第10話 お金を借りに行く者は、悲しみを借りに行く

「But this they have known before ,if they had taken his Advise ; If you would know the Value of Money, go and try to borrow some ; for , he that goes a borrowing goes a sorrowing ; and indeed so does he that lends to such People, when he goes to get it in again.」(Poor Richard Improved,1758)

 ―――しかし彼らだって、つぎのような彼の助言にしたがっていたなら、とっくに知っていた筈です。“もし、お金の価値を知りたいのなら、誰かのところへ行って借金してみることだ。”“お金を借りに行く者は、悲しみを借りに行く。”そして、実際、このような人達にお金を貸した人は、その取り立てに行ったときに悲しみを味わうものなのです。(『貧乏リチャードの暦』1758年版序文)


 この文章の執筆者リチャード・サンダースは、1732年から1758年まで『貧乏リチャードの暦』を出版していた。


 現代でいえば「格言カレンダー」のようなモノだ。

 当時の大ベストセラーだったという。

 ここに掲載した文章は、1758年版の序文の一部である。


 この序文は、後に『富へいたる道』というタイトルの単行本として出版された。


 この「リチャード・サンダース」、じつは、ペンネーム。


 本名は、ベンジャミン・フランクリン。

 アメリカ独立宣言を起草した委員のひとりである。


 ちなみに「Time is Money」(時は金なり)という有名な格言を残したのも彼だ。


 フランクリンは、この文章のなかで、無計画なお金の使い方を戒めた。

 お金の無駄遣いをした揚げ句、借金すれば、それはもう悲しみを借りに行くようなものだ……というワケだ。

 借金するなら、計画的に利用しようということだ。



 ゴウは、貸金業法が規律しようとする登場人物・機関の相関関係を描いた図を描きなおした。


 ……だって、最初に描いた図は破れてしまったから。


「おっしゃ、できた。さあて、つぎ行ってみようか」


 テキストのページを捲る。


「ついに、出てきたか……」


 大きく息を吸って、背筋を伸ばした。



 過剰貸付けを抑制するために、貸金業法が導入した有名な制度。


 ―――総量規制


 聞いたことのある方もい多いハズだ。


 貸金業者は顧客に対し原則として年収の3分の1を超える金額の貸付けをしてはならない、というルールである。


 貸金業法13条の2第2項をみてみよう。


【貸金業法13条の2第2項】

 前項に規定する「個人過剰貸付契約」とは、個人顧客を相手方とする貸付けに係る契約(住宅資金貸付契約その他の内閣府令で定める契約(以下「住宅資金貸付契約等」という。)及び極度方式貸付けに係る契約を除く。)で、当該貸付けに係る契約を締結することにより、当該個人顧客に係る個人顧客合算額(住宅資金貸付契約等に係る貸付けの残高を除く。)が当該個人顧客に係る基準額(その年間の給与及びこれに類する定期的な収入の金額として内閣府令で定めるものを合算した額に三分の一を乗じて得た額をいう。次条第五項において同じ。)を超えることとなるもの(当該個人顧客の利益の保護に支障を生ずることがない契約として内閣府令で定めるものを除く。)をいう。


 ようするに「借金するなら計画的に返済できるようにしなさい」というルールでもある。

「悲しみを借りに行くようなことをするな」ということだろう。


 ただ、カッコ書きが多すぎて、なんだかよく分からなくなってしまう条文だ。


 そこで、要点部分だけを抜き出してみよう。

 つぎの傍点部分に注目して欲しい。


「当該貸付けに係る契約を締結することにより、当該個人顧客に係る個人顧客合算額(住宅資金貸付契約等に係る貸付けの残高を除く。)が当該個人顧客に係る基準額(そのの金額として内閣府令で定めるものを合算した額にをいう。次条第五項において同じ。)


 よく言われる「年収の3分の1を貸付けをしてはならない」という話しは、この部分に由来する。


 この「年収の3分の1」が、過剰貸付けにあたるかどうかの判断基準のひとつ。


 これは逆にいえば、年収600万円の人は200万円を超える借入れができないことを意味する。

 たとえば、すでに150万円の借金がある「年収600万円の人」が、あらたに100万円を借りようとしても、貸金業者はこの人に100万円を貸すことはできない。


 借入金額の合計が、250万円になってしまうからだ。


 注意したいのは、年収の3分の1を超えてはならないという点だ。


 なお、この総量規制は貸金業法の規定なので、貸金業者がおこなう貸付けについてのみ適用される。

 じつは、銀行等の貸付けや信販会社のクレジットカードを使った買い物には適用されない。


 その理由は、立法担当者らにより、つぎのように説明されている。


『社会問題化した多重債務問題が、主に貸金業者による借り手の返済能力を超える貸付けによって発生していると考えられることを踏まえたものである。』

(上柳敏郎・大森泰人編著『逐条解説貸金業法』(商事法務、2008年)114頁)


 ……そういうことにしておこう。


 また、ここまでの話しで「総量規制」につき、


 なぜに、3分の1なの?

 その数字、どこから出てきたの!?


 と疑問に思っている人もいるだろう。


 これについても、つぎのような説明がある。


『ここで3分の1という基準は、①消費者金融利用者の年収が概ね600万円以下であること。②家計調査によると、年収600万円未満の世帯の毎月の実収入から実支出を引いた額が毎月の実収入の15%程度であること。を基に、毎月の収入の15%を返済に充てた場合に、金利18%、元利均等払い、返済期間3年で借入可能な金額が年収の概ね3分の1となることを踏まえて、設定したものである。』

(上柳敏郎・大森泰人編著『逐条解説貸金業法』(商事法務、2008年)114頁)


 どうやら、統計調査などの資料を基に年収の3分の1という基準を立てたようだ。


 もっとも、この総量規制は借り手が返済能力を超えた借入れをすることによって多重債務に陥ることを防ぐことを目的とする。


 そうだとすれば、個人顧客の年収の3分の1を超える貸付けに係る契約であっても、住宅資金の貸付などの総量規制になじまない貸付けや、多重債務の懸念が生じない貸付けならば問題はないハズだ。


 そこで、貸金業法は「住宅資金等貸付契約」および「個人顧客の利益の保護に支障を生じることがない契約」については、総量規制にかからないものとした。

 前者を「除外貸付け」、後者を「例外貸付」と呼ぶこともある。


「うーん。年収の3分の1を超える貸付けが、許される場合もあるってことか……」


 では、どのような場合ならば、総量規制にかからないのか?

 ここは、試験において重要なポイントである。

 しかも、かなり正確に記憶している必要があるところだ。


 が、いまは、住宅ローンの残高が借入れにあたって総量規制の計算からは除外されることだけおさえておこう。


 たとえば、年収600万円の人がいたとしよう。

 そして彼の住宅ローンの残高が、現在300万円だったとする。

 では、貸金業者は、この人にいくらまで貸付けることができるか?


 住宅ローンの残高は、総量規制の計算から除外される。

 このため、総量規制にかかるかどうかの判断において住宅ローン残高は、とりあえず考えなくてよい。


 したがって、貸金業者は200万円まで貸付けることができる。


 なぜ、住宅ローン残高は総量規制にかからないのか?


 その理由については、後にお話しすることにしよう。

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