なりきる職業、なりきり師。

よう

なりきり師、転生編。

第1話 なりきり俳優、転生する。

 病室にて一人の男が生を終えようとしている。



「おと、ぅさん……お、おかぁ…さん…」


「ヤマト!しっかりしろ!ヤマト!」


「ヤマト!お願い!行かないで…」


 両親よりも早く死んでしまう自分、泣いている両親、黙って見守っている医者。


 あぁもう終わってしまうんだ…もっと生きていたかった。まだ親孝行だってできていない。やりたい事だっていくつもあったんだ。20年の大半を病院で生きてきた僕にとって外の世界は眩しすぎたのかな?


 お父さん強く生まれて来れなくてごめんね。


 お母さんそんなに泣かないで。


 先生ずっと治療してくれてありがとう。



「ヤマト君の最後の言葉です…しっかり聞いてあげましょう…。」


















「はいカァァァット!」



 ベッドに寝ていた男がムクッと起き上がる。



「監督!やっぱり納得できないですよ!なんであと一言で終わるのにここでカットがかかるんですか?」


 ついつい不機嫌になってしまう。あと少しで気持ちよく終われたのに…



「ごめんね勇気くん。おれの拘りでラストシーンのセリフは一発本番の君の本気が撮りたくてね…。カメラのポジションとかもあるから少しだけ我慢してね。」


「普通に何テイクでもやればいいじゃ無いですか。おれは別に何回だってやりますよ?」


 そう、あんな場面でカットがかかるなんて普通は無いんだよ…中途半端にメインだけお預けをくらった気分だ。



「いやぁなりきり俳優と言われる【一条勇気いちじょうゆうき】の芝居におれは命をかけてでも答えたい!最高のラストシーンにするために必要な事になんだよ。変な要求していることはわかってるけど頼むよ!」


「まぁおれはそれが仕事なんで求められればやりますけど…」


 おれは俳優。高校に入学してからスカウトされて、あれよあれよと言う間になりきり俳優とまで言われるようになった。

 出る作品は軒並み大ヒット、実力が本物俳優第1位にも3年連続でなっている。そこいらのアイドルやモデルがやるなんちゃって俳優とは格が違う本物の俳優だ。

 今は今期ドラマのラストシーン。昔から病弱だった主人公【木嶋大和きじまやまと】が最期を迎えるクライマックスシーンの撮影中だ。



「じゃあカメラワーク変えてラストシーンいくよ!準備はいい?勇気君?」


「大丈夫です。いつでもどうぞ。」


 さぁおれの俳優人生7年の集大成を見せてやる!



「それじゃあいきます!ラストシーンまで5秒前4、3、、、。」


 



「ヤマト君の最後の言葉です!しっかり聞いてあげましょう。」



 最後に何を伝えたい?散りゆく命の終わりに何を求める?


入り込め…


受け入れろ…


深く潜れ…


辿り着け…


ヤマトになりきるんだ…



「だい…す…き………」



 苦しみから解放されるかすかな笑顔で、精一杯の最後の言葉で深く深く眠りにつく。


(ピーーーーーーーーー)


「ヤマト…うっ…」


「ヤマト…ありがとう、頑張ったな…」


「午前5時7分御臨終です。」










「はいカットォォォー!」








 長い……


 何分たったんだ?カットはまだかからないのか…?それどころか次のセリフも聞こえないぞ。周りも静かだな……どうなってんだ?ドッキリか…?

 おーい、もう起きちゃうぞ!NGになっても知らないからな!おれのせいじゃないからな!

 我慢できずに目を開けると白く何も無い空間が広がっていた。



「えっ!?なにこれ……皆どこ行ったの!??」


 ベッドから起き上がり、周りを見渡す。

 さっきまで病室のセットにいたはずなのに何だここは?…動かされた感じはしなかったし、セットを解体するにも音は出る……それにあんな短時間じゃ物理的に無理だ。



「目が覚めたかい?一条勇気君!」


 そこには一人の子供が立っていた。中学生…いや、小学生くらいかな?金髪のカワイイ感じの男の子。



「君は誰?ここはどこなんだ?おれはさっきまでドラマの撮影をしてたんだけど、皆がどこに行ったか知ってる?」


 不思議な感じのする子供だ…今まであった事のない不思議な感じ…



「はじめましてだね。僕はこの世界の主、つまりここは僕の世界だよ。」


 主に世界って…君の年じゃあのなんでも出来る気がする病気はまだ早いと思うぞ。そんな事よりも何一つ分からないままだ…でもあえて乗ってあげよう。



「え、えっと…じゃあ、この世界の主さんに聞きたいんだけど、元の世界にはどうやって帰るの?撮影は終わりなんだけどまだまだやらなきゃいけない事が一杯あるんだ。悪いんだけど元の帰らせてくれるかな?」


「残念だけどもう君は帰れないよ!」


「はっ!?」


「一条勇気君、日本での君は終わりを迎えた。実に奇妙な終わり方だったね。」


「いやいや、何言ってんの?大人をからかうのも大概にしときなよ。」


 終わりを迎えたってどう言う事だ?それよりも帰れないって…



「どうやらわかってないみたいだね。確かに君は君が言っていたようにドラマの撮影をしていたんだよ。そして木嶋大和に入り込み過ぎたんだろう。ドラマの脚本と同じようにあの瞬間君も死んでしまったんだ。」


「死んだ?おれが…死んだ?」


「実に見事な演技だったよ。まさか本当に死んでしまうとは…よく舞台の上で死にたいなんて聞くけど本当にやってしまうとは。まぁ君の場合は舞台の上じゃ無くてセットのベッドの上だけどね。」


 何言ってんだこの子供は……演技で死んでたまるか!そんなので死んでたら命がいくつあっても足らないよ!



「冗談じゃない!おれは元気だった。病気なんてここ何年もかかった事がない!健康体そのものだった!なんでそんなおれが死ぬんだよ。」


「さっきも言ったじゃないか、役に入り込み過ぎたんだよ。僕も長い事神をやってるけど相当に珍しい死に方だよね。健康な人間が思い込みの力で死ぬんだから。」


「思い込みで死ぬってそんな事あるわけ…… !!! それより今神って言った?」


「ん?あぁ、自己紹介がまだだったね僕は創造神プライ!よろしくね。」


 やべー!ちょっとおふざけがすぎる子供だと思ってたら自称神だった…

 どうする結構失礼な態度とってたぞ…でもこの何も無い場所に、今おれの置かれてる状況を考えると限りなく本当っぽいよな…どうしよう……



「神様ってなんて急に言われてもそう簡単に信じられない……です。」


「アハハ、今更敬語なんて使わなくてもいいよ!僕は素の君と話がしたい。ちなみに心も読めるから隠す必要なんて無いよ!」


 モロバレ系かよ…ラノベは結構読んでる方だからまぁ納得はできるけど。でもまさかおれに漫画的展開がおこるなんて……



「わ、わかった。おれは漫画やネット小説をよく読むからこういった展開は受け入れられる。おそらくプライ…様が言っている事は本当なんでしょうね…。」


「プライって呼び捨てでいいよ。堅苦しいのは嫌いなんだ!本当だよ。それに適応力が高くて助かるよ。」


「あ、あの日本のおれはどうなったんですか?」


「あぁ君が死んでから現場は大騒ぎだったよ!心肺蘇生装置を使っても駄目で、心臓マッサージや人工呼吸、知ってる知識を使って皆一生懸命に手は尽くしたんだけど、あの場に本物の医者がいなかったからね…。あっ、でも安心して!追悼って事だけどドラマは最後まで放送するみたいだよ!」


「そうだったんですね。でも確かに最後のセリフを言った後からの記憶がこの場所だったんで辻褄が合いました。でもよかったぁ…放送されるんだ…これで放送されなかったら死に損だもんな……。」


 死んだ事にまだ実感はない。あんなに元気だったのにな…でもこの状況が嫌でも現実を突き付けてくる。まだ日本でやりたい事あったのにな…。あの時のヤマトの気持ちを考えていた時と同じことを考えてしまう…。



「さて、君はラノベ作品や漫画を読むと言っていたね?それなら僕が提案する次の展開はわかるよね!?」


「…転生ですか?」


「御名答!君に行ってほしい異世界があるんだ!」


「行ってほしい…?」


「う〜ん…まぁよくある剣と魔法のファンタジー世界って言うのかな?そこにいる魔王を倒して来てほしいんだ!」


「魔王ですか…」


 魔王のいる異世界か危ない事はなるべくしたくないんだよな…平和な日本で生きてきたんだ戦闘なんかしたことない。やった事があるのは動きが決まってる喧嘩シーン位だ…。



「もちろんチート能力はつけるよ!それも君だけの君にしか使えない君の為の能力だ。あの異世界は魔王だけでなくダンジョンもある。いきなり魔王に挑むような事はないから安心していいよ。」


「…少し考えてもいいですか?」


「もちろんだとも!それと敬語に戻ってるよ。あとあちらに行くなら君の姿は変わるよ!その身体は日本で死んでしまったからね。まぁ創造神の僕が向こうの世界に適した似たような身体をなんとかしてあげるよ。」


「そ、それって人間だよね…?」


「うん?別に最強のスライムでもいいけど?」


「え、遠慮しときます。人間でお願いします。」


 最強のスライムは色々だめだ。ラノベ好きなおれの中にはもう確固たる最強のスライムは存在している。


 でも異世界かぁ…まさかこんな事になるなんて想像して無かったな。日本にいた人達にも、もうお別れも言えないんだよな…。


 日本の一条勇気は死んだんだから……


 よし、ここはポジティブに考えよう!日本での人生に悔いがないとは言えないけど終わったものはしょうがない。またやり直せる権利を貰えるだけラッキーだ!よし決めた!転生しよう。



「プライ!おれ転生する事にするよ!異世界で生き返らせてくれ!」


「わかった。君ならそう言ってくれると思ってたよ!向こうの世界でも楽しくすごすといい。僕はいつでも見守ってるよ。」


 おれの身体が光りだした。どんどん意識が薄れていく…



「ありがとう…」


 なんとかお礼を言えた。そこで完全に意識が無くなった。

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