郷愁

 微かな話し声に目を覚ますと、ユルグの周りに誰かの気配を感じた。

 目を擦って見てみると、焚き火を囲んでいる人影は三人。


 どれもユルグの見知った人物で、これは夢なんだとすぐに分かった。

 それと同時に、懐かしさに目頭が熱くなる。

 必死に涙を堪えていると、そんなユルグに気づいた三人が心配そうに声を掛けてきた。


「どっ、どうしたのユルグ。なんで泣いてるのよ」

「……な、泣いてない」

「うっそだあ、泣いてるもの。ねえ、グランツ」


 ハーフエルフの彼女――カルラは隣で景気付けに一杯煽っている男に声を掛ける。


「ママが恋しくなったんじゃねえのか? 三年も故郷に帰ってないんじゃあ、寂しくもなる」


 酒を継ぎ足しながらグランツは答えた。

 小馬鹿にした態度は、多少癪に障るが嫌ではない。彼なりの気遣いのある言葉だった。


「悪夢でも見たのかのう。どれ、儂がハーブティーでも淹れてやろう」


 老齢のエルフ、エルリレオが重い腰を上げてポットを取り出す。

 彼はユルグを特に気に掛けてくれていた。

 同年代のひ孫がいるのだと以前話していたから、きっとそのせいだ。


 彼らはユルグの師であり、仲間だ。


 人間の戦士、グランツ。

 ハーフエルフの魔術師、カルラ。

 エルフの神官、エルリレオ。


 十四歳に勇者の神託を授かってから、ずっと彼らと旅を続けている。


「ほれ、熱いから気をつけてな」


 エルリレオが淹れてくれたハーブティーは優しい味がした。

 飲んでいるうちに段々と心が落ち着いてくる。


「私は根無し草だからピンとこないけど、やっぱり恋しいわよねえ。恋人とも会えず終いじゃあ、落ち込みもするわ」

「こっ、恋人なんかじゃない! ミアはただの幼馴染みだよ!」


 慌てて否定するとカルラはにやりと笑みを浮かべた。

 あの顔は絶対ろくなことを考えていない、そんな顔だ。


「ほんとかなあ、どう思う?」

「あの焦りようは気があるな。俺にはわかるんだ」


 ユルグのあずかり知らぬところで勝手に話が進んでいく。

 否定するのも億劫になって黙っていると、エルリレオがユルグの顔を覗き込んできた。


「ユルグは故郷に帰りたくはないのかね?」

「俺は……勇者だから」


 ――大丈夫。


「ばかやろう、お前そんなんじゃいつか辛くなるぞ」


 続く言葉を遮って、静かにグランツが声を荒げた。


 彼が何を想ってそんなことを言うのか、ユルグには理解出来なかった。


 確かに過酷で辛いこともたくさんある。けれど、耐えられないことはない。

 旅をし始めた頃は軟弱だったユルグも、今では仲間に劣らないくらいには成長できたと思っている。


 そんな心配することではないと言うと、そうじゃないとグランツはかぶりを振った。


「勇者だからって、一人で頑張ろうなんて思うなよ。どんだけ凄くてもお前は人間なんだ。神様なんかじゃねえ」

「そうそう、あまり抱え込みすぎると押し潰されちゃうからね。気づいたら立ち居かなくなってるなんて、良くあることなんだから」

「こやつらの言う通りだ。あまり背負い過ぎるでないぞ。お主の荷物は儂らが半分持ってやるのでな」


「う、うん……わかった」


 取りあえず頷いたが、彼らの言葉はユルグにはいまいち分からなかった。

 なぜこんなことを言うのか、理解出来なかったのだ。


 おそらく、年の功というものだろう。

 まだ年若く経験不足なユルグには早いものだと、そう思っていた。





 けれど、今なら理解出来る。


 勇者としての責務は、一人では耐えられるものではなかったのだ。


 両肩に重苦しくのしかかって、気づいたら一歩も歩けなくなっていた。

 それを肩代わりしてくれる仲間も、もうどこにも居ない。


 仲間だった彼らは、ユルグを棄てて旅立ってしまった。

 いや、棄てたのはユルグの方だったかも知れない。


 その選択のせいで、独り惨めに生き残ったのだから。


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