダナブの頭部にあった。
「まずは1つ」
右脚を振り抜いていたヴォルゼフォリンは、視界を失って倒れたアルダナブに近づく。
そして念入りに、左右両方の
「後で無駄な抵抗をされても困るからな。さて、残った敵を排除していこう」
「もちろん。殺さないように、ね」
「当然だ」
ヴォルゼフォリンはゆっくりと、生き残ったクラーニヒ隊5台に近づく。
「ッ、3番機、4番機! 格闘戦の準備だ! 1番機と2番機は私と一緒に、銃に持ち替えろ! あの機体の魔法は効かん!」
「ほぉ、私とマリアンネの模擬戦を見ていたか。一応は対策していたようだな」
ヴォルゼフォリンの呟きは、エーミールたちに聞こえていない。独り言同然に放ったものだ。
「ヴォルゼフォリン、来るよ!」
「落ち着け、ランベルト。どっしり構えて、敵の動きをよく見るのだ」
「よく見るって! ッ、来た!」
「落ち着くんだ、ランベルト。大したものではない」
左右からまったく同じタイミングで迫る、2台のアルダナブ。どちらも、右手に剣を構えていた。
「まだだ。まだ動くな」
「ッ……」
「私を信じろ」
「わ、分かった!」
ランベルトにはヴォルゼフォリンの真意が読めないものの、戦闘経験の差より従う他無かった。そもそもヴォルゼフォリンを疑ったことが無いのもまた、この判断に影響していた。
「もう少しだ」
「こ、攻撃されるよ!?」
「構わん。むしろ攻撃させろ。それにあの程度、装甲で弾ける」
話している間に、2台のアルダナブは剣を振り上げている。
さらに銃弾も飛来しており、逃げ道をふさがれていた。必中の連携、回避しようとも避けきれない。
剣が振り下ろされる――その瞬間、ヴォルゼフォリンは叫んだ。
「今だ! 2台の手首を掴め!」
ヴォルゼフォリンの指示からコンマ数秒で、ランベルトは命令を伝える。
機体が瞬時に、アルダナブの手首を同時に掴んだ。
「なっ!?」
「馬鹿な!」
完璧なはずの連携が、しかしただ手首を掴まれただけで途切れた事実に、クラーニヒ隊がまたも動揺する。
「フッ!」
その隙を逃さず、ヴォルゼフォリンは2台のアルダナブの右手首を、圧倒的な握力で破砕した。
ひとたび掴んでしまえば、ヴォルゼフォリンの
「まだまだ!」
さらに飛来する銃弾にもかかわらず、ヴォルゼフォリンは先ほどの2台のアルダナブに、回し蹴りを叩き込んでいた。綺麗に頭部を吹き飛ばすと、アルダナブのうち1台を盾にし、もう1台のアルダナブの両肩関節を念入りに踏み砕く。
「さて、どこまで撃てるかな」
「ひ、卑怯な!」
「笑わせる。腕ずくで取り返してみろ」
じりじりと距離を詰めるヴォルゼフォリン。
と、ヴォルゼフォリンの腰にある光剣の
「今だ! これで、こいつを……」
「本当にいいのか?」
「当たり前だ! 俺は助からないが、お前もろとも……」
そう言って、アルダナブが光剣を起動した瞬間。
がくりと首と肩を落とし、光剣の
「なっ、何だこれ!? 魔力が、一瞬で――」
「だから言ったのだ。『本当にいいのか』とな」
盾にされているアルダナブの搭乗者は、何が起きたかを正確に把握できていなかった。
ヴォルゼフォリンの光剣を起動させるのに要求される魔力量は、本体ほどの多さはないものの、既存のアントリーバーに搭載されている動力炉程度でまかなえる量ではなかったのである。当然魔力切れを起こし、結果として活動停止に追い込まれたのであった。
「動かんともなれば、まさにただのガラクタだな。だが、まだ使いようはある」
頭を掴み、左手だけでぶらさげているアルダナブを見て、ヴォルゼフォリンは冷淡に言い放った。
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