I am.

小欅 サムエ

 私が産まれたのは、踏切だった。




 閑静な住宅地に響く警報音と、夜道を彩る赤い光。命の息吹をまったく感じさせない殺風景なこの場所で、私は目を覚ましたのだ。


 当時の私は訳も分からず、ただ必死に遮断機をくぐり、轟音と共に駆け抜けていく電車を背後に夜空を見上げた。安堵の溜息が煙となって周囲へ漂い、それが点滅する警告ランプにより赤く染め上げられ、まるで血の海に溺れるようであったと記憶している。




 そして、電車が過ぎ去った後、呆然とする私の脳に少女の声が響いた。




 それは、叫び声だった。何を言っているのかも分からないほど、痛切な音。脳内で響いているのに、鼓膜が裂けるのではないかと思うような、激しい嘆きだった。


 しかし私は、その少女の悲嘆に同調しなかった。むしろ、何故か込み上げてきた激しい怒りに身を任せ、力の限りに姿の見えない少女へと怒声を浴びせたのであった。




 せっかく産まれたのに、簡単に死ぬんじゃねぇ、と。




 これが、私の誕生した経緯である。ロクでもないものだということは、充分に承知している。しかしこれは事実なのだ、否定したところで変わるものでもない。


 その件以降、私はたまに目を覚ますようになった。ああ、私の意思で目覚めることは稀だ。たいていは、あの少女の呼ぶ声に応えて覚醒する。


 そしてまた多くの場合、私が目覚める場面というのは少女が嫌う人間を前にした時である。それも、詰られたり暴力を振るわれそうになったり、そういう展開に限っている。


 まあ、端的に言えば私は、会ったこともない少女の身代わりとなったのだ。


 別に、それについて苦に思ったことはない。嫌な役目だけを負わされた、と少女を嫌悪することもない。




 何故なら、私は知らないのだ。目を開くと、嫌な奴らが私を睨んでいる……そんな世界しか見たことがないからである。だから、それが苦しいことだとか、悲しいことだとか、そう思ったことなど一度もない。


 私は、一人の少女のために産まれた。ただそれだけなのである。





 だから今日も、私は私の産まれた忌々しい場所に背を向ける。少女が諦めない限り、永遠に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I am. 小欅 サムエ @kokeyaki-samue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ