ベンチャー・リベンジャー 復讐の為にベンチャーを起業しました!『株式の半分をくれてやるから許してくれ』なんていまさら言っても、もう遅い!

園業公起

プロローグ なぜアラサーの俺が異能力スキルを扱うベンチャーを起業するはめになってしまったのかについて

第1話 ベンチャーたるもの、渋谷にオフィスを構えるべし!

どうしてベンチャー企業はすぐに渋谷にオフィスを入れたがるのだろう?


「というわけで今回の仕事の報酬なのですが、実際にあなたがやった勤務時間の長さを考えても、少々多すぎると…あのきいてますか?神実かんざねさん?」


窓の外には道玄坂の雑多な人の群れが見える。何も考えて無さそうなウェイウェイと鳴きそうな連中の間抜け面を見ると虫唾が走る。ああいうこの世界のルールは自分たちに優しいと勘違いしている連中を見るとどうしたってこの世界の残酷さって奴をわからせてやりたくなる。実際に今この俺が現実の理不尽さと戦っているようなクソさって奴をね。


神実樹かんざねいつきさん!聞いてるんですか?!」


「いいえ、聞いてませんでしたけど?で、今回の仕事の報酬はいつ払っていただけるんですか?」


 俺は渋谷にあるとあるITベンチャー企業に先日請け負った仕事の報酬を貰いにやってきていた。そしてこの道玄坂の通りに面したかっこいい会議室で『デジタルマーケティングアドバンス営業コンサル部長』なる肩書を持ったおっさんとつまらないお話をしているわけである。


「ですから先ほどから申し上げている通り、あなたへお約束した報酬は、当方で精査した結果、多すぎるのではないかという結論に達したのです」


 俺はフリーランスのITエンジニアをやっている。エージェントサイトや知り合いの伝を辿って、様々なIT関連企業から案件を受注して報酬を貰っている。昨今の異能力スキルのビジネス展開の御蔭でIT業界は仕事に困らない盛況さをほこっている。だけど仕事が多くても金払いがいいとは限らない。現に今の俺は働いた分の仕事の報酬を今更になって買いたたかれようとしている。


「あっそ。で、いつ払ってもらえるんですか?俺はあなた方から500万円が振り込まれるのを今か今かと待ってるんですがね」


 俺は500万円でこの会社の提供する異能力バトルの決闘マッチングアプリのシステムのセキュリティ脆弱性とマッチングの為の演算ロジックなどの効率性評価などを行い、次世代の改修案のコンサルを行った。ぶっちゃけ酷いシステムだった。ベンチャーにありがちな企業買収や合併などでシステムを場当たり的に統合していった結果、恐ろしく不効率なロジックの積みあがるクソの山が聳え立っていた。そのうち間違いなくとんでもない不具合が発生するのは目に見えている。その上外部からの侵入に対してもガバガバ。俺はそれらを塞ぐための提案をちゃんとしたのだ。なのに俺にその仕事を依頼したこの会社はいまさらになって金を惜しみ始めた。中小企業にとっては500万はたしかに大金だ。だが必要経費までケチってはいけない。


「そもそもあなたは朝は10時からしか来ない上に、夜は5時に帰って言ってるような不真面目な勤務態度であり!周りの頑張っている社員へも悪影響だったんですよ!なのに1か月の勤務で500万円なんて法外だと思わないんですか!そんなに貰って恥ずかしいと思わないんですか!」


「全然思いませんよ。一杯お金を貰える仕事こそ誇らしい。むしろ全然お金を貰えなかったら逆に恥ずかしいでしょ?違います?それに案件に対しての請負仕事なので、もともと勤務時間とかでは報酬計算をしていないんですよ。俺はあんたたちの会社がやってるウェブサービスの脆弱性を診断し、システムの改修設計をするのがお仕事なんです。ちゃんとドキュメントは提出したでしょ?あんたたちが作ったガタガタの積み木で創ったキメラみたいなシステムをちゃんと今後も使い続けられるような改修案を提示した。それで500万円は安すぎるくらいだよ」


「あなたの設計案だとシステム改修にさらに3000万円以上もかかるではないか!そんな高い改修案は受け入れられない!」


 この馬鹿はきっと額面しか見ていないんだろう。営業しか知らない奴は得てしてITの現場を疲弊させる。


「言っとくけど、俺の改修案が一番安く済むよ。大手のコンサルに頼んだら倍はかかる案が出てくるはずだ。俺はセキュリティ、利便性、経済性。すべてをバランスよく満たしうる案を提示したんだ。あんたのところのエンジニア社員に聞いてみな。俺以上に優れた成果を出せるフリーはいないよ」


「そもそもそれがあてにならない!あなたの経歴書は読みました!どこの会社に入っても半年も続いてない上、もう8年近く正社員としての職歴がない!」


「でもフリーで食えてるんだよね。俺って優秀だから」


「それに何より大学を4年で中退!それも研究不正らしいですね…。犯罪者みたいなものだ」


 この話にはカチンときた。俺は研究の不正はやっていない。誰かが俺の研究データに改竄を施した。まあ誰も信じてくれなかったから、自主退学という形で大学を追い出されてしまったわけだが。


「研究不正についてはやってない。大学側もそれについて公式には結論は出してない。一応言っておくけど、学歴の話で俺が信用できないって言うなら、最初から仕事を依頼するべきじゃない。なのに俺に依頼したってことはあんたたちは自分の判断を自分で毀損しているってことだ。自分で自分を無能だと言って、そのくせ俺への報酬をケチるなんてみっともないと思いませんかね?」


「そういう態度は社会人としてどうなんですか!こっちは仕事をせっかくあなたに依頼してやったのに、そんな態度ではこっちも考えるしかないですよね。わかってないみたいですけど、うちは業界には顔が利くんです。うちで粗相をやったと皆が知ればあなたに仕事を依頼する会社はどこにもいなくなるでしょう。いいんですか?他の会社にあなたの仕事の杜撰さを言いますよ。それが怖いなら、報酬を半分にしてもらおうかな」


 目の前の肩書だけは立派な営業部長さんはニヤリと厭らしく笑った。ようは俺に値下げの忖度を強制しているわけだ。馬鹿馬鹿しい。


「あっそうですか。でも契約書はすでにあるんです。きっちり500万はらってください。じゃないと…『あなたに仕事を依頼する会社はどこにもいなくなるでしょう…』録音しておいたんですけどどうです?これを然るべきところに聞かせます。労基でも裁判所でもお好きな方をどうぞ!」


 俺はふところからスマホを取り出す。実は今までの会話を録音しておいたのだ。それを営業部長さんに聞かせてやった。忖度の強制は立派な脅迫だ。弁護士入れれば十分勝てる。


「会話を勝手に録音するなんて卑怯だ!そんなの犯罪だ!うちには強い弁護士がいるんだ!損害賠償をあなたに請求することになるでしょうね!訴えてやる!」

 

 おーおー。すごいね。営業部長さんが顔を真っ赤にして俺に怒鳴ってきてる。逆切れかましてる奴を見るのはなかなか楽しい。なにせ勝利を確信できるからだ。あとはお得意の弁護士に投げてしまえば500万+違約金+慰謝料をせびれるだろう。臨時収入にちょっとワクワクしてしまう。


「開いた口が塞がらないな。もういいや。弁護士入れたければどうぞどうぞ。こっちも弁護士入れるんで。内容証明はこちらから入れるんで、あなた方はガタガタ震えていればいい」


 そう言って、俺は席を立った。もう言質を取れたし、ここに用はない。


「会議中すみません!部長!神実さん来てるんですよね!」


 会議室に血相を抱えたこの会社のエンジニアの一人が飛び込んできた。そして俺に詰め寄ってきて、頭を下げる。


「助けてください!システムに侵入者がいるんです!すごい勢いでデータを吸い上げてるんです!神実さんの指摘した脆弱性をついてきた攻撃です!あなたしか対処できる人がいないんです!このままだと顧客のクレジットカードの情報まで抜かれかねない!そうしたら会社が潰れちゃう!助けてください!お願いします!」


 帰ろうとした瞬間にとんでもないトラブルが舞い込んできた。俺は大きなため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る