19.鉄の城(2)

 ゴロゴロと音がする。車輪の地面を転がる音だ。大量の鉄クズを乗せた台車が廊下を進んでいく音だ。軋み、見えない歪みを自身に生じさせながら、それは四人の最後尾をついて奥へと入り込んでいく。

 まるで急かされているかのようだ。孝太郎はナジャに振り返った。


「それどこまで引っ張っていくんだ」

「これは最奥まで持っていきますです」

「この廊下、横に並んでも5人は並んで歩けるだろ。どっかそこらへんに置いといてくれないか。音が気になるんだ」

「はっはっは。随分と小心者だね」


 ミーナがニヤニヤと笑っている。


「見なよ、ちよちゃんは何ともなしに歩いてるよ」

「えへへ。褒められてる? ――胸に響く音って好きなんだ」

「だってさ。どーするおにいちゃん」


 ミーナはその褐色の頬をピンクに染めて、クスクスと孝太郎を煽る。


「なぁあんた、ちったぁ落ち着きな。ここはそんなに悪いところじゃないさ」

「……」

「つれないねぇ」

「おにいちゃんきっと具合悪いんだよ。いつもはもうちょっとコミュ力あるよ」

「ちよちゃん、なかなか言うねぇ」


 ちよとミーナが二人して笑っている。楽しそうだ。

 やがて孝太郎はゆっくりと口を開いた。


「鉄臭いんだ、ここは」


 それは台車の上の鉄クズの臭いか。それともこの鉄製の、剝き出しの壁から漂う臭いか。

 通り過ぎる部屋の扉は、どれもおびただしい数の鎖と錠が雁字搦めに掛けられている。見ているだけでもその異様さに生理的な嫌悪感を覚える。それは快活な彼女らの声と乖離している。まさに見て見ぬふり。臭いものに蓋。

 なるほどミーナがちよの手を引くはずだ。ちよに一人でここを歩かせてはならない。こんな異様な城の中を無邪気に進んでいるのだ、と気づかせてはならない。


「気分が悪い」




 いくつかの部屋、いくつかの曲がり角を過ぎて、四人はついに最奥へとたどり着いた。


「どうだい?」

「……言葉にならない」


 胸が高鳴るようなファンタジーがあった。目の覚めるような感動があった。そこはアニメやゲームでよく見るような魔法の世界、それを少し機械的にした半円形の空間だった。

 ホログラフィックというのだろうか、立体的に映し出されたこの星の全体の平面地図が中央に浮かんでいる。それは恐らくメルカトル図法を用いており、緯度経度の垂直平行した地図であるだろう。薄く直交した線が入っていることからそう推測できる。『向こう』とアタラシアの二大陸あるという話だが、国章らしきものが数多く浮かんでいる方がアタラシアだろう。見かけだとアタラシアの方が面積があるようだ。

 壁際には等間隔に何かしら描かれた板が無数に貼られている。恐らくは鉄製で、描かれているのはいわゆる魔術式というやつだろう。

 孝太郎はふと腰に裸でぶら下げてある宝剣を見る。やはり同じような紋様が刻まれていた。


「ふふふ。気が付かれましたか」


 ナジャが眼帯を抑えてダサいポーズを決めた。


「その通り、この世界の魔法は魔術式によっても発動されるのです。魔力をそこにちょいっと込めれば発動なのです。それでですね……」

「天井付近のスポットライトみたいなのはなんだ」


 なぜか明るいこの部屋。ホログラフィックの明かりがそのまま照明になっているのかもしれないが、舞台で見るような大きな照明器具が天井付近に、これまた円形に六つほど取り付けられている。


「気になります!? ですです!?」


 ナジャがパァーっと明るくなった。変なポーズをとって続ける。


「ふふふ。あれこそ我が叡智の結晶、長年の我が魔力を込めに込めた魔力発射装置なのです。制作監修この私!! それでですね……」

「なるほど。それで壁の魔術式を発動させるわけか。あれらはそれぞれ別な魔術なのか?」

「……です。いや、あれは全部各方面への通信用の魔術式なんです。でもですね……」

「そうか。――なあ、さっきから何なんだそのポーズ。カッコつけきれてない中学生みたいだぞ」


 孝太郎はその唇に指を付けていた。ナジャの肩がピクリと跳ねた。


「なんですと」

「だから、ダサいぞ。――まるで中二病みたいな。せっかくの素晴らしい空間が台無しだ。やめてもらっていいか」


 彼の目は知らず輝いている。きょろきょろと部屋中をなめまわすように観察して嘆息した。あの星空にも匹敵する非日常だ。まず元の世界では見られない不思議の世界。そこに自分が立っていることにただため息をついて、ただ打ち震えている。

 ナジャが大きく呆れた嘆息をする。


「いいですか? ここは剣と魔法の世界なのです。その世界の魔法の達人が達人のかっちょいいポーズを決めているのを中二病とは言わないのです。実際このポーズをみなさんチョー渋い憧れると褒めたたえてくれているのですつまりあなたのセンスがないのです」

「……」


 孝太郎はちらりとミーナを見た。彼女はニッコリと笑っている。その横のちよは興味津々で聞いている。

 ちよが期待した声で言う。


「ウーちゃんもイカスって褒めてたよ! ナジャさんは大魔法使いだから、きっとカッコイイポーズで魔法を唱えてるんだってわたし信じてるよ!」

「ちよが言うならそうかもな」

「はっはっは。あんたやけに素直だね」

「思っていたよりからな」


 ――もっとエグイものだと思ってた。

 バラバラにされた開発途中の死体、魔力と化した血のプール。そんなのを思い浮かべていた。しかしこの最奥は全くその気配さえないし、何より音と臭いが良い。

 ノイズさえ聞こえない静謐の中、嗅ぎなれたアルコールの匂いがしている。


「すごい病院の匂いするよね。わたし結構好きなんだ」

「そうなのです?」

「うん。なんか懐かしい匂いなの」


 そう言ってちよは無邪気に笑っていた。

 ――ガチガチに塞がれた扉の向こうにこそ、この城塞の真の姿あるんだろう。やはりちよを騙している気がしないでもない。

 しかしさっきより悪いがしない。


「――さて、さっそくイングリットの探知を頼む」

「……はっはっはっ! あんたが単純でバカで良かったよ!! ちょっと度が過ぎるけどね!」


 ミーナが腹を抱えて笑い出した。涙目で続ける。


「ねぇ、あたしが言うのもなんだけどさ、ホントにそれでいいのかい?」

「どういうことだ?」

「あぁ、いや。ごめん、いまじゃないね。――また話そうか」


 ミーナは笑いながら、蔑むような眼を向けている。孝太郎はそれに気付かなかった。

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