第25話 悪意の模擬戦~前編~

「はあっ!」


 ヴォルゼフォリンの前腕部に装備された砲から、ビームが断続的に放たれる。


「狙いが読みやすいですわ! そこ!」


 狙われたディナミアは、最初の数発こそ被弾しつつも戦鎚を構えて肉薄した。

 ランベルトはすぐに意識を切り替え、ヴォルゼフォリンに光剣を持たせる。


「前に進め! 潰されるぞ!」

「わかった!」


 実戦であれば戦鎚を受けて鉄屑てつくずになっているであろう、大きな隙だ。

 だがランベルトはヴォルゼフォリンをむしろ前進させ、体当たりすることで隙を無意味にしたのである。


「ぐっ……! 今の衝撃は、少々こたえましたよ」

「あのままだと潰されただろうからな。訓練ゆえに寸止めだろうが」

「よくご存知で。実戦でしたら、頂いていたでしょう」

「そうか? その戦鎚でも、私の装甲は潰せんだろうよ」

「もちろんです。『貴女が並のアントリーバーであれば』、の話ですゆえ」

「よく分かっているじゃないか。……おっと、チャイムが」


 昼休憩を告げるチャイムが、学園全体に鳴り響いた。


「そうですね。そろそろ潮時でしょう」

「だな」


 ランベルトたちは鍛錬を中断し、昼食に向かったのであった。


     ***


 それから昼食を終えて。

 スタジアムに戻ろうとしたランベルトとヴォルゼフォリンを、男子生徒たちが取り囲んだ。


「お前たち、何の用だ?」


 とっさにランベルトを自身の近くに引き寄せたヴォルゼフォリンは、人型巨大兵器の姿に戻る準備をする。


「まあまあ、落ち着きなよ。君たちを授業に誘ってあげようと思ってね」

「ベルクヴァイン子爵!」


 フレイアが抗議の声を上げるが、エーミールに気にした様子はない。


「ご機嫌うるわしゅう、会長。なに、大したことはしませんとも。何やら彼らを鍛えられていらっしゃるご様子ですので、その手助けをして差し上げようと思ったのです」

「まったく求めていませんわね、ベルクヴァイン子爵」

「マリアンネ、これは君のためでもあるんだよ」

「私のため……ですって?」


 怒りを込めた視線で、エーミールを睨みつけるマリアンネ。


「そうさ。君の名誉を地に落とした銀の機体を、同じ目に遭わせようと思ってね」

「笑わせないでくださいませ。そのようなこと、迷惑以外の何物でもありませんわ」


 ヴォルゼフォリンと既に和解しているマリアンネにとっては、エーミールのやろうとすることをまったく面白く感じていない。

 だがエーミールは聞く耳を持たず、話を一方的に続ける。


「とは言ってもね。あまり大きな顔をされても困るんだよ。それに、大きな借りがあるからね」

「確かに、特大のを貸し付けたな」

「その減らず口が叩けるのも今のうちさ。僕が専属で率いるチームの選抜メンバーで、君の名誉をズタボロにしてあげるよ」

「肉弾戦でか? 笑わせる」

「いいや、アントリーバーだよ。半壊くらいにすれば、調子も引っ込むだろうしね」


 ニタニタと笑みを浮かべる、エーミールとその取り巻きたち。

 だがヴォルゼフォリンは、エーミールとは別の意味を持つ笑みを浮かべていた。


「そうか、アントリーバーか。ちょうどランベルトの特訓にもなりそうだし、お相手しよう」

「そう来なくちゃ。案内するよ」


 エーミールはランベルトたちを、普段とは違うスタジアムへと案内した。


     ***


「着いたよ。第2スタジアムさ」


 到着と同時に、エーミールの取り巻きたちがランベルトとヴォルゼフォリンから距離を置く。


「この後授業で使うんだけど、その前に見せるデモンストレーションとして模擬戦をするんだ」

「それで私たちを呼んだわけか」

「その通り。そして君たちは、僕の率いるチームに無様に敗北するってわけ」

「ああ、確かに無様に敗北するだろうな」

「でしょ?」

「――お前たちが、な」


 エーミールはこめかみに、青筋を浮かべる。


「随分と余裕そうじゃないか。こっちは6台がかりだってのに」

「当たり前だ。お前たちに負けるイメージが湧かないのだから。6台? 笑わせるな。せめて600台は持ってきてもらわなくては、つまらん」

「チッ……その減らず口がどこまで通じるか、見せてみろよ!」


 怒りのあまり余裕を失ったエーミールが、反対側の格納庫へ向かう。見張りであろう2人の取り巻きを残して、全員がついて行った。


「さて。まだ邪魔者はいるが、構わん。ランベルト、やるか」

「ほ、本当に?」

「当たり前だ。あのようなやからの鼻っ柱を折るには、今が絶好の機会だからな」

「そ、それはそうだけど……」

「自信が無いか?」


 ヴォルゼフォリンの質問に、ランベルトが返そうとした時。


「お前らなんかがエーミール様に勝てるもんか!」


 残っていた取り巻きの一人が、ヤジを飛ばした。


「そうだそうだ! エーミール様の“クラーニヒ隊”は団体戦で負け知らずなんだぞ!」


 そのヤジを聞いて、ランベルトがしょげる。


「おっと、それは後にしろ」


 ヴォルゼフォリンは素早く、人型巨大兵器の姿に戻った。


「わっ!」


 慌てた取り巻きたちは、その場に尻餅をつく。

 と、ヴォルゼフォリンはひとりでに動き出して取り巻き2人をわしづかみ、目線の高さまで持ち上げた。


「おい貴様ら、よく聞け」


 ヴォルゼフォリンの声が、冷え切ったものになる。

 アントリーバーに突如として持ち上げられた取り巻きたちは、顔を青くして震えていた。地上15mメートル、生身で落ちればほぼ死ぬ高さだ。


「私にはいくら罵詈雑言を浴びせても構わんがな。ランベルトに向けるとなれば、話は別だ。今すぐ謝ってもらおうか?」

「ヒッ……!」


 取り巻きたちに、断るという選択肢は無い。まともな抵抗も許されずに掴み上げられているのだ、万が一ヴォルゼフォリンが手を離せばすぐさま地面に叩きつけられる。


「わ、悪かった!」

「『悪かった』? 随分と馴れ馴れしい言葉遣いだな、んん?」

「も、申し訳ありませんでした! どうか許してください!」


 目に涙を浮かべた取り巻き2人は、何度も謝罪の言葉を連呼する。

 一方ヴォルゼフォリンは、先ほどまでの怒りはどこへやら、ランベルトだけに聞こえる落ち着いた声音で確認をしていた。


「だそうだが、ランベルト。どうする?」

「……許してあげて」


 その一言を聞いたヴォルゼフォリンは、勢いよく両手を振り下ろし――地面に激突する直前で、ゆっくりと取り巻きたちを降ろした。


「運が良かったな。私の主は寛大でな、お前たちを許したそうだ」


 冷淡に告げるヴォルゼフォリンの言葉は、しかし恐怖に震える取り巻きたちの耳には入っていなかった。

 邪魔者の気力を完全にいだところで、ヴォルゼフォリンはランベルトと打ち合わせを始める。


「さて、ランベルト。今回の戦いでは、奴らに大恥をかかせる方法がある」

「なに?」

「“武器を一切使わず、相手を全滅させること”だ」


 その言葉に、再びランベルトが自信を失いかける。


「出来る……かな?」

「出来るさ。とはいえ、さすがに作戦は私が立てよう。お前はその通りに指示を出し、奴らをほふれ。殺さない程度にな」

「もちろんだよ。ただ、加減とかいろいろ考えちゃうかな」

「殺しそうになったら私が止める。今は奴らを叩きのめすことだけに、意識を集中しろ。二度とお前たちに手出し出来ないくらい、完璧に戦意を吹き飛ばせ」

「それはもちろん」


 ランベルトも幼馴染として、ただ見ているだけの気分にはならなかった。

 何度拒絶してもマリアンネに迫るエーミールを、許せなかったのである。


 と、スタジアムに続く格納庫の扉が開いた。


「そろそろだな。行くぞ、ランベルト。恥をかかせにきた奴らに、逆に大恥をかかせてやれ」

「うん!」




 かくして、模擬戦は始まろうとしていたのである。

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