第3話 魔眼特訓と町娘
僕の日常は基本的に『観る』ことが主になる。
ヴェルスタンド家において僕の立ち位置は空気に近い。
何しろ将来は放逐するか軟禁するかの二択になるのだろうから、貴族としての教育などさらさら施すつもりなんてないのだ。
逆にいえば僕はほぼ一日中自由に動ける状態である、ともいえる。
というか実際の将来は殺されるかどうかのイベントが待っているわけなので、貴族としての教育なんてこちらも受けている場合じゃない。
なのでこの数年間、僕は一日の殆どを魔眼を使っての観察に当てていた。
長男のシギットは剣士としての訓練を父親やお抱えの軍人から受けているし、次男のマーシェルは魔術師としての訓練を母親や家庭教師から受けている。
二人の英才教育を隠れてず~~~~っと、じ~~~~~~っと見続けているのだ。
当然メイドなどからは観察している現場を発見されることもあった。
最初は気味悪がられていたのだが、最近は哀れなモノを見る目で見られている。
『あの子、いい加減可哀想になってきちゃった』
『優秀な兄を見ていることしかできない、見捨てられた子ですもんねぇ』
みたいな具合だ。
おっしゃる通りなんだけど、別にただ見ているだけじゃない。
魔眼を使った僕独自の特訓をしているのである。
実は、兄にボコボコにされている時ですらもずっと相手を魔眼で観察していた。
今日も、庭で稽古をしているシギットを草場の影から数時間にわたって観察中だ。
「…………………………………………ッ!? ぐぅっ…………」
目の奥が痛い。
眼球から脳まで針で貫かれるような痛みが走る。
吐き気もするし、目眩も止まらない。
だが、見続けるんだ。
魔眼で、シギットの体内に流れる魔力の動き、連動する筋肉の動き、全てを見続ける。
「――うげぇッ?!」
突然に胃から内容物が逆流してきた。
情報力が脳の限界を超えたらしい。
目の前がチカチカする。
辛い、痛い、もうイヤだ――――――――。
真っ暗になった視界の中で、唐突に推しアイドルの笑顔が浮かぶ。
彼女は言った。
『私を守ってくれるんじゃないんですか?』
ハッ!?
そうじゃん、守らなきゃなんだった。
いつも限界突破しそうになると推しが神の如き降臨を(脳内妄想で)してくれるから、そこでアドレナリンみたいなモノが全開になって帰ってこれるな。
しかも僕は大抵グループアイドル箱推しなので、日替わりでメンバーが登場してくれるというサービスの良さである。妄想力が高すぎるぞ僕の脳みそ。
しかし今日の魔眼を使っての観察はこれが限界、か。
これでも魔眼を使い始めた最初に比べると相当よくなってきているのだが。
最初は魔眼を意識するだけで、視界が見慣れない『光の流れ』でイッパイになって一瞬で吐いた。
徐々に情報量を脳が受け付けるようになり、微細な調節もできるようになって、最近はようやく数時間魔眼を使い続けていても大丈夫になってきたのである。
「ふぅ……ふぅ……よしっ」
目を閉じて落着くまで待ってから、次の特訓の準備を始めた。
一度自室に戻って用意されたお昼御飯を急いで食べ、その後で屋敷を抜け、町からも抜け出し、町近隣にある森にまでたどり着いた。
この森までは子供の足だと結構かかるが、どのみち基礎体力は必要になるだろうからなるべく走って向かう。
因みに、最初のうちは抜け出すこと自体にも色々苦労したのだが、今となっては割とスムーズにここまで辿り着けるようになった。
まぁ貴族として完全に見捨てられているからこそ簡単に抜け出せている、という話しもあるかもだが……。
一体そこまでして何故に森なんかに来たのかといえば、勿論特訓だ。
森の浅い場所の中でも人のこなさそうな、それでいてちょっと開けた場所を選ぶ。
その真ん中に立ち、目を瞑った。
――――――兄の動き。
魔眼で詳細に、鮮明に、深部まで捉えた兄の剣士としての動き。
それだけじゃない、兄の教師役だった一流の戦士の動きまでも脳内に再生。
自分の体の中の魔力を同じように動かす。
同時に肉体も動かして、動きを再現する。
最初はゆっくり。
徐々に速く、速く、速く。
一通り終わったらもう一人の兄、マーシェルがやっていた魔術の練習。その魔力の動きも体内で再現する。
魔眼で見ると分かるが、剣士など肉体を使う者の魔力の流れは血流の様に全身を駆け巡り、上級者になればなるほどそれがスムーズで速くなっていく。
更に上級者になると剣や服にまで魔力を自然に纏わせるようになっていた。
魔術の場合は肉体ではなく頭、つまり脳の内部で魔力がクルクルと回っている。
上級者になると膨大な魔力を一旦脳内に通して圧縮した後で、一挙に体外へと放出しているようだ。
魔術などを使いすぎると頭痛がするのはこれが原因なのかもしれない。
恐らくジョブがある人間はこれらの魔量操作を殆ど本能的に行えるのだろう。
僕にはそんな真似できないし、ジョブがない時点で扱える魔力の総量に限界がでる。
戦士系のジョブには力で及ばず、魔術系のジョブには魔力の出力で及ばないのだ。
なので、こうしてジョブ持ちの人間を魔眼で模倣したとしても地力で勝てない。いわゆる劣化コピーが関の山。
ゆえにここからは『ジョブ持ち』と戦う『ジョブなし』の為の訓練だ。
目を瞑り、脳内でシギットを仮想敵として再生する。
ようはリアルなシャドーボクシングに近いことを魔眼で実践するのだ。
剣を大上段から振り下ろしてくる想像上のシギット。
こちらの貧弱なパワーでは防ぎきれず剣を弾き飛ばされてしまう。
かといって避けるのはスピードでも負けているから困難。
だから受けないし避けない。
振り下ろされる剣の軌道に呼吸を合わせ、最小限の力でこちらの剣を添えてやりつつ、体全体を同時に横に逸らす。
――シャリン。
聞こえるはずのないつばぜり合いの音が聞こえた気がした。
シギットの剣はギリギリで僕の体を逸れて空振りする。
続けざまに振られる敵の剣を、何度も同じようにして逸らし、ズラし、打ち落とす。
「ふぅ、ふぅ……」
集中しすぎているせいで呼吸が段々と乱れてくる。
こうなると呼吸を合わせられず、逸らすのが難しくなってきてしまう。
実戦なら死んでるってことだろう。
「ふぅ~」
息を吐ききって一旦練習を終えた。
次は、マーシェルの魔術をこちらの最小限度の魔力放出で逸らしたり無効化する練習をしないと……。
と、思って目を開けた。
「あっ――――」
「―――――へ?」
開けたら、視界の端っこに人影が映った。
木の横からひょっこり顔をだした少女が『あ、見つかっちゃった』みたいな顔でこちらを見ていたのだ。
え? 誰さん?
「ご、ごめんねっ? 人の気配がしたから来てみたんだけど、あんまりにも綺麗な動きだったから……ウチ、見蕩れちゃって」
町娘が何かの用事で森に入っていたってことか?
10歳にもなっていなさそうな子が、浅い場所とはいえ一応魔物も出るかもしれない森に一人で来るのは危ないのでは……。
って、それいったら僕もか。
い、いや、僕の場合は仕方ないのだ。
この特訓は間違っても家族に見られてはいけない。
何しろ最終的には家族から生き延びる為の特訓をしているのだから。
敵にこちらの情報をなるべく与えたくはないのである。
「あ、あの~?」
少女はビクビクとした様子でこちらを伺っていた。
あ、ごめん。思わず無視しちゃった。
どうにも、まともに人と会話するのが久々すぎてなぁ。
「えと、謝ることはないですよ。別に見られて困るものじゃないので」
家族以外にはな。
「ほ、ほんと? じゃあウチ、まだ見ててもいい?」
パァっと表情が明るくなる少女。
こんな特訓を見ていて何が面白いのか分からんが、別に断る理由もないか。
「えぇ、大丈夫です」
「や、やった! えへへ……」
少女はほんのちょっと近づくと、ちょこんと座ってこちらを見つめてくる。
え? そんな感じで見物すんの?
や、やりにくいなぁ。
でも、見蕩れるとまで言われると悪い気がしないのも事実だ。
何しろ今まで誰にも認められず、褒められず、タダひたすらに一人で生き残りを賭けた緊張感と戦いながら訓練してきた。
正解な行動をしているのかどうかも分からない中で精神的にかなりキツかったのだが、それがほんのちょっと報われた気分だ。
その後、少女は本当に訓練を終えるまでずっと僕のことを見続けていた。
「ふぅ、ふぅ――ふぅ~~~。あの、これで終わりですけど?」
「お、お疲れさま! 大丈夫? すっごく大変そうなことしてたけど……」
少女は立ち上がると心配そうな様子でこちらに近づいてきた。
よく見ると、中々に可愛い娘だ。
美人というわけではないが、丸っこい顔とか太めの眉毛とか、愛嬌があって非常に愛らしい感じである。
もしアイドルとしてデビューするとしたら妹系とか明るめ純朴系のノリで……磨けばかなり光る可能性もあるし……これはもしかすると結構人気がでて…………って。
いかん、つい癖で思考が暴走しそうになった。可愛い娘に出会ったからって妄想でアイドルデビューさせてどうする。我ながら禁断症状が酷い。
「あ~っと、大変ですけど大丈夫です。いつもやってることなんで」
「す、すごぃ。いつもこんなことしてるんだ……。じゃ、じゃああの、また見に来てもいい、かな?」
おずおずと聞いてくる少女。
うーん、別にこちらは構わないが。
「僕はいいですけど、森に一人で来るのは危なくないです?」
「ん、平気! ウチ、森とか得意だからっ」
森が得意ってなんだ?
木こりとか猟師とかの娘なんだろうか? 見た目はただの町娘だが。
まぁ、平気ならいいんだけれどもさ。
確かにこんな町に近い場所で魔物に出会う確率は相当低いだろうしな。
「ウチ、リリてぃ……えと、あの、リリ! よろしくお願い、です」
うん? りりてぃ?
あぁ、名前か。
リリって名乗ろうとして噛んだのかな?
「リリさんですね。僕の名前はレームです」
「う、うん! レーム君っ。リリでいいよ?」
「じゃあ、よろしく。リリ」
なんか変わった子と知り合いになちゃったなぁ。
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