第2話 悲劇のキャラクター

 こっちの世界で暮らし始めて2年ほど経った。

 やはりここも地獄だった。


「早く立てよレーム! あんまりイライラさせるとつい殺しちまいそうになるだろうがっ」


 10歳年上の兄に急かされて、生まれたての子鹿のように立ち上がる。


「まったく、本当に愚弟だなお前は。ありがたく思えよ? 俺のような兄がいて、面倒をみてくれることを、なっ!」

「ぐッ!?」


 剣の稽古のはずだったのだが、既に僕の持っていた木剣は弾き飛ばされてしまった。

 今はただ兄であるシギットの蹴りを腹に受けているだけだ。


「どうした、礼がないぞ? ありがとうございますお兄様、だろう?」

「っあ……あ、り……」


 息が、整わない。


「ちゃんと喋れっ! いくら非才で役立たずなお前でも喋り方くらいは貴族、いや人間並にはならんといかんぞ?」

「ガっ!?」


 また腹を蹴られた。

 喋りたくてもそもそも息ができない。


「はぁ。困った奴だ。こんなことで将来どうするんだお前? 俺が優しいからこうして構ってやっているが、こんなの今のうちだけだからな?」


 嘘をつけ、といいたいが、シギットの場合は本気で言ってるのかもしれない。

 あんまり深く考えて喋ってはいなさそうだし。


 それに、このままいくと将来が心配なほど非才なのも事実ではある。


「今日の稽古はここまでにするか。まったく、父上も母上もレームのことはまったくの放置ときている。困ったものだ」


 シギットは倒れた僕を放置して屋敷の方へと歩いていった。


 数十分ほども休んで、なんとか立ち上がれるようになったので僕も屋敷に戻る。

 と、自室に向かう途中でもう一人の兄に出くわした。

 シギットの弟である、マーシェルだ。


「……また無駄な努力をしていたのか。ま、シギットのストレス解消の運動に付き合ってやるくらいしか、お前に出来ることはないものな」


 マーシェルはゴミを見るみたいな目で僕を一瞥した後。


「お前は余計なことを考えず、できるなら自室からも出ず、将来我が家の恥とならないことだけを考えていろ。どうせ、禄にできることもないのだからな」


 迷惑そうに吐き捨てて去って行った。


 これが、我が家での僕の扱いだ。

 因みにメイドたちも最低限の世話しかしてくれないし、父と母は殆ど喋ることもない。


 ――なんというか、日本に居たときより酷いことになってる気がする。


 極めつけに、アイドルを推せないことで精神が衰弱してきててやばい。

 まぁこれは予想してたことだし、仕方ないのだが。




 自室に戻ってベッドに倒れ込んだ。


 そのうち、メイドが食事を運んできてくれるだろう。

 兄たちが一緒の食事を嫌がるので、僕は自室で食事をとることになっているのだ。


「はぁぁ……今日も、強くなれた感覚はないなぁ。というか、毎日ただ暴行をうけているだけな気がする」


 どうして僕はこんな境遇に陥っているのか?


 理由はこの世界の常識(元のゲームの設定といってもいい)と、レームの生まれついての性質、そしてヴェルスタンド家の成り立ちが関係していた。


 前提としてこの世界では皆、ある程度の歳なると『ジョブ』に覚醒する。

(ゲームの主人公はスタート時にジョブを選べる)


 例えば長男であるシギットが最初に得たジョブは『剣士』だったそうだ。

 これを得た時点でもう、剣士として最低限の才能があると確定したといっていい。


 剣に関係のある『スキル』を得られるようになるし、肉体や魔力がどんどん剣を上手く扱うことに特化されていくようになっていくからだ。

 修行や経験を積めばジョブは進化していき、今のシギットは既に『豪腕の剣士』というジョブになっているのだそうな。


 ここからが問題で、ゲームをしていた時は知らなかったが、ジョブに覚醒する前からもう才能の片鱗は現れてくるものらしい。


 つまり、シギットは幼少のころから剣の才に優れ、故にジョブに覚醒し、これからはジョブとスキルの影響でもっと剣士として強くなっていく……ということだ。


 だが僕には産まれてこのかたなんの才能も、その片鱗すらも見えない。

 剣も魔術もさっぱりダメで、なんのジョブなのかさっぱり分からないのだ。


 理由が何故なのかはゲームの知識で知っている。


 実はレームというキャラはとんでもないチート級ジョブを持っている。

 所謂、使役系とか召喚系と呼ばれるタイプの能力。だがある意味で禁断の力ゆえに今から才能の片鱗が家族に見えることはまずないのだ。


 結果、武を重んじる我が家では欠陥品として扱われることになる。


 ヴェルスタンド家は代々『魔物』や『亜人』が多く住む地域と接した領地を治めている家だ。

 守りを固める為、あるいは侵略して領土を広げる為、武力こそがもっとも尊い才能とされているのである。


「ま、そりゃマズイだろうなぁ。亜人と戦うはずの貴族家に生まれた人間のジョブが、亜人と契約するジョブだなんて」


 そう、レームのジョブは『亜人との契約者』とかいうもの、だったはず。

 スキルは『亜人使役』と『亜人召喚』だ。


 因みに『モンたま』においての『亜人』とは、魔物の特徴を体に備えた人間、みたいなイメージだった。


 一応ゲーム設定上は、


 動物が進化したのが人類種。(この世界でも動物は普通にいる)

 精霊が進化したのが魔人種。(エルフや魔族など精霊が受肉した種を主に指す)

 魔物が進化したのが亜人種。(動物と精霊、中間の存在。最も多様性がある種族)


 という感じになっていた。と、思う。


 分かりやすくいうと、獣人や昆虫人類みたいなのが代表的な亜人かもしれない。


 後はライカンスロープとかセイレーンとかみたいな伝承に出てきそうなモンスター由来のもいたと思う。モンスター娘とかそういうのかな?(男性も普通にいるが

 魔物との差は主に知性の差らしが、その辺に明確な線引きはないようだ。


 僕のジョブとスキルは亜人と契約して使役するというものである。

 契約するとお互いの力を高め合うことができるという、ある種強力なものだ。

 これは超レアジョブなのだが、しかし同時に禁断のジョブでもあった。


 なぜならジョブというのは、単純な才能だけでなく血統など――つまり遺伝などによっても発現したりするものなのだ。


 亜人と契約できる、などという特殊なジョブが発現するのは、人間と亜人の因子をどちらも持っているからなのではないか?

 亜人の住む地域の隣にずっと住んでいたヴェルスタンド家の歴史の中で、亜人との混血が起きてしまったのではないか?

 過去にそういう隠し子がいて、先祖返りのように血が発現してしまった子供が出たのではないのか?


 ゲームシナリオにおいてのレームは、このスキルを教会関係者の鑑定によって知ることになる。

 そして人類種最大宗派の教会では亜人を魔物の一種として扱っているのだ。


 『魔物の血が混じった貴族家』かもしれない――などということを教会に疑われ、認定されてしまえば、そこでヴェルスタンド家は終わる。

 というか、ゲーム設定では本当にレームには亜人の血が混じっていることになっているので疑いでもなんでもないのだが。


 ゆえにレームはその場で、家族の手によって殺されてしまうのだ。

 存在を無かったことにするために。


 まぁ無論実際のゲームシナリオでは助かるのだが、そこでレームは悲劇を味わうことになる。


 ジョブ覚醒前から既に半契約状態にあった、こっそり仲良くなっていた亜人。

 レームにとって大切なその人が、殺されそうなところを庇って代わりに死んでしまうのだ。


 契約した亜人が身代わりに死ぬことで生き延びたレームは、自分を殺そうとした実家と教会、ひいては人類種に復讐を誓う。


 亜人と契約を重ね、亜人種の領域に存在していた過去に滅んだ超古代文明の魔導具すらも復活させ、人類に襲いかかってくるのである。


 その傍らにはいつも、死体を操る呪法を使う亜人の手によって形だけ復活した、レームを庇って死んだ亜人の姿があるのであった……。


 と、いうのが本来のレームの基本シナリオだ。


 まさに悲劇の男、といった感じである。

 もちろん僕はこのストーリーをなぞるつもりはない。


 まず亜人とこっそり仲良くなる、という設定があるが、僕はコミュ力に問題があるのでそんなことできるとは思えないし。

 仮にできたとしても仲良くなったらその相手が危険になってしまうのだから、やっぱり仲良くなるわけにはいかない。


 要するに、誰からも庇われず、ジョブの力にも頼らず、自身の武力と機転だけで例の死亡フラグみたいなイベントを切り抜ける必要があるということ。


「その為には、今やってる特訓を続けて完成させるしかないよなぁ」


 実はレームが迫害されていたり、数年後に亜人との混血を疑われたりするのにはもう一つ理由がある。


 鏡の前に移動して顔を覗き込むと、赤と青で左右色が違う。


 この赤い瞳というのが人類種にはあり得ないはずのもの、ということで僕は迫害されている部分もあった。

 所謂オッドアイなのだがこの真っ赤な方の瞳、実は魔眼なのだ。


 詳しい設定は忘れてしまったが、確か魔眼持ちの亜人から遺伝したとかいうもので、ゲームでのレームはこれによって特殊能力を保有していた。


 その能力は、魔力の動きが人よりよく見えるというもの。


 ゲームでは魔眼を使ってプレイヤーの行動を先読みし、バトル相性の悪い亜人を召喚してくる、という嫌らしい行動パターンをとってきたりする。

 まぁこれはメタ的にいえば相手プレイヤーに合わせて難易度を調節するための能力設定だったのだろうが……僕はこれを利用するつもりだ。


 本来の使い方ではないし、本来まだ使いこなせる年齢でもないと思うけど、この能力を今のうちから『ある方向』に極めていくことで、無理矢理戦闘能力を上げるのだ。


「その為には、練習あるのみだよなぁ。はぁ、キツいけど」

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