第15話 許せない者たち

 朝食を済ませた二人は、雑談しながらゲストルームへと向かっていた。


「なんにせよ、今日から僕も学園生だね」

「そうだな。私は嬉しい限りだ。強くなれるよう、みっちり鍛えてやる……ん?」


 ヴォルゼフォリンが、ゲストルーム前で待つ人物を見つける。


「ランベルト。無事に合格したみたいね、おめでとう」

「マリアンネ……!」


 ムスッとした表情を浮かべながら、マリアンネはランベルトとヴォルゼフォリンの元にヅカヅカと足音を立てて近づく。

 そしてランベルトとヴォルゼフォリンの間に割って入り、ヴォルゼフォリンを睨みつけた。


「ところで、どうして貴女あなたが? 部外者でしょう?」

「部外者とは心外だな。ランベルト、言ってやれ」

「うん。彼女……ヴォルゼフォリンは、僕の保護者にして契約している機体なんだ。昨日、アランさん……アラン先生との戦いがあったのは、知ってるよね?」

「話が飛んだわね。知っているわ、ランベルト」


 マリアンネは話が飛んだのを疑問に思いながらも、質問に答える。


「その時に僕が乗ったアントリーバーなんだけど……。そこにいる、ヴォルゼフォリンなんだよね」

「えっ」


 マリアンネは驚きのあまり目を丸くしながら、ヴォルゼフォリンを見る。


「えっ、待って、貴女、どう見ても人間の女性でしょ……? ランベルト、からかうのはやめてほしいわ」

「からかってないよ。ホントのこと。ね、ヴォルゼフォリン?」

「ああ。何ならフレイアに聞いてみろ。同じことを言うぞ」


 ランベルトとヴォルゼフォリンに同じことを言われ、マリアンネは信じられないといった表情を浮かべる。


「な、何なの貴女……?」

「そういえば言ってなかったな。私はランベルトがずっと追い続けていた、人呼んで“英雄機”だ。今の姿は、人々と交流を図るための姿だよ」

「嘘……」

「私に触ってみるか? 私の肌は人間の女性と同様、柔らかいぞ」

「触らないわよっ! ふしだらな!」


 マリアンネは引き気味に、ヴォルゼフォリンを拒絶した。


「そうか。ま、何であれ、今の私は紛れもなく一人の人間であると理解してもらえれば構わないさ」

「そんなこと言われても、信じられないわよ……」

「好きにすればいい。いずれ信じざるを得ないことになるだろうからな」


 一方のヴォルゼフォリンは、鷹揚おうようである。数千年生きてきたのも相まって、人間に対する態度は寛容であった。


「とにかく、ランベルトを生徒会室へ連れて行きますから!」

「私も行くぞ」

「どうして!」

「保護者だからな。止めてもついていくぞ」

「あーもう……分かりましたから、いったん黙ってください」

「はいはい」


 マリアンネはヴォルゼフォリンにげんなりしながらも、生徒会室までの道を歩きはじめる。マリアンネに腕を引っ張られているランベルトと、ヴォルゼフォリンも同様だ。


「おや、まだ朝早くなのに人がいるとはな。健康的で感心する」


 と、ヴォルゼフォリンが前方からすれ違ってくる3人組の男子学園生を見つけた。


「ッ……」


 マリアンネが、露骨に顔をしかめる。気づいたランベルトが、こそっと尋ねた。


「どうしたの、マリアンネ?」

「ちょっと、ね」


 マリアンネの不愉快の正体は、すぐに分かった。まず最初に起きたのは、3人組のうち真ん中にいる金髪の男がマリアンネを見つけ、声をかけてきたことである。


「やあ、マリアンネじゃあないか」

「何の用ですか、ベルクヴァイン子爵」


 ヴォルゼフォリンに向けるのと同じかそれ以上に強い嫌悪の念を、ベルクヴァインと呼ばれた金髪男に向けるマリアンネ。

 だが、気に留めた様子はなかった。


「つれないなぁ、マリアンネ。私のことは“エーミール”と呼んでおくれよ」

「嫌です。話しかけないでください」

「いいじゃないか」

「嫌ですったら。私の大事なランベルトを馬鹿にした貴方あなたと、お付き合いするつもりはありません」

「やれやれ。ところで、そこにいる小さいのがランベルトかな?」

「はい。僕がランベルトです」


 ランベルトが名乗ると、金髪男ことエーミールはチラリと一瞥いちべつする。だがすぐに興味を無くし、マリアンネを再び見た。


「こんな子を好きだとはな。アルブレヒト家の長男だっけか? それにしては、いささか頼りなさげに見えるが」

「何を……」

「ほぉ、ランベルトを頼りなさげと評するとは。随分狂った審美眼を持っているものだな貴様」


 マリアンネが食って掛かるよりも先に、ヴォルゼフォリンが割り込んだ。珍しく、言葉には侮蔑の色が混じっている。


「誰だ、お前は?」

「“古代人”、とでも言っておこうか」


 エーミールが不愉快そうに、ヴォルゼフォリンを見る。


「私を誰だと思っているんだ? アントリーバー開発をつかさどる、ベルクヴァイン家の一人息子だぞ」

「知らん。今聞いた」

「なっ……!?」


 驚愕するエーミール。


「おのれ、私を愚弄するとは! おい、やれ!」


 取り巻きに命じ、ヴォルゼフォリンに敵意を向ける。取り巻きの一人が拳を振りかぶって殴る――と。


「させない!」


 殴られたのは、ランベルトだった。迫る拳を頭で受け止め、倒れ込む。


「ランベルト!?」


 慌てて、マリアンネが駆け寄る。

 と、殺意を封じた低い声が響いた。


「触るなよ、マリアンネ」

「あ……貴女!?」

「医者を呼べ。私はここにいる、許せない者たちに制裁を済ませておく」

「は、はい!」


 再び珍しく、ヴォルゼフォリンが怒気を満たした言葉で、マリアンネを医務室へ走らせた。表情には普段の気楽さが一切無く、ただ純粋に怒っている。


「ふん、女のお前に何ができる!」


 取り巻きの一人が、ヴォルゼフォリンに拳を突き出す――が。


「あがっ……!?」


 ヴォルゼフォリンは拳をあっさりと掴み、そして握り潰さんばかりの勢いで握りしめる。取り巻きの指の骨がミシミシと悲鳴を上げていたが、そんなことにはお構いなしだった。


「っ、この……!」


 もう一人の取り巻きが殴りかかろうとするが、ヴォルゼフォリンは素早く、長い脚を振り回す。スカートの中が見えるのも構わずに振り回された脚は、取り巻きの側頭部をしたたかに打ち付けた。


「哀れな」


 それだけ告げると、ヴォルゼフォリンは手首を掴む手を離す。間髪入れずにみぞおちへ膝蹴りを叩き込むと、エーミールに向き直った。


「な、何なんだいったい……」


 震えながら問うエーミールだったが、ヴォルゼフォリンは一切聞いた様子を見せない。

 無言でエーミールの頭を掴み、持ち上げる。


「あがっ、痛い、痛いぃ!」

「いいか、よく聞けよ貴様」


 ヴォルゼフォリンは、エーミールの頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げるのも気にかけず告げる。声には、絶対零度の冷気をまとわせていた。


「次にランベルトやマリアンネに……私の友人たちに、干渉してみろ。私は私の全力をもって、貴様らを叩き潰す。?」


 有無を言わせぬ迫力を、ヴォルゼフォリンは出していた。震えるエーミールを、興味なさげに解放する。


「そこの二人を連れて失せろ」

「くっ……覚えていろ、無礼者!」


 エーミールは捨て台詞を残し、何とか取り巻きを引きずって姿を消す。

 少し遅れて、マリアンネが到着した。


「ランベルト、大丈夫!?」

「安心しろ、骨は折れていない。まったく、ガタイのわりに大したことのない力だ。ランベルト、立てるか?」

「う、うん」




 ランベルトたちは、医務室へと向かうことになったのであった。

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