第2話 意識が高ければ、金を払わなくてもいいわけではない

俺が指摘した脆弱性をついてハッカーがシステムに侵入したそうだ。ある意味自分がした仕事はきちんと成果を上げたわけだ。


「なら俺があんたたちの会社に成果物として提出したドキュメントを見ればいいだろ。あれには取り合えず当面の脆弱性を防ぐための提言と方策を載せておいたんだけど」


「神実さんのドキュメントなんですが…。エンジニア部門にはまだ閲覧が許されてないんです。営業部が神実さんの仕事に嫌疑をかけててドキュメントも精査中なんですよ」


 会議室に飛び込んできたエンジニア社員さんはこの会社のIT技術部門のリーダーだ。一緒に仕事したのはほんの少しだったけど、真面目で好感の持てる人だった。この人は俺の仕事を適切に評価している側だろう。だけどね。


「アホらしい…。話にならねぇな…」


 つまり俺の仕事の成果物を利用しちゃうと、値切り交渉できなくなるから、営業部長さんがドキュメントに乗せた応急処置の利用さえ止めていたってわけだ。


「侵入してるハッカー凄腕過ぎて止められないんですよ!神実さんじゃないと対抗できません!助けてください!」


 エンジニアリーダーさんが俺に詰め寄ってくる。その顔には悲壮感と焦りが見える。気の毒ではある。


「ならサーバー止めちゃえよ。物理的に外部と接続切っちゃえばどんなハッカーだって、侵入はできないだろ」


 アプリケーションサービスのキモはサーバーだ。だからそれを物理的に外部ネットワークから切断してしまえばハッカーは侵入できなくなる。というかこういう処置はごくごく初歩だと思うのだが。その時、偉そうな声が聞こえた。

 

「それは出来ない。顧客からの信用こそが会社の命だからだ」


 会議室の入り口になんか見るからにウザそうな男がいた。おしゃれなツーブロックに高級ブランドのビジネスカジュアル。意識高そうな面構え。この会社の起業者兼社長さん。馬鹿二人目発見って感じで、俺は凄くげんなりしてしまった。


「我が社の使命はまだこの世界にない価値をこの世界に提供して、この世界のすべての人たちに素晴らしいヴァリューと心地よいユーザー体験とまだ見ぬエクスペリエンスを常にこの世界に提供し続けることなんだ!システムを停止したら顧客の満足度がなくなてしまう」


 今『この世界』って単語何回口にした?意識高い系って高じるとセカイ系になっちゃうの?うぜえからこの世界から他界してくれねぇかな?あとユーザー体験とエクスペリエンスって同じ意味じゃない?こいつ見た目よりもテンパってるな…。


「だから止めろって言ってんだよ。顧客氏名とか住所とか電話番号くらいなら抜かれたってたかが知れてる。でもクレカ情報まで抜かれたらアウトだぞ。危機管理は初動が命だぞ。とっととサーバーを止めろ」


「それは出来ない。我が社は市場に革命的なサービスを展開し、ユーザーに至上の市場価値をサプライするのが使命なんだ」


「うるせえ!お前の綺麗ごとなんてどうでもいいんだよ!とっととシステムを止めろ!このまま行けば会社はつぶれるぞ!」


「だから止めることは出来ない。予告なく止めてしまったら、他の会社の類似サービスに顧客が流れてしまう…」


 それが本音かよ。くだらん。ようはアプリを止めることによる損害とハッキングによる損害のリスクの天秤を前にして選択できなくなってるわけだ。


「だからこそ君だよ。神実樹くん」


 社長さんがドヤ顔にもよく似た偉そうな笑みで俺の名を呼んだ。


「くん?俺のことを君づけで呼んだ?」


「神実くんはうちのシステムの診断をコンサルした。そしてその通りにハッカーが我が社のシステムに攻撃を仕掛けてきた。つまりこのハッカーへの対処は君の責任と言うことになる。なぜならばシステムの脆弱性を発見したのは君だからだ」


「アホかお前は!?俺の仕事は診断と改修案の提示!それ以上は契約外!ハッカーへの対処はあんたたちの責任だ!つーかいい大人の男を君づけで呼ぶな!腹立つんだよ!!」


「問題は見つけた者が対処するのが、社会人と言うものの常識であり心がけるメソッドであり心構えであり、何よりもビジョンなんだ!君は今目の前の問題を放置して、同僚が困っているのに逃げ出すのか!!?なんて恥ずかしい人間なんだ!恥を知れ!」


 問題を発見した人にその対処をやらせるのって、危機管理の観点からすれば非常にまずいことなんだけど。ここの会社のシステムがくそなのはどうも社長を中心とする経営陣のマネージメント手法に問題があるようだ。でも俺には関係ないんですよね。


「じゃあ帰りまーす!恥知らずなんで帰りまーす!ハッカーへの対処は頑張ってくださいね!では!」


 俺はカバンを抱えて、部屋から出ようとした。付き合いきれない。金は払わねえし、契約外の仕事をやらせようとするわ。もう無理。もしかしたらでもなく、このハッキング攻撃がきっかけでこの会社は潰れるだろうけど、知ったこっちゃない。


「待ってください!神実さん!待って!」


 エンジニアリーダーさんが俺の腰に抱き着いて引き留めようとする。


「このままだと潰れます!絶対にこの会社潰れます!お願いします!助けてください!俺には小さな子供がいるんです!路頭に迷いたくない!」


「転職しろ。どっちにしたってこの会社には未来はねぇよ」


「500万円!会社が潰れたら回収できませんよ!神実さん!俺がこの営業部長と社長の馬鹿二人を説得して払わせるんで助けてください!ハッキングを止めてくれた後なら、あなたの訴訟にいくらでも協力してもいいから!」


 エンジニアリーダーさんは俺のことを必死に引き留めようとしてる。


「なんでそこまで会社に尽くすの?」


「俺はともかく他の社員たちが困るんです。今よりもいい給料で働けるとは限らないから…。皆生活が懸かってる。だから助けて欲しいんです」


 そこは現実としてあるよね。給料ってのはスキルよりもどこの会社に所属しているかで決まるものだからな。


「…わかった。取り合えず、見て・・あげるよ。サーバールームに案内して」


 意識高い社長さんと営業部長さんと違って、エンジニアリーダーには人としての心があった。さすがにこれを見放したら、自分を軽蔑せざるを得なくなってしまう。わかりました。残業くらいはしてやろう。


「ありがとうございます!!」


 エンジニアリーダーは目をウルウルさせて俺に頭を下げた。なお営業部長と社長はまるで『やっと仕事するのかこのクズ』みたいな目で見てた。意識高い系な奴らって綺麗ごとばかりほざいて他人に奉仕を強制させるからマジでくそ。マジ腹立つ。

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