第13話 模擬戦とその結果

「早速来たか……」


 アランは冷静に、暴風の如き勢いで迫るヴォルゼフォリンを見据えていた。

 構えていた武器に意識を集中し、操縦桿の引き金を引く。


「狙い通りだ。当たれ」


 “銃斧じゅうふ”とでも呼ぶべき武器の先端から、光の弾丸が放たれる。ヴォルゼフォリンの速度では避けられようはずもなく、当然のように命中する――直前。


「無駄だ」


 ヴォルゼフォリンは、素早く光剣を振るう。迫る弾丸を霧消むしょうさせ、威力を完全に無効化した。


「何っ……!」

「はぁっ!」


 アランが動揺する暇もなく、ヴォルゼフォリンが斬りかかってくる。とっさに機体を斜め後ろにバックステップさせて回避したが、左前腕部の装甲がわずかに切断された。


「あぶねぇ……なんて機動力だ」

「ふむ、ここの教官であるのは伊達ではなかったな。先手を取り、しかも狙いは正確」

「そいつはどうも」

「だが裏を返せば、正確であるがゆえに対処もたやすいものだ。仕留め損ねたのは意外だったがな。その重量級機体で、よく動くものだ」

「こいつとは長年の付き合いでね。接し方は誰よりも知っているつもりさ」


 アランの駆るシヴェヌス・ドゥオは、ヴォルゼフォリンの見立て通り重量級に分類される機体だ。見た目通りの厚い装甲で敵の攻撃を防ぎ、仕留め損ねた相手を反撃で倒す。ゆえに機動力は劣ると思われていたが、アランの技量と反射神経がそれを補っていた。


 シヴェヌス・ドゥオがさらにバックステップを重ね、距離を取る。スタジアムの端ぎりぎりまで下がっていた。


「さて、仕切り直しだ。分厚い装甲をあっさりと斬ってくるその光剣は厄介だが、この距離では届くまい」

「私が近づけば済む話だ」


 ヴォルゼフォリンの言葉に、アランが警戒を強める。


「おしゃべりはここまでだ。行くぞ」


 ヴォルゼフォリンが再び光剣を構え、シヴェヌス・ドゥオに向けて疾走する。


「なら、私も迎え撃たねば!」


 シヴェヌス・ドゥオは再び銃斧を構え、照準を合わせる。今度は簡単にさばけないよう、立て続けに2発放った。


「その程度、数が増えたところで!」


 ヴォルゼフォリンはやはり、容易く光の弾丸を霧消させる。だが無理に両手の光剣を振ったため、胴体部ががら空きになっていたのだ。


「甘いッ!」


 弾丸は、おとりだった。注意が弾丸に向いている隙を突いて、シヴェヌス・ドゥオが距離を一気に詰めていたのだ。


「そこだっ!」


 構えていた銃斧を振り上げるようにして、ヴォルゼフォリンの腹部を潰しにかかるシヴェヌス・ドゥオ。

 いくらヴォルゼフォリンでも、反応が間に合わない――


「フッ、仕方ないな」


 はずだった。

 ヴォルゼフォリンは急激に背部の推進器を起動させると、爆発に等しい勢いで魔力を噴射して空中に飛び上がる。


「ぐぅっ……!」

「耐えろランベルト! すぐ終わる!」


 急激な荷重が、ランベルトの体を押し潰さんとする。

 だがランベルトは歯を食いしばって、何とか耐えきった。


「くっ、どこ行った!?」


 一方のアランは、ヴォルゼフォリンを見失っていた。

 何年もアントリーバーを乗りこなしていた彼だが、“アントリーバーが飛翔する”という出来事は彼の認識の埒外らちがいにあったのである。


「こちらだ」


 背面から、声が聞こえる。シヴェヌス・ドゥオが慌てて振り返った――その時。


「ぐっ……!?」


 シヴェヌス・ドゥオの両脚が斬り落とされ、上半身が地に落ちる。さらにダメ押しとばかりに、斬撃の主であるヴォルゼフォリンがシヴェヌス・ドゥオの眼前に光剣を突きつけた。


「勝負はついた。これ以上はよかろう」

「そうだな……降参だ。ランベルト君とヴォルゼフォリンさんの入学を、認めよう」


 こうして、入学試験は勝利に終わった。


     ***


「しっかしまあ、綺麗にスッパリ斬ったもんだな……。こんな断面、そうそう見ねぇぞおい」


 シヴェヌス・ドゥオから降りたアランは、愛機に付けられた切り口を見て目を丸くしていた。

 ヴォルゼフォリンはつかを腰部にしまい、人間の姿に戻る。


「見たところ魔力を剣みたいに固めてるんだろうけどよ……うおっ、ビックリした! ヴォルゼフォリンさんか」

「そうだ。目の前でアントリーバーが人になる様子を見るのは、さすがに驚いたようだな」

「まったくだ。今まで見たこともねぇぞ。さっきの……アントリーバーんときに使ってた武器とかもいろいろ、聞いてみたくなっちまったな」

「それは後だな。ランベルトに結果を告げてやってくれ」

「ああ。ランベルト君、来たまえ。今結果を告げる」


 アランに呼ばれ、ランベルトは小走りで駆け寄る。


(ランベルト……小走りでこっちに来る様子も、可愛らしいぞ)


 ヴォルゼフォリンは相変わらず、ランベルトを心の中で愛でている。

 そんな彼女に構わず、アランはランベルトに結果を通達した。


「君の成績だが……文句なしで合格だ」

「ありがとうございます!」


 ランベルトは頭を下げる。アランはランベルトが姿勢を改めて正してから、詳細な説明を付け加えた。


「春にある入学試験は免除。フレイアのおかげで、校長にも話は通っている。追って詳細な内容を通達されるだろうが、今日からは学園に自由に出入りしてもらって構わない」

「はい!」

「さて、フレイア。ランベルト君とヴォルゼフォリンさんを支えてほしい。やれるか?」

「もちろんです、先生。もとよりお二人を支えるつもりで、我々の学園に招聘しょうへいさせていただいたのですから」

「よろしい。さて、私や整備員は愛機を直すか……」


 アランはランベルトたちと反対方向の格納庫へと向かい、愛機の修復の準備に向かう。

 ヴォルゼフォリンはその背中を見ながら、ランベルトに話しかけた。


「良かったな、ランベルト。合格だぞ」

「ありがとう、ヴォルゼフォリン。けど、それは君のおかげだよ」

「そう謙遜するな。やはりお前の鍛えてきた剣技は、冴えわたっているな」

「えっ、あれ、僕がやったの?」


 ランベルトは自覚せずしてヴォルゼフォリンを意のままに操縦していたことに、戸惑いだす。


「そうだ。お前が思い浮かべた動きを、私はその通りに行う」

「けど、前は僕の命令がなくても勝手に動いてたはず……」


 ランベルトが疑問を浮かべると同時に、ヴォルゼフォリンはしゃがんで目線を合わせる。


「な、なに……むぎゅっ」


 驚くランベルトの両頬を、ヴォルゼフォリンが挟むようにもてあそぶ。


「そうだ、前はな。だが今回の試験では、私の意思を少し狭めたのだ。お前が命令するのを手助けするようにな」

「け、けど! 僕はほとんど、そんな感じは……ふにっ」


 一度は話せるようにほっぺたから手を離したヴォルゼフォリンだったが、今度はつまんで遊びだした。


ひょちょひょっほはひふふほはちょっとなにするのさ!」

「あはははっ、柔らかいなぁ。お前のほっぺたはずっとつまんでいたい心地よさだぞ、ランベルト」


 ランベルトがおろおろする様子を見ながら、ヴォルゼフォリンはランベルトのほっぺたで遊ぶ。

 やがて飽きたころ、ようやくランベルトの疑問に答えだした。


「仮にすべて私が私自身の意思で動いていたら、胴体を晒すという無様な真似はせんよ」

「あっ……」


 ランベルトはようやく、気づいたようだ。あの時は内心、ランベルトも焦っていたのである。


「そこは鍛えなおしだな、ランベルト。これからもっと強くなればいい」

「はぁい」


 ランベルトの返事を聞いたヴォルゼフォリンは笑顔を浮かべ、立ち上がった。


「それでは戻るか。そろそろ疲れた」

「うん! 僕もお腹すいたかな」

「いっぱいあのスープを食べさせてもらおうか。私もだがな」




 二人はスタジアムを後にし、夕食をとりに行ったのであった。

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