第2話 ミヅキ 後編

 その日、私は油断していた。


 いつもなら遠回りして帰っていたのに、たまたまトオルくんの家の前を通ってしまった。

 そのときに限ってトオルくんが家から出て来た。

「美月ちゃん、久しぶりだね」

 私は怖くて、足がすくんで動けなくなってしまった。

「久しぶりに見たけど、すっかり綺麗になったね」


 何を言っているのだろう?また、いじめるのでしょう?


「俺、まえから美月と話したかったんだ。また仲良くしてもらえないかな?」

 能天気に言ってくる。

 嘘、そんな言葉信じられない。

「うそ・・よ・・・だって・・中学のとき・・いじめてた・・」

 トオルくんはニヤニヤ笑いながら言ってきた。

「あれは、その・・・好きな子いじめっていうか。ほら、昔のことはいいじゃん?」


 いじめてた本人は、忘れていても。いじめられていた人間の心の傷はわからない。


 私は死のうと思ってたんだよ。

 何言ってるの?


 悔しくて・・・走って逃げた。


 家の玄関に入り、うずくまって震えながら声を上げて泣いてしまった。


 驚く、両親。

 母は肩を抱いて、ソファに連れて行ってくれた。

 頭をなでて、話を聞いてくれた。


 中学の頃、いじめられてきたこと。

 辛かったこと。苦しかったこと。

 死にたかったこと。


 怖くて、怖くて自分の部屋に閉じこもっていたこと。


 両親は何も言わず聞いてくれた。

 やがて、泣きつかれて眠くなった私をベッドまで連れて行ってくれた。

「美月ちゃん。私達はいつでもあなたの味方よ。それだけは忘れないでね」

 母が言ってくれた。


 その夜、私は寝ていて知らなかったけれど。

 父親が、文字通り隣の家に怒鳴り込んだそうだ。

 いつもは頼りない父親。だけれど、いざとなると家族を守ってくれる。


 トオルくんは、逃げるように家を引っ越してどこかで一人暮らしを始めたそう。


 私は、いままで両親を信用できずにいた。けれど、ようやく心を開くことができるようになった。


 そして、私は引きこもりをようやくやめることができた。

 二十歳のことだった。


 おかげで、家事も料理も一切出来ない娘になっていたけれど。





 一度、ミキちゃんに連れられて合コンというものに参加した。

 イケメンと言われるような若い男性が、私に話しかけてきた。


 その顔を見ると、トオルくんが話しかけてきたことを思い出した。

 そして・・・恐怖をかんじて気持ち悪くなり、トイレに行って吐いた。

 合コンは早々に中座して帰った。


 私は、たぶん男性恐怖症なんだろう。

 ニヤニヤと笑って近づいてくる同年代の男性を見ると気持ちが悪くなる。



 本当は、少女漫画にあるような出会いを夢見ていたけれど。

 現実の男性を見ると、恐怖を覚えてしまう。


 大学を出た私は、就職をした。

 会社では、塩対応で有名になっているそうだ。



 もういいの。

 ミキちゃんがいて、両親がいてくれて。

 そして美味しいものが食べられれば・・・それで幸せ。



 その日も、ミキちゃんと一緒に何度か行ったお店に行くところ。

 イタリアンだけど気取らない、それでいてとても美味しい料理が出るところ。

 お酒の美味しさはわからないけれど。


 お店の扉を開ける。

 カランカランというベルの音。

「いらっしゃ〜い」

 お店の人が迎えてくれる。

 にぎやかな声が聞こえる。







 瀬戸美月。

 運命の出会いまで、あと30分。

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