冒険の始まり 遺跡の謎 3
遺跡は、俺が思っていたより小さかった。
入り口の戸板をどかすために、その上に積もった砂をどかす作業があったが、たいした労力でもない。
目測で大体の距離や角度が分かるので、俺は一応ノートにマッピングする。
最初の下り坂が30メートルほどで、30度の角度を付けて降り、そこにまた木で出来た戸板が立てかけられている。遺跡に砂が侵入するのを防ぐために立てかけられている戸板だ。
その戸板もだいぶ古くなっていて、今にも崩れそうだ。
町に戻ったら誰かに依頼して新しい戸板を設置してもらった方が良さそうだ。
考古学者はこうした遺跡の保護をする義務がある。
戸板をどけると、階段が7段下っていた。
その先は一つの部屋だけだった。かなり古く、風化が進んで、今にも崩れそうな壁と天井だった。
石で出来た円柱が、左右の壁から50センチほど離れたところに、6本ずつ並んでいる。壁面に比べて、やや新しいので、後年設置された物だとわかる。
部屋の真ん中に石棺が置かれ、石碑が一つ建てられていた。石碑の内容は研究者の記した本に書いてあったので知っている。内容は「いついつ誰々が、この遺跡を発見しました」というものだ。その石碑の文字も風化してほとんどが消えかかっている。
石棺も蓋は開いており、中は空。開けられた石棺の蓋は遺跡内に砕けて落ちている。研究者が来た時には、もう何も入っておらず、荒らされた後だったそうだ。
後年取り付けられた石柱が、かろうじて天井部分を支えているが、遺跡自体がかなり風化していて、あと10年もすれば完全に崩れてしまっても不思議ではないくらいだ。
「うーん。さすがに何もないだろうなぁ、やっぱり」
小さくため息をつく。それでも胸が高鳴る。
早速ハケとルーペを取り出して、あちこち細かく見て回る。
この遺跡は昔このあたりに住んでいた貴族の墓などと言われているが、実はよく分かっていない。石棺と、遺跡の壁では古さが明らかに違う。石棺もかなり風化しているが、壁面は更に古い。
床には二重の戸板をものともせず、大量の砂が積もっていた。ここも、町に戻ったら依頼して、砂をどけてもらうように手配しなくてはいけない。考古学者の義務として。
俺は夢中になって、そこら中這い回り、この遺跡の成り立ちや、どう使っていたのかなどに思いを馳せる。
考古学は想像していくのが楽しい。
俺が考古学に求めるのはロマンである。好奇心を満たしたい思いで学び、調べている。
考古学者として、遺跡の石組みの間に、常に持ち歩いている、極薄い鉄のカードを差し込んでみたくなるが、この遺跡は風化が激しいので、流石にやらないで、見るだけにしている。
管理していないのと、地理的な問題もあるが、それだけでは無い古さが、この遺跡を直に見ればわかる。
下手にいじれば、この遺跡自体が崩落しそうで、その意味では身の危険を感じる。
ロマンに浸っていたいが、そう何日もこの遺跡内で過ごすのは勇気がいりそうだ。
そう思いつつも、俺が時を忘れて調査する内に、とっくに外は明るくなっていた。遺跡内の温度もかなり上がってたし、そろそろシェルターに戻り休むべきか。外よりははるかにましだが、汗が額から流れる。
しかし、やはり気になるのは、この壁の古さだ。
俺は入り口から見て、右側の壁を、すぐ近くに作り足された柱との間に挟まるようにして、調べていた。すると、壁からわずかに涼しい風が流れてきているのに気がついた。風化が激しく、壁面にヒビが入っている。そこからかすかに風が流れてきているようだ。
俺は恐る恐る壁面を、ハンマーで軽く叩いてみた。
コンッと軽い音がする。壁の後ろが空洞である証拠だ。
「うそだろ・・・・・・」
腕に鳥肌が立つ。まさかの新発見?
考古学者は遺跡を保護する義務があると俺は思っている。遺跡を大事にして昔の人々の暮らしに思いを馳せたり、判明したことを後世に伝えていく仕事だ。
歴史に埋もれた物語を見つけ出すロマンある仕事だ。そう。さっきから何度も繰り返しているが、考古学はロマンだ。
ロマンというなら「新発見」こそが最大のロマンではなかろうか?そのためには他の何かを犠牲にすることもやむを得ないだろう。・・・・・・うむ。やむを得ない。
「ああ!しまった!」
俺は誰も見ていないのに、つまらない小芝居をして、クサビを壁面のヒビにあてがうと、思いっきりハンマーを打ち込んだ。
風化した壁はあっさり砕かれ、崩れ落ちた。大きな崩落を懸念して素早く出口に走るが、壁面はごく一部が崩れ落ちただけで、他に崩壊は波及しなかった。
俺は安堵のため息をつくと、恐る恐る崩壊した壁面に近付く。
崩落した壁面の穴は俺が這って通れるほどの狭さだが、穴はそれほど長く続いているわけではなかった。
50センチほど先で別の細い通路と交わっているようだった。
「風化が激し過ぎるおかげで、今になって発見できたって事か・・・・・・」
そう呟きながら、新たに発見できた壁の穴を調べる。
さっきから、心臓がバクバク言っている。
カンテラを穴に差し入れてから、俺も上半身を穴に突っ込む。
先の通路を確認すると、やはり狭い通路のようだった。右側はすぐに行き止まりなので、一本道で左側、遺跡の向きからすると西側に向かって一直線に伸びているようだ。
カンテラの光では通路の先は見えない。
しかし、奥の方から風が流れてきている以上、どこかにつながっているのは間違いない。
俺は一度遺跡に戻ると急いで発見したことをノートに書き付ける。図も描く。興奮して鼓動が高鳴り続けている。暑さではない熱さで汗が噴き出てくる。
この先に進む覚悟はとっくに決まっている。
俺は急いで外に飛び出ると、地面に埋めていた食料を取り出し、ショルダーバッグに余計に詰め込んでからまた埋め直すと、泉の水をそのままがぶ飲みする。そして、カンテラの油を補充して、予備の油を瓶に詰めウエストバッグに放り込み、すぐに遺跡の中にとって返した。
砂漠の旅のために、ここしばらく昼夜逆転していたので、今はもうとっくに寝ている時間なのだが、今は眠っている場合ではない。
怖いと感じることもなく、俺は狭い通路に四つん這いで潜り込む。
狭い通路をカンテラで照らして俺は驚く。
「なんだ?この壁?」
外の遺跡が風化してボロボロだったのに対して、この壁面はやたらとつやつやしていた。
「金属の壁?いや、何か違う気がする・・・・・・」
「なんでこんなに真新しいんだ?」
そう思いカンテラで照らし、ルーペで表面をよく見てみた。すると、どうも僅かに腐食したような状態の所が発見できた。にもかかわらず、まるで新品同様の壁なのである。
俺の鳥肌が収まらない。まさか、こんなに早くに俺の研究命題の手がかりをつかめるとは。
この通路の壁は、おそらく遺跡の壁面よりはるかに昔に作られた物だ。
つまり、今の文明より以前にあった、現代より遙かに優れた、そして滅んでしまった文明が作り上げた壁面なのだ。
どれくらい古いのか見当も付かないが、少なくとも5000年以上は昔のものだろう。にもかかわらず、ほとんど腐食も風化もしない壁面。いったいどれほどの文明があったというのだろうか?
俺は抑えようのない興奮に目眩を覚えたが、通路の先に進みたいという、より抑えがたい好奇心に駆られ、狭い通路を這って進んでいく。
「もし、これが通路だとしたら、この遺跡を作った古代人は『センス・シア』よりも小さい種族と言うことになるのかな?」
「センス・シア」は背の小さい、幼児のような見た目の、長命種族である。俺は町で見かけたことがあるだけで、個人的な知り合いはいないが、とても賢く、魔法の能力が高い種族らしい。身長は大人でも120センチ程度。
だが、この通路は、立って歩くとしたら60センチくらいでないと頭をぶつけそうだ。横幅も狭く、腰の剣が邪魔で動きにくい。仕方が無いので腰から外して剣帯を胸に巻いて、更にウエストバッグのベルトに鞘の剣先部分を通し、胸でショートソードを抱えるようにして進むことにする。四苦八苦して何とか剣をいちいち壁にガチャンガチャンとぶつけることなく進めるようになった。
気になるのは奥から流れてくる風が、何とも言えない甘いような匂いがかすかに混じっている事だ。
俺はポケットに入れてあるタオルで口元を覆い、ゴーグルを下ろして進む事にした。
それにしてもこの通路、何処まで続いているのだろうか?もう20分ほど進んでいるが、まだ先が見えない。
膝当てと肘当ての有り難さを痛感しつつ、俺はなおも進んでいく。
先遣隊の10騎が発見したのは、崖から転落し、20メートルほど下の地面で砕け散った王女の馬車と、馬車を引いていた4頭の馬の亡骸であった。だが、先遣隊たちの顔に絶望の色は見られない。
彼らは追跡の専門集団である。他の10騎は、別の痕跡を発見していたので、2つに隊を分けて追跡していたのだ。
本命はここでは無く、恐らくはもう一方の痕跡である。
10騎は崖下を確認するために2人を残し、すぐさまもう1つの痕跡を追っていった隊の後を追うことにした。
後から追う方は、ちゃんと先行者が痕跡を残してくれているので、追跡の速度が早い。すぐに追いつくことだろう。
そして、先遣隊が残した目印を追って、ジーン率いる200騎と後続の本隊が来ることだろう。
先を行く10騎が向かったのは砂漠の方である。砂漠に入ってしまえば追跡は時間がたつほど困難になる。風と砂が痕跡を消してしまうからである。全ては時間との勝負である。
8騎の騎馬は、言葉を一切交わすことなく、猛然と砂漠の広がる南に向けて駆け出していった。
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