冒険の始まり 遺跡の謎 1
はじめに混沌ありき。
やがて天と地に分かたれ、光が生まれた。光の中より十一柱の竜が現れ世の形を創る。巨人が大地に起伏を創り、やがて倒れた巨人が山となる。
神々はまず植物を創った。そして、虫や小さな生き物たちを創り、魚を創った。そして鳥を創り、大きな獣を創り大地を、空を、海を潤した。やがて自らに似せて人を創った。
神はこの世界を祝福された大地として「エレス」と名付けた。
こうして六日でこの世界を創造した神々は、七日目を安息日とした。
エレス創世記より
俺の母は病気がちだった。
と言っても、元々は活発な女性だったらしい。母が病気がちになったのは俺を産んでからの事らしい。新生児の養育などとても出来るものでは無かったようで、俺は産まれてすぐに母の元を離れ、城で乳母に育てられた。
それでも母は時折、比較的元気な時には本を読んで聞かせてくれていた。おとぎ話や童話。神々や魔神たちの話し。エルフやドワーフ、滅んだ巨人族の話し。エルフの大森林に住む精霊族ハイエルフの不思議で恐ろしい話し。沢山の怖い話し。知恵ある竜「創世竜」の話し。様々な英雄譚。歴史の話し。
そんな中に何度か登場するのがこの「エレス創世記」の第一節である。
短くて漠然としていて、何だかよく分からないこの第一節。
「これっていつの話し?」
「結局誰が世界を創ったの?」
「竜が創ったのはなんだったの?」
などと質問を繰り返したのを覚えている。
すると母は、困るよりも嬉しそうに微笑んで「そうね」とつぶやき、いたずらそうに幼い俺のおでこをつついてこう言った。
「それって、誰も本気で調べたことがないらしいの。だから、カシム。あなたが解き明かしてみたらどう?」
「ときあかす?」
「この世界の不思議とか、謎を知るの。どう?カシム。そう思うと楽しそうでしょ?」
母の輝く笑顔が、活発な少女の様に見えた。
病気になる前は、とても活発な人だったそうで、俺の前ではどんなに辛くとも、いつも元気に笑っていた。
「うん」
俺も笑顔で返事をしたと思う。
だが、はっきりとしない。
その時の母の顔は、やせ細って青白い顔で、切なく笑っていたのか。それとも、いつもの様に活発な少女の様な笑顔だったのか・・・・・・。
記憶の中では、その2つが重なっているように浮かんで蘇ってくる。それは、その時の俺の目が、涙で滲んでいたせいだったのだろうか。
母は、のんびり笑いながら言った。
「本当は私がやりたかったんだぁ~」
それから5日後に母はこの世を去った。
俺は騎士の家に生まれた。
だから、15歳で成人したら騎士になるように育てられていた。周囲の誰もがそれを疑わなかったし、俺も騎士に憧れていたし、騎士になりたいと思っていた。
だが、俺は母が読んで聞かせてくれた、様々な話しにも興味を引かれ続けた。
母との会話が強烈に印象づけられているのも確かだが、それをきっかけとして、この世界の不思議や謎を解き明かすことへのあこがれが膨れあがったのだ。
母から夢を託されたような気も無いと言えば嘘になる。
騎士としての修行をしながら、時間を見つけては本を読みふけった。
年を追うごとに好奇心の方が強くなってきた。
そして、色々調べていく内に、俺は解き明かしたいいくつかの命題を見つけた。
まずは「創世記の謎」。これは子どもの時に感じたまんまだ。大人になってもやはりよく分からない。
この創世記は、神々が伝える神話の第一節だが、魔神の作る魔神記の第一節も全く同じなのだ。
その後、神話では神は、「神がいかにして人間を導いていったか」が書かれていて、魔神記では「いかに魔神が恐ろしくて強大か」が書かれている。
第一節以外は、どちらも文章にこだわり、言葉を飾って表現されているのだ。
つまり、この第一節だけ、なんだか適当に作った様に感じられる。
神も魔神も、「創世竜」に配慮して同じ文を第一節として取り上げている様に思えるのに、その内容が随分とぞんざいだ。
そこが腑に落ちない。
次はエレスの歴史だ。この世界全部をエレスと呼んでいるが、エレス暦は現在3967年になる。
それ以前の記録はない。
エレス暦は、神々が宣言をして始まった。
人々が狩猟生活を送っていたある日、神々が地上に降臨して、農耕技術を伝えたところから、歴史が始まっていると言う事だ。
しかし、エルフの大森林に住まう精霊「ハイエルフ」の長老たちは一万二千歳は優に超えるとうそぶいているらしい。エレス暦の3倍近く、あるいはもっと生きている種族がいて、人間や神々の歴史がたかだか四千年では創世記からしておかしくなる。
つまり、エレスの歴史はそれ以前から続いていると言うことになる。
これは考古学者では定説になりかけているが、この人類は第二文明で、一度目の文明は「聖魔戦争」で滅んだとされている。
「聖魔戦争」とは、200年ほど前にも起こったのだが、「地獄」という、恐ろしい魔物や魔王が住んでいる世界と、このエレスとをつなげて、世界を滅ぼすという目的のために、「魔界」の魔神や、人間の協力者が起こした戦争の事である。
その時は、「地上界」の人間や多くの種族、それと、「精霊界」のハイエルフ、「天界」の神、そして何より、創世竜と共に現れた竜騎士がその戦争を終結に導いた。
だが、今の文明の前、つまり、3967年以上前にも、大きな聖魔戦争が起こり、その時は地獄の魔王が出現した為、文明が滅んでしまったのではと、考古学者たちは考えているのだ。
俺はその真偽を確かめたい。
単純な知的好奇心だが、俺はそれを研究したくて、騎士の道を蹴り、考古学者として家を出た。
グラーダ国には成人したら、自分で職業を選ぶ権利がある。
俺の家は、グラーダ国で最重要な騎士の家系なのだが、それだけに、本来はそんな権利の行使は許されないと思っていた。
しかし、俺が「考古学者になりたい」という意志を告げた時、なぜか家族はそれを了承し、応援さえもしてくれた。
元々、騎士として、戦士としての才能が無かった俺は、後ろめたい気持ちや、激しい劣等感から、逃げ出すように家を飛び出して行った。
それから各地の遺跡を巡って研究して回り、もう1年以上家に帰っていない。
そして、今、俺は旧グラーダ国王都だった、産業都市「レグラーダ」から西にある、砂漠に埋もれた遺跡に来ている。
グラーダ国王の改革により、この20年で緑化が進んでいるとはいえ、元々「砂漠の小国」と呼ばれていたグラーダ国だ。砂漠は依然として広がっている。
俺は、砂漠を1人、徒歩で数日進んで、コンパスと地図と星を頼りに、何とか目的の遺跡にたどり着いた。
ラクダでも借りられれば、一昼夜の旅だが、路銀も心許なくなってきているので、荷物をソリに載せて引きながら歩いてきた。
2月13日、夜中の2時。空には満天の星が輝いているが、明日には天気が変わりそうだ。雨こそ降らないだろうが、西からの風に少し湿り気を感じる。
目的の遺跡は、風化した巨岩で作られた入り口が砂の上に出ているだけで、後の部分は地中深く埋まっている遺跡である。元々地下にあったのか、地上にあったが砂に飲まれてしまったのかは分からない。なので、わずかでも進路を誤ると見つけ出す事は困難だった。
「とりあえず、砂漠で迷子にならずにたどり着けたな」
俺は砂よけのゴーグルを上げて、発見した遺跡を見る。
この遺跡は「砂の岩戸」と言われている遺跡で、規模も小さく、すっかり調査や探索はされ尽くされているらしいが、グラーダ国の歴史はもちろん、エレスの歴史にも何の遺跡か分かるような記録がなく、いつの時代の、何という名前の国の、何のための建築物なのかも分かっていないそうだ。
15歳で成人して考古学者と自称して家を出てからこの1年間、各地で同じような遺跡を探索してきた。
今回も、特に新しい発見は無いだろうと思いつつも、胸が高鳴る。遺跡を見るとワクワクしてくるようになっている。
「早く調査したいとこだが・・・・・・」
俺は周囲の様子を窺う。
「砂の岩戸」周辺は、砂漠の中としては平らで固い地面になっていた。大小の岩が林立していて、有り難いことに小さな泉があり、木も数本生えていた。
そして、風化していびつな形になっている4メートルほどの岩の板が二枚、地面から垂直に屹立していた。明らかに人工的に加工された後が窺える。
その板の間に、小さな地下への入り口がある。
以前にこの遺跡を訪れた調査隊によって、入り口に戸板を乗せられているが、地下への入り口として四角く口を開いていた。戸板に、多少砂が積もっているが、簡単にどかせるだろう。
「よし、まずはシェルターの設営だ」
俺は引っ張ってきたソリを、シェルターを設営しやすい場所に移動させる。ここで数日過ごす予定だ。
今は夜なので、日差しはなく、逆に肌寒い。星明かりと、だいぶん欠けているが、月明かりだけで充分作業できる。
俺はシェルターを設営すると、手早く食事を済ませる。
とにかく早く遺跡に向かいたい。
食事等の片付けが済むと、遺跡調査に必要な装備をまとめる。
剣とナイフ。
遺跡はダンジョンでは無いので、魔獣は出現しないだろうが、野獣が住み着いていたり、突如としてモンスターが出現する可能性もあるから、武器は必須だ。
ロープとフック。カンテラと
砂よけのゴーグルは頭に装着している。
この遺跡は小さいので必要ないが、念のために小さな水筒と少しの食料もウエストバッグに詰め込む。
ハンマーとクサビも使うかもしれないのでズボンのベルトに挟み込む。
遺跡では這いずり回って調べることが多いので、革製の膝当てと肘当ても装着する。中に綿が入っているので、這いずり回っても大丈夫である。
これで準備万端である。
本来ならシェルターも目立たずカモフラージュしたいのだが、こんな砂漠の真ん中の朽ちかけた遺跡に誰が来るのだろうか。カモフラージュは必要ないと判断する。
それにグラーダ国内はとても治安がいい。悪人たちもグラーダの国王が恐ろしいのだろう。
かつて闘神王は街道の敷設や海路を開くに当たって、国内の野盗、盗賊を殲滅せしめ、海賊は自国への行路を犯す海賊を殲滅し、グラーダの旗を掲げる船に対する絶対不可侵の掟を叩き込んでいた。
「よし、行くか」
俺はカンテラに火をともし、胸を高鳴らせつつ、遺跡の入り口を覆う戸板をどけて、遺跡に足を踏み入れていった。
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