第8話 筆者は、結論を急ぎすぎていた……。

 さて、ここまでの話しでは、貸金業者が顧客に貸付けをおこなうさいに、まず確認しなければならないことがあると述べた。


 それは貸付けをおこなうさい、貸金業者は顧客の返済能力を調査すべきということだった。


 そこで貸金業法は、貸金業者に返済能力調査義務を課し、返済能力調査のコストを抑えるために指定信用情報機関を創設した、というのが前々回および前回までの話しだ。


 けれども、すこし結論を急ぎすぎた。


 というのも前々回・前回の説明では、指定信用情報機関制度の創設はともかく、


 なぜ、貸金業法は返済能力調査を法的な「義務」としたのか?

 法的義務とする必要性は、どの点にあるのか?


 については触れていなかった。


 前々回、前回の話しだけでは、この点が不明だ。


 そもそも、貸金業者が「なにがなんでも全額回収。できなければ明日は我が身」という動機を持って貸付けを行うというのであれば、法律で義務としたり違反した業者に罰則を科す必要はない。


 自由にやらせておいても、返済能力の調査をするはずだからだ。


 しかし、彼らには別の動機もある。


 それは「お金を貸さなければ商売にならない」というものだ。


 そこで彼らは、顧客の返済能力が少々乏しくともお金を貸し出し、少しでも多くの利益をあげようと、複雑な仕組みを持つ新種の契約を生み出した。


 しかし、それが顧客にとって利益のあるモノとは限らない。


 結果、「過剰与信」となり、「多重債務者問題」へとつながった。

 やがて、この問題は「消費者保護」のなかで語られてゆく。


 たとえば、このように。


『多重債務者問題は、債務者の側か見れば返済目的の借入を重ねることによって、貸金業者の側から見れば同一の債務者に対し返済能力を超えて貸し込むことによって、生じます。高金利は貸金業者による過剰与信を招き、返済能力を超えた過剰与信は苛酷な取り立てを招きます。そして苛酷な取り立ては、高金利の享受を可能にします。債務者は、苛酷な取り立てを逃れるためにも、返済目的の借入に追い込まれます。この悪循環は債務者の自転車操業が破綻するまで続きます。この構造の担い手である貸金業者と債務者の力関係は対等ではなく、情報や交渉力において優位に立つ貸金業者が主導権を握っています。』(日本弁護士連合会上限金利引き下げ実現本部編『Q&A改正貸金業法・出資法・利息制限法解説』[木村裕二](三省堂、2007年)2-3頁)


 消費者問題、具体的には「多重債務者問題」解決のために貸金業法、出資法、利息制限法の改正が必要だったという行である。


 とくに、


『この構造の担い手である貸金業者と債務者の力関係は対等ではなく、情報や交渉力において優位に立つ貸金業者が主導権を握っています。』


 という一文は、これまで「消費者保護」の根拠として繰り返し使われてきたテンプレの言い回しだ。


 しかし交渉力は解るとしても、貸金業者の「情報力」が顧客を上回っているというのは、ややミスリードではないかと常々思っている。


「情報力」の内容がイミフだからだ。


 おそらくは、素人には解りにくい複雑な仕組みを持つ「契約内容」のことを指しているのだろうと推測する。

 だが、それだけだ。


「返済能力調査義務」には、つながらない。

 もともと「返済能力の調査」は、法的義務ではなかった。

 2006年の改正によって、法的義務となったものだ。

 だが、さきの記述では法改正により「返済能力の調査」を法的義務にした理由としては不十分だ。


 そもそも貸金業者の「情報力」が顧客を上回っているなら、指定信用情報機関など不要なはずだ。


 たぶん、貸金業者にCIAの諜報員はいない、と思う。


 そうだとすれば、どういうワケで顧客の収入状況や資産状況さらには他社からの借入状況などの「情報」を「正確に」知ることができるというのか?


 ここに「多重債務者問題」が、単純に消費者保護のなかでは語ることができない構造がある。


 というのも、顧客の返済能力に関する情報は、結局のところ、その顧客だけが持っているからだ(本人が、正確に把握しているかどうかにかかわらず)。


 つまり「返済能力についての情報」という観点から見ると、むしろ消費者の方が貸金業者よりも優位に立っているということになる。


 さきの解説は、どうしても多重債務者問題、高金利、過酷な取り立て→悪いのは貸金業者→消費者を保護すべき→法律改正というイメージを植え付けてしまう。

 実際、そのようなフシもある。


 けれども、冷静に検証してみると、ナニかがズレていると感じる。


 ここで、冒頭に述べたことを思い出して欲しい。

 貸金業者の「動機」についての話しだ。


 彼らの商売は「貸してナンボ」の世界である。

 雑な言い方だが、利益を上げるためには貸して貸して貸しまくらなければならない。


 それでも、貸金業者が日本にほんの数社しかないというなら、放っておいても返済能力の調査をそれなりにおこなったかもしれない。


 だが、消費者金融は平成11年頃には3万社ほど存在した(貸金業協会の統計によれば、現在は1650社ほどとなっている)。


 つまり3万社の消費者金融が、一人でも多くの顧客を獲得するために日々競争していたということだ。

 借金をすることが美徳とされないこの日本で。


 そうしたなかで、適切な審査をしないままに顧客への「ムリな貸付け」がおこなわれていたと考えられる。


 つまり、貸金業者による顧客への過剰貸付け(過剰与信)というのは、業者間の過当競争によって生じたのではないか、というのが私の推測だ。


 経済学を勉強した人は「市場の失敗」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。

 まさに、それだ。


 よく考えてみれば、顧客への過剰貸付けは貸金業者にとっても顧客にとっても決して健全な状態ではない。


 では、どうすれば「不健全な状態」を解消できるだろうか?

 顧客への「過剰貸付け」という不健全な状態を解消する方法とはなにか?


 このような「不健全な状態」を解消する方策には、様々な手段が考えられる。


 そのひとつが、国による法律の制定だ。

 法律を制定することによって業者間の競争に介入し、健全な状態を実現するというやり方だ。


 そうすると、貸金業者の「返済能力調査」を法的義務とした理由を「消費者保護」だけで説明することはできない。


 むしろ、貸金業者間の過当競争に介入することによって、貸金業者と顧客間の「健全な与信」(顧客の財産状況に適合した貸付け)を行わせるためだというべきではないか。


 それが貸金業者の利益にもなり、ひいては顧客(消費者)の利益にもなると私は考えるのだけれど……。


 読者のみなさんは、どのように考えますか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る