複雑な呪文 2

「アレック様、お身体の具合があまりよろしくないとうかがいましたが、大丈夫ですか」

 オルコット夫人を捜して回っていると、偶然にもシルマ王女の侍女エルメスに遭遇した。

「あの人形、あれからもう一度探してみたのですが、やはり見つからず……。まだお探しになられているのでしたらと思い……」

 アレックが足を止めると、エルメスはせきを切ったように話し始めた。

「私、シルマ様がこのまま見つからなければ、きっと実家に戻されてしまいます。そうしたら、父は私をどこか嫁がせようと躍起になるに違いありません。シルマ様はどうしていなくなってしまったのでしょう。私がしっかり付いていれば、こんなことにはならなかったのに。私、いったいどうしたら――」

「落ち着いてください」

 アレックは言った。エルメスが気にしているのは、自身の置かれた立場なのは訊くまでもなくわかった。筆頭侍女とシルマ王女の仲があまりよくないとの噂を耳にしたことをたいして気にとめていなかったけれど、あながち嘘でもないかもしれない。――それでも、エルメスは結果としてシルマ王女の命を救っているのだ。

「シルマ王女は必ず見つかります。いなくなったのは何もあなたのせいじゃない。誰もあなたを責めることがないよう、何とかしてみましょう。今はとにかく王女のご無事を願って、彼女が戻ってきた時に、あたたかく迎えられるご準備をされるのが一番かと」

 エルメスは口元に手をあてて、少しうつむきながらうなずいた。

「ありがとうございます」

「オルコット夫人はどちらに?」

「オルコット様なら、先ほど裏の通用門へ歩いていかれました。ご親戚の方が見えらえていると」


 エルメスと別れて、建物から出たアレックは裏の通用門へ向かう。城で働く者たちの出入りだけでなく、物資の搬入口にもなっている通用門には荷を積んだ馬車が数台、門の外で検品の順番待ちをしていた。人の往来もちらほら見られるが、そこに使用人頭の姿は見当たらない。

 いない、どこだ。

 辺りを見回して、アレックは焦りのあまりいらいらしてきた。捜している時に限ってたいてい見つからない。

 その時、城内では聞き慣れない小さい子どものキャッキャと笑う声が聞こえてきて、はっと声の出どころに顔を向ける。見ると少し離れた花畑の端で、話し込んでいる女性が二人と小さな女の子の姿があった。

 ああ、やっと見つけた!

 走り出したい気持ちを抑えて、どうにか冷静を装って彼女たちの元に向かう。給仕の姿をしたオルコット夫人と、私服の若い女性が神妙な面持ちで立ち話をしているようだった。

 ふと、傍にいる女の子の手元を見ると、例の人形が握られている。静かに震える息を吐いて、アレックは努めて落ち着いた口ぶりでオルコット夫人に声をかけた。

「こんにちは」

「まあ、アレック殿。こんなところで」

 そう言いながらオルコット夫人はもう一人の女性に説明する。「ほら、魔法使いのアレック殿よ。こちらは、私の姪でして」

 はじめまして、の挨拶もそこそこに、アレックは花壇のわきで手にした人形相手におままごとをしている女の子に視線を送った。

「かわいらしいですね。お子さんですか?」

「ええ、娘のミーガンです。ミイご挨拶して」

と若い女性。

 ミイと呼ばれた女の子は、こちらには興味なさそうに目を向けて、立ち上がってスカートの裾を小さく広げるとすぐにしゃがんで人形遊びに戻ってしまった。歳はミシェルよりもずっと下で、まだ学校に行くより前の頃だろう。

「まだまだおてんば盛りの子ですわ。アレック殿、このようなところまでいかがされましたか」

 オルコット夫人に問われて、アレックはミイの手でぶんぶん上下に振られる人形を冷や冷やしながら見つめた。

「つかぬことをうかがいますが、あちらの人形はお嬢さんのものでしょうか?」

 するとオルコット夫人は、姪の女性と驚いたように目を合わせて答えた。

「いいえ、お城で拾ったものです。誰の物かわからず持っておりましたら、ミーガンが見つけてほしがってしまって。ごめんなさい、アレック殿の落とし物でしたか?」

「え、ええ、あの、幼い妹がおりまして」

 姪の女性が言った。

「大変! ミイ、そのお人形お兄さんのものなんですって。返してあげてくれる?」

「やだっ!」

と即答のミイ。

「言うこと聞いてちょうだい」

「ミーガン、おばさんが悪かったわ。他にお人形さん用意してあげるから、返してちょうだい」

「やだっ! これミイのだよ!」

「アレック殿、ここで無理やり取り返してもいいのですけれど、もしよければ私が代わりのものを用意するまで待っていただくことはできませんか?」

 そうしてあげたいのはやまやまだけど、そうもいかないのでどうしようもない。アレックが渋った顔をすると、オルコット夫人は慌てて続けた。

「すみません、ご事情もおありでしょうにわがままを。妹さんが悲しんでしまうわね」

「……実は、その人形、あまりよろしくないものでして」

 こうなったら、とアレックはでまかせで乗り切ることにした。

「複雑な呪文がからまっていて、呪文を解くつもりで持っていたのですが、不注意にも落としてしまいまして。持っていると、その呪いに当てられてしまう可能性が」

「なんてこと!」

 言っていることはあながち嘘ではない。確かに人形には変身術だけでなく、その呪いを押し返すようにペンダントの守護の力も反応している。最初に見つけた時、どうしてそれに気づかなかったのか不思議に思うくらい強い力が空気をびりびり震わせていた。

「ミイ、お願いよ。お兄さんに返して」

「やだっ! だめっ!」

「おばさん、いいわ。もう取り上げてしまうから。ミーガン! いい加減になさい!」

 姪の女性がミーガンに怒りながら手を出そうとしたところで、アレックは制止した。これではミーガンがあまりにもかわいそうだ。

 ミーガンの視線に合わせてしゃがむと、アレックは優しく声をかけた。

「ごめんね。その人形は危ないものなんだ。もしかしたら怖がらせるようなことをするかもしれない。悪い呪いをかけられちゃったから、助けてあげたいんだ」

 うーと唸る声に、アレックはどうしようかと考えた末、花壇に咲く瑠璃色のロベリアの一株をごっそり掘り出した。それから右手を花にかざして、花の先端を撫でるように左右に振る。すると小さな風が起こって、花びらがぱぁっと散って、散ったと同時に集まった。

 膨れ面はどこへやら、興味津々のミーガンは覗き込むように前のめりになった。

 まさか歌う花の魔法がこんなところで役に立つとは。協会を馬鹿にした手前、フローナには黙っていよう。アレックは心に決めた。

 ロベリアの花は、小さな手足が伸びて豆粒ほどの顔が現れて、優しい歌を歌い始めた。その歌声にとろんと聞き入る大人の女性二人。ミイは目をきらきらと輝かせて、花の精に見入っている。

 花が一区切りの旋律を歌い終えると、元のロベリアの姿に戻ってしまった。残念そうに「あぁ……」と肩を落としたミーガンにアレックは言う。

「歌ってほしいとお願いしたら、この花はいつでも君のために歌ってくれるよ。どうだろう、その人形と交換しないかい?」

 花の株を差し出すと、ミーガンは自ら人形をアレックに差し出して、空いた両手で大事そうに花を持った。

「うたって」

 恥ずかし気に、そっと花に呼びかけるミーガン。ロベリアの花は再び集まり、花の精が現れた。

「大切にしてあげて。家に帰ったら鉢に入れてあげるといいよ」

「ありがと」

「どうもありがとうございます。少し意外でしたわ。子どもがお好きなのですか?」

 ほっと息をついたオルコット夫人が訊いた。

「どうも好かれるたちでして。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「とんでもない。こちらこそ、素敵なものをありがとうございました」

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