第2話 旅へ
俺は本当に世界を知らない世間知らずで……
光そのもののような白金色の髪と、金の瞳。
空から降りてくるその人を、なんと表現すればいいのかわからなかった。
まるで……
はっ、まずい!今俺落下中だ!!
…え、ちょっと待て。
あの人も落ちてる?嘘だろ…?!
「助けにきたわけじゃないんかああーい!」
『あっはははははは!!!』
遠吠えのようにその人に叫んだら楽しそうな笑い声が聞こえた。
そうして俺は一定の距離のまま、その人と滝から落ちていった。
・・・・・・
「はぁぁぁぁ…死ぬかと思った…」
絶対に死ぬ高さだと思ったが、奇跡的に助かった。どなたかわかんないけど一緒に落ちてきた人も無事で、とりあえず近くの陸に上がった。
『はい、じゃあこっち向いて』
ぐいっとその人の方に身体を向かせられた。
「え、っと。なんでしょう?」
人慣れしていない俺はドギマギしながらも素直に立っていると、その人は美しい笑顔を携えたままゆっくり片手を挙げた。すると温風とともに自分の服の水分が飛び、一気に水の重さが消えた。
「え…すごい。ありがとうございます!!」
『いえいえ。一緒に落ちちゃったからね、これくらいはさせて。ついでに折角だから一緒にご飯でもどう?』
・・・・・・
滝つぼから少し離れたところで今日は一緒に森の中を過ごすことになったんだが……この人、すごい!
焚火用の木を取りに行こうとしたら、何かをつぶやいて木をぶった切った。
そして火を付けようとしたら、何もせずに一瞬で火がついた。
俺が水を汲んで戻ってくる間に野兎を4匹狩っていた。
え、この人絶対すごい人じゃん。
俺でもわかる。絶対すごい人。
『では、改めて!さっきは助けられなくてごめんね~乾杯!』
「いえいえ。ありがとうございます。乾杯…」
何この水。めちゃ美味い…。
この人がどっかから拾ってきた草を混ぜて煮込んだ飲み物。爽やかだけど落ち着くし、口に広がる香りがいい。
「あの、これ、なんですか?」
『ん?あ、これ?これはハーブの一つでカミュールっていうんだよ。その辺によく生えてるよ』
「へえ、初めて飲んだ…物知りなんですね。というか、お強いですよね。あ、ところでいまさらですけどお名前は…?」
『え?あ、まだ自己紹介してないね!シリウスっていうんだ。よろしくね。』
「シリウス…さん。あ、俺はアグニって言います。よろしくお願いします」
『あーごめん。実は知ってるんだ』
シリウスは少し申し訳なさそうにしながら首を掻いた。さらりと白金の髪が肩から流れ落ちた。
「え、そうなんですか?」
『うん。スリーターの大公とは昔馴染みでね。君が旅に出るから見ていてほしいって言われたの』
そんなん知らなかったぞ!けどよく考えたら俺が村から出る時は護衛の兵が一緒だった。今回の長期旅にはいないのっておかしいか。
「すいません、全然知りませんでした」
『だろうねえ。だからまさか許可が下りた次の日に出ていくなんて思わなくて、追いかけるのに苦労したよ~』
うわー…それは悪い事しちゃったな。
でも知らせてない方が悪いからいっか。
「あの、シリウスさんは何者なんですか?軍人じゃないぽいですし……」
『ん?んー…世界をずっとふらふらしてる感じかな。軍人じゃないよ』
「けど、強いですよね?さっき木ぶった切ってるの見ましたよ」
『あーあれ?あれは別に誰でもできるよ。風の芸で「鎌鼬」って技だね』
カゼノゲイデカマイタチ…
ほお。それをつぶやいてたのか。
「あれ、俺もできますか?」
『君なら全然できるよ。教えようか?』
「ほんとですか!あれ俺もできるようになりたいです!」
『いいよいいよ~。けど君、相当な箱入りそうだね?村の外に出るの初めてなんでしょう?』
「あ、初めてじゃないですよ。村周辺なら何回か。15歳の1度目の冬に出た以来なんですけどね」
『15歳の…一度目の冬?』
「あ、今俺16歳の1度目の年なんです。」
『あー………これは、これは。村の人とあんま話してないのかい?』
「…はい。なんかいつも下向かれちゃって。1年に4回、毎年春に掃除にきてくれるんですけど、それ以外は…喋らないですね…」
『でしょうねえ。でなきゃそんな訳のわからない歳の数え方しないもん。そうか。あの子、随分と忠実だな~』
シリウスは、はあ~と深いため息とともに前かがみになった。
ん?
世間ではこの年の数え方しないのか?
でもお父さんに教わった数え方だしな。
間違ってたぞ、お父さん。
そんなことを考えていたら、シリウスがじっと俺を見ているのに気づいた。
『ねえ、アグニ。君は随分と狭い世界で生きていたんだね。』
まるで挑発するかのように魅惑的な笑顔で言った。
『世界を知りたくない?』
「…世界?」
『そう、この世の全て。私と一緒ならば世界の全てを知れるかもしれない。君は長い間ずっと一人で寂しかったでしょう?』
早くに父が死んで、ずっと一人だった。
村の人は優しかったけど仲良くはしてくれなかった。
「教えてくれるのか?」
『もちろん。けれど、君が自分で世界を知りなさい。私はその手伝いをしよう』
・・・知りたい。
ずっと一人でいて、
人も世界も、森を歩く方法すら知らない。
『君はこれからたくさんの人に出会うだろう。人を知り、土地を歩き、世界を見て……その上で僕は、君がこの世界を愛せるかを問いたい。』
「……世界を愛せるか?」
『まぁどうせ今回の旅の護衛は僕がするから、暫くは一緒の行動になる。旅を終え再びここに戻ってきた時、また僕と一緒に世界を見るか、それとも村に残るかを考えたらいい。どうだい?』
シリウスが俺に手を差し出す。
これは世界への誘いだ。
俺は差し出された手を強く握り返した。
「ああ。よろしくな、シリウス!」
これから世界を知る冒険が始まる。
俺の「知りたい」を埋める旅だ。
知りたいという欲求がこれほどまでに胸を高ぶらせることを、この時初めて知った。
・・・・・・
「ところで…シリウスって男性?」
『何言ってるの?どう見ても男でしょ?』
「あやっぱそうなんだ。」
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