4.受け入れ(3)

「誰を殺せばいい?」


 孝太郎は即答した。

 ウーが目をむく。


「お、おいおいアッサリだな。もっと動揺してくれるもんだと」

「あんたは妹の未来ばかりでなく俺の命まで助けてくれた」

「いや、でもフツーは……」

「約束は守ると決めている。俺は何でもすると言った。あんたはそれを受けてくれた。死に体の男のムチャな願いを叶えてくれた。正直言ってあんたは得体が知れないし恐ろしい、でも俺にとっちゃその点、魔王ってよりもヒーローに思える」


 孝太郎はウーの眼をまっすぐに見ている。その顔は眉一つ動いていない。


「だから、俺の番だ。――で、誰を殺せばいい」


 ウーは巻き角の裏をかいた。戸惑っている。結果、先に目線を逸したのは彼女だった。


「……変わってんな。えらく薄情な、てか常識知らずって感じするぜ。普通じゃねーよあんた」

「いただいた恩は返すものだ。それが常識だ」


 孝太郎は腕を組んで堂々としている。口にした言葉に一切嘘偽りがないのだ。


「そもそも、あんたに常識がどうのこうの言われたくないな。俺からしちゃこの世界自体非常識だ。ここに連れてきたあんたの存在も」


 そう言って孝太郎はウーの肩越しに窓の外を見つめる。そこには大きさの違う月が二つ、歓迎とばかりに明るく輝いている。

 ウーは額に手をあてて嘆息した。


「ふぅ。ま、そりゃそうか。――殺してほしいのは」


 淡々とした調子でウーが続ける。


「どこの誰とも知らない奴等だ。あんたが名前を知ることもない、取るに足らない一般人

「たち?」

「そう。夢を追う少年から恋に花咲く少女まで、ゆりかごの赤子からそれを見守る老人まで、有象無象の区別なく、善も悪もなく、ただのために」


 そこまで言って、ウーは気を落ち着かせるような深呼吸をした。


「世界の覇権を、この国に。世界地図をルクス一色に染め上げるんだ。――孝太郎、あんたにはそのために、女王イングリットの手助けをしてもらいたい」

「わかった」


 孝太郎はまた、即答で返した。



 風の壁をこする音がする。夜鳴く虫の声がする。ウーはひたすら待っている。

 しかし孝太郎は真一文字に唇を閉じて腕を組んだままで、一向に何も聞いてくる気配がない。どうして自分にやらせるのか、どうして覇権を取らせるのか、そういうことに一切頓着ない様子だ。

 それとも、やはり怖がられているからだろうか。


「……うちらはこの世界で魔人と呼ばれてる、ヒトの全て上を生きる上位存在だ」

「随分、偉そうな物言いだな」


 ウーは内心ほっとした。ちゃんと返事をしてくれるようだ。

 ウーはやれやれと首を傾げた。


「事実だから仕方ねーよ。こっちはそれで困ってるくらいなんだ」

「何を困ることがある? というより、人より優れているというなら自分たちで世界を支配したらどうだ」

「そうもいかねーんだ。何せ雇い主様だからな」

「……面白そうな話だな」


 そう呟くと孝太郎は右手の指で唇に触れた。興味がわいたらしい。

 ウーは少し、孝太郎からわからない程度に顔をしかめた。


「真面目に聞いてくれよ。こっちは真剣なんだ」

「もちろん。それで、雇い主ってのはどういうことなんだ」

「……うちらは人間と契約して、星落としっていう化け物と戦い続けてる。もう千年近く、人間たちのいるこの大陸を守ってきた――」


 ――そもそもこの世界じゃ地上に星が落ちてくることがあって、それを邪神だのなんだの呼んで恐れてたんだ。邪神は落ちてくるなり周りのモノを破壊し始めるからな。

 でも、人間の手に負えないような天災じゃなかった。弱い人間でも囲んでぼっこぼこにできるような。まぁ結局はたまたま、そんな雑魚しか落ちてきてなかったってわけだ。

 そう、千年前に落ちてきた星は格が違った。

 向こう大陸にドカンと落ちて、すぐ、その大陸の人間文明を破壊しつくした。

 あぁそうそう、うちらが今立ってるこの星には大陸が二つあってな、ここじゃない方を『向こう』って呼んでるんだ。

 んで、命からがらこっちに逃げてきた人間たちと、元からこっちにいた人間とが一緒になって、うちらに頭を下げてきた。

 うちら魔人の力で、向こうを取り戻してほしい。そして私たちを守ってほしい。って。

 うちらは結んだ契約を絶対遵守する。たとえそれが不可能そうでも、うんと首を縦に振っちまったから、ずっとそれを守ってる。――


「――んで、今に至るってわけ」

「なるほど。それで? それがどうして世界を統一することにつながる?」

「……人間は、慣れちまう生き物だよな。良くも悪くも」


 ウーは深く嘆息した。


「こっちが必死こいて戦ってる間に勝手に仲間割れしだしてさ、このアタラシア大陸は戦争状態なんだ」

「なるほど。あんたら完璧にこの大陸を守ってきたわけだ。その星落としとやらの存在を忘れてしまえるほどに」

「なかなか鋭いじゃねーか。その通りだよ。星落としは海を越えようとしているけど、うちらはそれを水際で食い止めてきた。――まぁそれ自体はいいことなんだけど、そのせいで人間は平和ボケしちまった」

「大陸一つとなれば不自由なく生活できるだろう。窮屈を感じることもない。迫る脅威は魔人が鉄壁を敷いてくれている。――箱庭だな」


 孝太郎は右手の指を唇に当て続けている。思考が回る。


「とすれば当然、その中で争い始めるだろうな。人はパイを取り合うものだ、限られていれば尚更な」

「うん。平和は百年も保てなかったらしいぜ。人間社会がせっかく一つにまとまったのにな。――まぁ別に、うちらはそれは良かったんだ。ちゃんとはもらえてたし」

「契約品?」


 ウーの目が泳いだ。「やべっ」と小さく漏れた口を手で塞ぐ。しかし責めるような孝太郎の瞳に耐えかね、すぐに口を開いた。


「いやその、うーん、もうちょっと仲良くなってから伝えたかったんだけど……まーいいか。その、うちらはを使って戦ってるんだ。だから、契約品として、もらってる」

「……その血肉ってのは比喩表現か? 労働の対価的な」

「いや、その、まんまの意味」


 孝太郎は背後の壁の端の端までずり下がった。

 警戒されてしまった。ウーは悩まし気に左右の巻き角をなでる。だから言いたくなかったのだ。

 でも、もしかするとこの男なら受け入れてくれるのではないか。


「うぅぅ……よし」


 ウーは巻き角を握り俯いて、目と目の合わないまま言う。


「よく聞いてくれ。星落としがどんどん強くなってるのに契約品をくれる国がどんどん減っちまってよ。もうルクス一国だけなんだ。……だからルクスに大陸を制覇してもらって、契約品を大量によこしてもらいたいんだよ」

「つまり生贄のためか。まさに人外、上位存在を誇るモノの考え方だな、

「っ……」


 いい加減慣れなくてはならない。たまり切った疲れが噴き出て、ウーは全身を重く感じた。しかしまだ話さなければならないことがある。彼女はどうにかして口を開いた。


「おー……契約品は死んだ人間でいい。血液は献血でいい。今までもそうしてる。生贄なんか取らねーよ。でも死体は加工して武器とかにしてる。……ま、気味悪いよな」

「……。それで俺に人を殺せと? 覇権を取れというのはつまり、戦争によって死体を作れということで合ってるか? その手伝いをしろ、そういうことでいいか?」

「魔人の中には、そう考えるやつも多い。実際、戦争で出来た死体はもらいたい。……でもうちは、人間にはちゃんとまとまってもらって、前と同じように献血と、死体の供給が受けられればそれがいい。人間同士が殺し合うなんてくだらねーよ。そのせいでこっちだって……。――もう、限界なんだ……」


 ウーは左右の角を抱え、沈み込むような嘆息をした。


「誰かが死ぬところなんて、もう見たくねーよ」

「わかった」


 ウーが顔を上げると目の前に孝太郎の顔があった。彼はいつの間にか、すぐそこに座っていた。

 困ったように頭をかいて孝太郎が言う。


「さっきの言葉は訂正する。あんたは俺と変わらない。気味が悪くもない。あんたの思いもよく分かった。――だから、泣きやんでくれないか」

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