20.鉄の城(3)

「ではちゃちゃっとやりますです」


 そう言うとナジャは三人の前に立って片手を上げる。

 孝太郎は身構えていた。空いた手をあらかじめ眉の上に被せ目の眩まないようにした。必ず激しい光線が出ると予感した。

 ウーが見せた大魔法は彼の肝の根底まで冷やすものだった。それまでに抱いた敵への恐れも彼女への思いもまとめて吹き飛ばすほどの圧倒的な『違い』を見せつけられた。そういうわけで、たとえ作業着にタンクトップという土方女にしか見えない格好だとしても、大魔法使いと呼ばれているというナジャの実力を彼は疑わなかった。

 つまり魔力とはエネルギーだろう。魔法とはそれが引き起こした結果で、魔術とはそこに至るまでの方法、回路のようなものだろう。ここまでに得た情報と経験を元に孝太郎はそう考える。目の前には大規模な装置、そして魔人の機械を作動するという魔法はヴェルメ。それは熱と光も生んでいた。

 ――だから絶対に眩しくなるはず。

 しかし、


「……?」


 天井付近の魔力発射装置からウインウインと機械音がする。その首が振られているようだが――光は見えない。熱も感じない。

 ナジャは叫んでいる。


「はいよー! はいっ! はいよー!」


 上げたままの手元が動いている。リモコンだ。

 ポチポチ鳴っている。


「くっそ機械的じゃないか!!」

「はいっ!?」


 ナジャが首だけ振り返った。


「なんか唱えたりしないのか!」


 そう言って孝太郎は残念そうに首を振った。


「え、しませんよ。それじゃせっかく作った装置の意味ないじゃないですか」


 ナジャがキョトンとした顔で続ける。


「もうちょっとで完成するので待っててくださいです」

「完成って……」

「いやぁ、このリモコンという概念が伝わって我々とても歓喜しまして」


 そう言いながらナジャは天井に振り返った。


「あのプロペラ機で分かるように電信、無線通信の技術は100年前から持ち合わせていたものの、まさか電気を使って遠隔で物を操作するなんて考えもつかなかったので」


 その声はとてもウキウキとして高らかで、孝太郎はちよが小学生の頃にやったお歌の発表会を思い出した。初めて兄以外の誰かの前で歌うことに照れながら、でも萎縮することなく快活に歌っていた妹の姿となぜか重なった。


「ホント目から鱗ってやつです。もったいない精神は現在、我々の要項第一条。そして電磁波は現在研究が最も進められている分野の一つなんです。いまの魔術式の通信方法もいつか電気式に塗り替えられるでしょう。――つまり! リモコンは我々の枯渇した魔力を補ってくれるかもしれない急先鋒というわけです!」

「よく分からん」


 孝太郎は困ったように眉を寄せた。


「とにかくナジャ、さん。完成っていうのはつまり、なんだ?」

「ふふふ」


 ナジャは体を振り返り、リモコンをいじっていない方の手で眼帯を抑えた。


「このリモコンはなんと電池製です。しかも電磁波を飛ばしますです」

「……。それで?」

「これまでこのような遠隔操作をするときは魔力を使っていました。ただ物を動かすだけなら総代のように魔力を固めて手足のようにすればいいのでしょうが、そんなことできるの一握りなので、あらかじめ用意した魔術式を作動発動させられるだけの魔力をビッと飛ばすわけです」


 ナジャはビッと指を突き出した。


「そうするとどうしてもムダができてしまうんですよね。使い手の腕によったり状況によったりしますが、固めきっていない魔力は空間を超える際にかなり減耗しますので。そこであの魔力発射装置です」


 次に天井を指さした。


「あれは私の長年の研究をつぎ込んだお手製の装置です。よほど探知能力が高い人でないと感じられないほどの魔力を飛ばすことが可能です。そしてそれをこのリモコンで操っているわけです」


 そこまで言って、彼女は一変した。真剣な表情を浮かべ、声も低く、居丈高に顎を上げる。まるで別の誰かが乗り移ったかのようだ。


「――さて、あの装置から発射された魔力はこの壁にずらりと並べた魔術式に触れることで、その効果を発動します。加えて……」


 いくつかの鉄板から音がする。クワンクワンと耳鳴るような音だが不思議と嫌な感じがしない。よく見れば描かれた魔術式の一部分だけが、まるで共鳴しているかのように淡く明滅している。


「このように、魔術式の一部分だけを活性化させることもできます」


 そして音もなく、三人とナジャの間を割るようにルクスの地図が宙に浮かび上がった。


「うぉ!?」

「すごいでしょう。――そう、ここルクス城塞最奥では無限の組み合わせから、無限の魔法を扱えるのです。最小限の設備、最小限の魔力、そして最小限の人員で、無限大の魔法を行使可能です」


 ナジャは眼帯を抑え、上げていた手を胸に置いた。


「私の名はナディエージダ・ブルトン、全てを可能にする女。大図書館とでも大魔法使いとでも、希望の魔女とでも、……お好きなように呼ぶといい」


「!?」

「カ、カッコいい!!」

「ヒュー、決まったねぇ」


 愕然とする孝太郎、頬を染めるちよ、頭の後ろに手を組んでからかうミーナ。三者三様の反応を見せる中、気持ちよさそうに眼帯のフチがなぞられた。


「ふふ、ふっふっふ! 正直初披露なのでカチカチに緊張しましたですよ」

「……初披露?」


 高鳴る胸を抑えながら孝太郎が聞いた。


「はい。はぁ、気持ちよかった。実は最近やっと改装が終わったところでして。言いましたよね、遠隔操作をするときは魔力を使ってたって。やっと装置を天井に付け終えたところだったんです」


 そう言ってナジャは得意げに胸を張った。一仕事終えたという感じで、汗もかいていないのに額を拭う。


「ホント大変だったんですよ、魔力節約のために飛んで付けるわけにいかないし、総代みたいにもできないし。――どうです? かっこよかったでしょう?」

「……ちょっとビックリした」


 実際、孝太郎はビックリしていた。カッコいいと思うよりもまず驚いた。


「ナジャって、あだ名だったんだな」

「……ふふ、素直でないです」


 ナジャは見た目相応の、しとやかな笑みで彼を見た。

 孝太郎はサッと目を逸らす。こっちの方が胸に来た。


「でも……」


 そうしてふと思った。


「なんであの装置を天井に付けたんだ? 半円球状、ドーム型の空間なんだから床の中心あたりに置いておけばいいじゃないか」


 そうすれば鉄板の無い床の上を通過せざるを得ないこの装置のムダな動きも減らせるだろう。それに、いまのままでは一手間多い。床に置けばリモコンを介さず自力で動かせる、そもそもこの距離なら有線で装置を作ってもいい。

 ナジャが答える。


「いや。置いていたのを上げたんです。あれは長年世界地図の前に鎮座していたのです」

「ん?」


 ――おかしい。

 怪訝な顔をする孝太郎をナジャはポカンと見つめている。


「えっと、あれか、この装置はずっと使われてなかったのか」

「しょっちゅう使ってますです。昨日も総代の携帯にコールかけましたです」

「え、じゃあ何が初披露?」

「リモコンです」


 すっと表情の冷めた孝太郎にナジャが続ける。


「やっとできた文明の利器、どうしてもこの工房に取り入れたくて。いやぁ、頑張りました」


 そしてナジャは腕を組んで、満足そうに頷くのだった。

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