好きなのは猫の私なんでしょ! ほんとの私を見てよ!

雪見なつ

第1話

「最近、彼が冷たいのよ」

「あんたの彼氏はなー。浮気してるって噂もあるわよ」

「そんなの信じないわ。噂は噂よ。証拠がないもの」

「まぁまぁ、そこら辺はあんたに任せるわ。あんたの恋だもの」

 同級生の京子は椅子から立ち上がり、短いスカートを揺らして教室をでた。

 私はからになったパック牛乳のストローを噛んだ。


 今日も彼氏からの連絡はない。三日も未読状態だ。学年は一つ上で教室には行きづらいし、学校じゃ会ってもくれない。

 今日も私は一人で帰り道を歩く。

 分厚い雲に覆われた空。ポツポツと大粒がアスファルトを濡らしていく。

(予報だと晴れだと言っていたのにー)

 私は走った。

 その途中、一つの段ボールが電柱の元に置いてある。段ボールには「拾ってください」と太ペンで書かれている。ミャーミャーという鳴き声がその段ボールから聞こえた。

(こんなひどいことをする人もいるんだ)

 私はそれ以外思うことはなかった。雨も強くなってきて、帰ることしか頭になかったのだった。

 家に帰った私は、濡れてしまったセーラー服やスカートを脱いで洗濯機に入れて回した。遠くから母親が「帰ったら、声をくらいかけなさい」と言っている。私は雑に返事をして、自室の扉を閉めた。

 濡れた髪をタオルで力任せに拭きながら、ベッドに腰を下ろした。上下不揃いの下着姿で、あぐら状態でベッドに座る。若い女子高生ではないなと自分を客観的に見て笑う。

 そのまま、倒れて天井を見た。

(あの猫大丈夫かな。心配になってきたわ)

 そんなことを考えていると、目蓋が重くなって私は眠りについてしまった。


(ここはどこなの?)

 目を覚ますと自分の部屋ではない、いや、屋内でもない場所にいる。大量の雨粒が上から降ってきて、体を濡らした。視界は茶色の壁で囲まれているし、上は黒い雲と電柱が見える。

 何より不思議なことはいつもより視点が低いのだ。まるで小人になったみたいに。

(どこよここ。早く助けを呼ばないと!)

(誰か助けてー!)

「ミャミャミャー!」

 すぐに異変に気付いた。自分が猫になっているということに。声を出そうとすると全部「ニャ」になってしまう。手を見るとピンクの可愛らしい肉球がついているし、全身白い毛で覆われている。

(私、猫になっちゃったんだわ!)

「ニャニャニャ!」

 なんとかして誰かにこの事を伝えないと!

 茶色い壁を乗り越えて、外へと飛び出す。予想を超えるジャンプ力に驚いた。しかも、上手に着地もできる。猫ってすごい。

 学校に向かって走った。

(彼氏なら私だってわかってくれるはず!)

 小さい足で一生懸命に濡れたアスファルトの上を走った。毛が濡れて体が重かったが、今はそんなことを気にしている暇はない。

 数分走ったところで我に帰った。無我夢中で走っていたせいで自分の状況をちゃんと理解していないということに。とりあえず、私は柔らかい肉球で自分の頬を叩いて現実かどうかを確かめることにした。だが、柔らかい肉球で叩いても痛くなく、現実かどうかも確かめることができなかった。最低限自分の居場所を知ろうと思ったが、スマホないから無理だし。これは詰みと言ってもいいのではないか。

 私は濡れた地面に座った。

(もうダメだわ……)

「ミャー……」

 濡れたアスファルトと小さくて可愛い手を見た。

「こんなところに猫がいる。首輪もつけてないし野良猫かな?」

 頭上から声がした。

 傘を刺した好青年がしゃがんで私を見ている。彼は私の学校の制服を着ていた。右目には泣きぼくろが一つ。整った顔立ち。甘い香りがふんわりを香っている。

 私はその顔を知っている。

 彼は十文字哲くんだ。私と同学年でたくさんの女性からアプローチを受けている学園の王子様的存在。話すことすら難しく。話した場合取り巻きからの激しい嫉妬で殺されてしまうようなそんな人。こんなところで話せると思ってもいなかった。

 彼は私の頭を優しく撫でた。

「ここら辺にも野良猫がいるのね。初めて見た」

(野良猫じゃない!)

 精一杯の意思表示で横に首を振った。悟くんは目を見開いた。

「野良猫じゃない?」

 私は縦に首を振る。

「この猫。人の言葉がわかるのか」

「なら、君はどこの猫なんだい? 人の猫ではないだろうし、野良猫でもない。もしかして、捨て猫かな?」

(私って何猫なの?)

「ミャ……」

「そうかそうか。捨てられてしまったのか。可哀想に。僕が育ててあげよう」

 哲くんは 私を抱き抱えた。制服が濡れることもお構いなしに濡れた私の体を抱いた。

(どうしよう。このままだと、私は猫として生きていくことになっちゃうよ。人間に戻る方法はないの?)


 哲くんの腕の中に入ったまま、数メートル移動して駅前までついた。

 傘を刺さないで走る人たちが駅に向かって走っている。私はその人たちを目で追った。そこになんと、私の彼氏がいる。

(今日は、部活だって言ってたのに! でも、彼氏なら猫の私でも私って気付いてくれるかも!)

 私は哲くんの腕の中でもがいて抜け出した。

「あ、ちょっと!」

 哲くんの声も聞かずに彼氏のもとへ一心不乱に走った。

「ミャーミャーミャー!」

(私に気付いて!)

 彼氏の足元で鳴く。

「なんだ? この猫は。濡れてるし汚いし近寄るなよ」

 彼氏は私を軽く蹴ってきた。

(なんで、気付かないの?)

「お待たせ〜」

 知らない女の声が聞こえる。声の方を見ると、短いスカートを揺らした女が駆けて来ている。その女を私は知っている。その女は昼に相談をしたあの友達だった。

 ショックで声すら出ない。

「何その猫。汚いわね。それより早く行きましょ」

 二人は腕を組んで駅の人混みの中へ消えていった。私はその背中を見ていることしかできなかった。

「勝手にどこに行くの? 危ないよ」

「ミャ……」

「わかればよろしい」

 私はまた、哲くんの腕の中に入った。腕の温もりは私の心を優しく温めてくれた。

「ミャー……。ミャー……」

 涙が止まらなかった。そんな私を哲くんは優しく頭を撫でてくれた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好きなのは猫の私なんでしょ! ほんとの私を見てよ! 雪見なつ @yukimi_summer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ