行方不明 7

 そんな調子の王様だったが、夕方になっても王女が見つからないとなると、余裕のあった笑顔はどこへやら、むっつりと押し黙ることが多くなり、役人たちが声をかけても「ああ」とか「そうか」とか言うばかりになってしまった。

 城の外へ飛び出していった騎士たちも、王女の手掛かりすら見つけることができなかったようで、日が落ち、空が暗くなった頃には城へと全員戻ってきていた。皆一様にくたびれた顔をしている。それは、騎士隊長に呼ばれ王室特別大臣に呼ばれ使用人たちに呼ばれと、城のあちらこちらを奔走していたアレックも例外ではなく、全員にふるまわれた夕食の席ではアレックは食べる元気すらもなくなっていた。

 さすがに、シルマ王女がまだ城にいるのではないかという意見は出なくなった。食事の後の捜査本部となった広間では、並べられたテーブルの上に王城のあるクルッセの都を中心とした地図が広げられ、険しい表情をした騎士たちが、捜した場所に印をつけていく。どの人たちも、悲しみに打ちひしがれたような顔をしているか、不機嫌になってささいなことで怒鳴り声を上げるばかりだった。とてもじゃないが、アレックにとって居心地のいいものではなく、早く帰りたくてたまらなかった。

 そんな雰囲気でもひとつわかるのは、ほとんどの人がシルマ王女を心底心配していることだった。立場とか仕事とか関係なく、大勢がシルマ王女の身を案じている姿を見て、アレックは王女がみんなから愛されているのだと今になって初めて知った。彼女の笑顔を見ると元気になると誰かが言う。あのおてんばには毎度手を焼かれるが、それでも楽しいものだった……そんな声が聞こえて、アレックはもやもやした気持ちになった。少なくとも自分にはそれは当てはまらないと思ったからだ。

 シルマ王女が行方不明になってから一日と経っていないのだからと、近場を重点的に騎士たちの捜査範囲の振り分けが行われた。各地域にいる役人たちにも知らせる必要があり、アレックたちは手紙を書く仕事に追われた。王室の紋章で封をすると、アレックが魔法を使って手紙を飛ばしていく。飛ばされた手紙は、すぐに国中の役人たちの元へ舞い落ちていった。

 そうこうしているうちに夜もだいぶ更けてきて、また明日も同様に忙しくなるからと一同解散となった。王妃様は四六時中泣いていて、王様はもう一言も口をきくことがなくなってしまった。



 寝不足の上に、今日一日早朝からあちこちと働きづくめだったアレックは、かなり疲れがたまっていた。できればすぐにでもベッドに入って眠ってしまいたいところだったが、家に帰るや否や、まだパジャマ姿で起きていたガットとミシェルにまんまと捕まってしまった。

「おかえり、アレック!」

 二人はそろってにやにやと見上げ、アレックの左右の腕を取ってリビングに行かせまいとする。

「聞いたよ、王女様が行方不明だって本当?」

 ガットが言った。

「……そのようだね」

「みんな王女さまをさがしているんでしょう?」

 とミシェル。

 そのにやにや顔に、これはまた面倒なことになりそうだとアレックはうんざりした。

「見つけたら、何かもらえるかな」

 ガットの言葉にアレックはため息をついて、からみつく腕を振りほどいた。

「ばかなこと考えるんじゃない。大の大人がこれだけそろっても見つからなかったんだ。ほら、そこをどいてくれ。もう疲れたんだよ」

 追い払うように手を振って廊下を進むも、二人はぶつぶつ文句を言いながらついてきた。

「なんだよ、ただきいてるだけじゃないか。ホウショウキンが出るって、友だちが言ってたんだ。大人も子どもも関係ないって」

 膨れ面のガットが言う。

「まだ報奨金の話は出てない」

 そうは言っても、おそらくは早くて明日にでもその話になるだろうけど、などとは言わない。そもそも、とアレックは振り向いて続けた。

「どうしてお金が必要なんだ? フローナからお小遣いはもらってるはず」

 ガットもミシェルも、街でお菓子を買うくらいのお小遣いはあげるようにアレックからフローナには頼んでいる。二人とも、近所の子どもたちよりは、多めにお金を持っているはずだった。

 急に黙り込んだ二人に「言いたくないならさっさと寝なさい」と伝えてリビングに入ろうとすると、ガットがふてくされたように声を上げた。

「魔法使ってみたいんだ!」

 思いもしなかった言葉にアレックは思わず足を止めた。

「魔法?」

 それから少し考えて、納得する。

「僕もフローナも君たちに魔法は教えないと前に一度言ったはずだけどな。誰に教わるつもりかな」

「どうして教えてくれないの」

 ミシェルが唇を噛みながら言った。

「二人にはまだ早いから。これからのことを自分で決められるようになって、それでも学びたいと思えるなら考えてあげなくもないけど。それは今ではないよ」

「もう自分で決めたのに」

 アレックがミシェルに首を横に振ってみせると、ガットが「だから言ったじゃないか」とぼやいた。

「アレックもフローナもあてにならないって」

「あてにしてもらわなくて結構だけど、だったら誰に教わるつもりだ」

「アレックには言うもんか」

 クアラークの魔法使いなら大体がアレックは把握できている。この王都で魔法を教えるようなところはないが、隣町なら一人、男を知っていた。その男は魔法協会から目を付けられている黒魔術の専門家だ。あくまでも法律に則って研究しているだけだ、とのらりくらり逃げているから困っているとアレックも聞いたことがあった。

 その男が弟子を取るとも思えないが、一応釘をさしておくに越したことはない。

「まあ、誰だろうと許さないけど」

 アレックが少し冷たく言い放つと、とたんにミシェルの顔は泣きそうにくしゃくしゃになった。

「どうして!」

「その人は良くない魔法を使う人かもしれないだろう」

「勝手に決めつけるなよ! どうせ何も知らないくせに!」

 ガットが怒鳴る。

「知らないから許さないんだ。そんなことを考えるなら、お小遣いもなしにするようフローナに言うしかないな」

 アレックがリビングに入って扉を閉めると、廊下に残されたミシェルが大声で泣き叫んだ。壁を殴るような音はきっとガットに違いない。

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