4-11 消えゆくランドマーク
「パインがおんしを利用したゆうんは分かるだけぇが、どうして騙したと言い切れるんけ?」
「病院の対応がどうもおかしいと思った私は、警備保障会社に就職し、警備員として早出総合病院に潜り込みました。人目を盗んで色々調べてみると、息子の執刀医は心臓手術の経験がなく、息子の胸を切り開いた後に縫い合わせただけで手術を終わっていたことがわかりました。それどころか早出総合病院自体がパインの片棒を担がされて、色々な悪事を働いていることも判明しました。おまけに、医療裁判の関係者も病院とグルで、全てパインの息のかかった人間だということもわかったのです。パインに騙されたばかりに、私は亡き妻の最後の願いをフイにしてしまった……その罪悪感が、私をパインへの復讐に駆り立てたのです」
「そして、おんしの口癖を真似るなら『焦らず、ちゃんと時間をかけて』着々と復讐の準備をしていたわけですが……どうして今、
「パインは私を返り討ちにしようとしたばかりでなく、花菜さんまで殺めようとした。立派な殺人未遂です。これで警察にしょっ引かれれば、余罪としてこれまでの悪事が芋づる式に出て来るだろう。普通の警官なら上から揉み消されるかもしれないけど、雁屋さん、あなたならちゃんと調べてくれる。サッカーのグラウンドであなたを見てそう思えるようになったんです」
「なるほど、話はわかったに。だけぇが、証言に食い違いがあるだよ……」
「証言?」
「松田泰造の妻、花菜さんだに。彼女も出頭して来ただよ。彼女はサッカー場でおんしと知り合い、親切にしてくれてるんで、夫の暴力んことを相談していたと証言しとるで」
「花菜さんが……」
「ほいで、おんしゃあ泰造に話つける言うて松岡家を訪ねた。すると花菜さんが泰造に虐待されとる最中だったもんで、慌てて助けようとしたら逆に襲われて殺されそうになったら。それで花菜さんが鈍器で泰造の頭ぁ叩いたら気ぃ失うたんで、慌てて交番に駆け込んだと証言しているだよ」
「彼女がそんな証言をしたんですか」
「ええ、おんしと花菜さん、どっちが本当のこと言うとるんけ?」
「それは……」
「俺は花菜さんの言うこと信じるだに。だもんで、他に話がなければもう帰ってもいいだに。ご苦労さん、捜査ご協力ありがとうございました」
取り調べが終わり、警察署を出た石角は花菜の携帯に電話した。しかし何度コールしても出なかった。
†
花菜はボンベで泰造を気絶させて石角を逃がした後、家を飛び出して交番に駆け込んでいたのだった。そして交番駐在の警官と共に家に戻ったが、泰造の姿はなかった。花菜は警官に供述した後、身の回りの物をまとめ、託児所から祐也を引き取ると、浜松駅に向かった。実家へ向かう夜行バスの車窓からアクトタワーが見えると、花菜は以前に石角がいったことを思い出した。
──今はアクトタワーが浜松のランドマークですけど、昔、一番高かった建物は東京セロファンという工場の煙突で──
花菜は石角の笑顔を思い浮かべながら、とめどなく流れる涙を抑えきれなかった。
(秀俊さん、ありがとう。そして……さようなら)
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