冒険の始まり 序章2
グラーダ三世の妻、王妃アメリアは15年前に病死している。それ以外の后を迎えようとしなかったグラーダ三世には、1人娘のアクシス王女のみが家族であった。元国王であるグラーダ二世は存命であるが、元王都「レグラーダ」で隠棲生活を満喫していた。
グラーダ三世は、1人娘であるアクシス王女を溺愛しており、身辺警護には特に気を付けていたのである。
にもかかわらず起こった、この「誘拐事件」の報告に、いつもは冷静なグラーダ三世は、かつて無く激怒していた。
「落ち着かれよ、王!」
常ならず蒼白な顔をした宰相ギルバート・ベックマンが叫ぶ。
「これが!これが落ち着いてなどいられるかっ!!」
逆立つ黒髪が国王の怒りを表していた。怒りに我を忘れた地上最強の男が、大気を揺らめかせている。
一歩足を踏み出す。堅牢な大理石の床が簡単にひび割れ、玉座の間を揺らす。
「もう一度言ってみよ!!!」
グラーダ三世が怒鳴りつけたのは、至急の報告に登城してきた王女の護衛部隊の隊長であるベンドルン・ゼスだ。
年は30歳過ぎで、気力、実力とも脂の乗った腕の立つ騎士である。王女の警護の責任者を任されるだけの実績も信用もあった。
そのベンドルンは蒼白で脂汗を垂らし、今にも死にそうな顔と震える声で報告した。
「も、申し訳ありません。お、王女殿下が、アクシス王女殿下が、『レグラーダ』への道中で・・・・・・誘拐されました・・・・・・」
再び王都に激震が走る。
ベンドルンが「ひっ」と悲鳴を漏らすが、玉座の間にいる者ほとんどが悲鳴を上げている。
「貴様は何していた!貴様は姫の護衛だろうがっ!!」
ベンドルンは王女の護衛部隊200名を率いる隊長である。
普段は城から外に出る事のない王女だが、年に一度、公務として旧王都のあった「レグラーダ」に行かねばならず、護衛として騎士や魔道師たち200人に守られての移動をしていた。 しかも、グラーダ三世が敷いた街道は、世界一安全な街道でもあった。
グラーダ国主導で敷いた街道は、世界中に張り巡らされている。その上、グラーダ国内においては、街道を兵士たちが巡回している。また、街道には常に人や商隊が行き交っており、冒険者の利用も多い。
グラーダ国内の街道は、グラーダ三世によって保護されているという事実がある。つまり、街道を行き交う人に手を出す輩がいたら、それはすなわち世界を征服した最強の国を敵に回すということである。誰が手を出せるというのだろうか?
それ故、街道で警戒すべきはモンスターや野生生物ぐらいである。
そんな街道で、白昼堂々の王女の誘拐など、どうして可能だったのだろうか?
大気を危険に揺らして激怒する闘神王を前に、ベンドルンは自分の人生の終了を完全に悟っていた。
しかし、それを読み取ったように闘神王が告げた。
「この失態が貴様の命だけで終わると思うなよ」
低い言葉にベンドルンは総毛立つ。
「もし、姫が死んでみろ。俺はこの世界を滅ぼしてやるからな!分かったか!!」
ベンドルンだけではない。大陸エレス全土の中心となっているこの玉座の間の全員に宣告したのである。この男にはそれが可能なのかもしれないと、全員が思う。
足を踏み出す狂王。ベンドルンが絶望の思いで主を仰ぎ見た。しかし、その足はベンドルンの脇を通り抜けた。
「俺が出る!全軍、付いて来い!」
グラーダ三世はそれだけ告げると玉座の間を出て行こうとする。
その前に1人の老人が立ちふさがった。闘神王の前に立ちふさがるなど常人に出来ることではない。
先ほどの激震で、唯1人、悲鳴を上げなかった人物である。
この人物こそが、先代国王からこの王家に仕えるようになった生ける伝説、「白銀の騎士」ジーン・ペンダートンである。
「待たれよ、王」
見事な銀髪を揺らし、鷹のような鋭い眼光を持つ偉丈夫が堂々とした態度で王の足を止め、怒れる闘神王の肩を諭すように叩く。
「どけ!ジーン!」
激しながらも、王の目にわずかに理性が戻る。
「この城の天井を見られよ。怒りのあまり、力を制御できておらぬ。今の王が出ては、逆に姫様の身に危険が及ぶのではないですかな?」
その言葉にグラーダ三世が周囲を見回す。死人こそ出ていないが、ケガをした者は多い。
これでも闘神王は力の放出を制御したのだ。怒りのあまりあふれ出した力を、誰もいない天井に向けて放った。
それでも大量の破片や衝撃波で少なからず人的被害が出てしまった。この広間にいる人間は、誰しもが得がたい人材だった。
「お気持ちは察しますが、ここはワシに任せていただこう。すでに先遣隊を20騎出しておる」
老騎士の言葉にグラーダ三世は激した体を震わせながら、大きく息を吐き出した。
「わかった。ジーン。おまえに任せる」
そして、膝を突いたままのベンドルンを振り返り、射殺すような目で睨むと宣告する。
「ベンドルン。貴様の命はないが、ジーンと共に捜索に専念せよ。働きによっては、罪が他に類する事については考慮しよう。これが最大の温情である」
この時、グラーダ三世は罪の連座する範囲を明言しなかった。本来であれば、部下は無論の事、家族にまで累が及ぶほどの失態で合う事は間違いない。だからこそ、ベンドルンはそこに望みを見いだした。この王は、これまで敵には苛烈だったが、味方には公平で、法に則った賞罰を与えている。
その一言が与えられただけでも、これまでベンドルンがグラーダ国に仕えてきた事を考慮した、最大の温情なのだ。
ベンドルンは家族や部下たちの顔を思い浮かべ、王の温情に涙すると「ははっ」と頭を下げる。
しかし、それを打ち消すようにもう一度グラーダ三世は宣言する。
「ただし、姫が無事ではなかった場合、俺は世界を滅ぼしてやる。これも決定事項である」
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