マンホールを愛した乙女

それは、日常の中で

　マンホールは通学・通勤、朝にジョギングしている人は見たことがあるはず。

　彼は、最初は珍しがられ、その人々に勝手に忘れられる。

　だが、私は忘れない。

　彼を愛しているからだ。

ーーー今日も私は、彼を見下ろす。

『みちこサン～。おはよゴザイマス！』

『【みちこ】じゃなくて【みさこ】よアン』

　朝、私に声をかけてくれるのはアメリカからの留学生アンだ。実名は、長すぎて覚えていないが、気にしないと本人が最初に言ってくれた。

『ソレより、朝の番組みましタ！か？』

『朝？なにかニュースになっていたの？』

　そんなに、不思議な話は流れていなかったような。

『ジャパニーズ、神隠しデスよ！』

『あー。行方不明のこと？』

　最近、全国で人が消えている。しかも、大人の男性だけだとニュースで取り上げられていた。

『それにしても、神隠しって(笑)。そんな考え、もう古いよ』

『エ～。神隠しはニッポンの文化デスよ！』

『みちこサンはロマンがないデスね～。』

『ロマンって…』

『そんナに、堅い考えダから胸もカタいんデスヨよ！』

　アンはその豊満な胸を私の固い胸に押し付けてきた。

『アンこそ、ビッチにはおっさんしか寄らないわよ？今日あたり、夜に狙われそう。』

『What's！？

　ビッチって！ワタシ、ビッチじゃないデスよ！』

　私達の日常は、他愛ない会話から始まる。

ーーーそして、アンと登校し、全授業が終わって放課後が私達を迎える。

『今日もマンホール同盟♪明日も同盟♪』

　アンが1階の部室棟の長い廊下で変なリズムの変な歌を歌う。

『マンホール同盟じゃなくて、マンホールを愛でる同好会でしょ！』

　そう、私があまりにもマンホールが好きなために、同好会を作ったのだ。

　今は、アンと2人だけだが、いずれは部活にすることが目標である。

『ついた～♪』

　部室棟の奥に手書きで【マンホールを愛でる同好会】と書いたプラカードを付けた部屋がある。これが、私達の部屋だ。

　物を置いていない部屋は鍵がかかっていないため、アンが勢いよく扉を開けた。

ーーーそこには、佐久間（さくま） 沙代（さよ）が居た。

『さよ？

　どうしたの？こんなところに』

『私もこの同好会に入ることにしたです』

『オォー♪さよサンが仲間になりますデス！』

　驚いた。

　前から誘ってはいたが、迷っているらしく、ダメならダメでいいやと思っていたからだった。

　……これで、3人。部活に昇格される！

『さっそク、先公にホウこくいきマショウ！』

　アンが目をキラキラさせて言う。

『ごめんなさい。今日は家に用があって……』

『あー、今日は別れた父親が内緒で会いに来るんだっけ？』

『私も一緒に行こうか？』

『ううん。これは、私の問題だから。だめなの』

　さよの父親はたまに、酒を飲んではさよにストレスを発散させていたらしい。母親に見つかって別れたそうだが、さよにコンタクトを取ってきたらしかった。

　私は同行しても良かったが、さよはいつもと違う強気な態度で断った。

『困ったらすぐに言ってね。友達なんだから』

『うん！私、頑張るよ！』

ーーーそうして、放課後の時間は流れる。

　アンは、

『神隠しに気をツケてクダさいネ！』

　私は、

『夜に電話しましょ♪』

と帰るさよに言った。

ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーそこは、深夜の繁華街。

『今回のマンホールはどこにあるのデスか？』

『あの看板の横を通った路地裏の先ね』

　学校の屋内活動時間は過ぎたが、私たちの活動はまだ続く。

『変わった模様でもないけど、哀愁を感じるわね』

『アイシュウ～？』

『え～と、わびさびかな？』

『Oh！ワビ・サビ！』

　アンが私のスマホを覗く。画面上ではマンホールが映っている。

　私は【マンホール同盟】というサイトを掲載している。全国のマンホールを愛する人やフォロワーがいろんな場所のマンホールを投稿するサイトである。

　綺麗な物や変わり種、量産型であっても場所が違えば感じ方も違うものだ。

　今日のマンホールは量産型だが渋い色合いに男気を感じるわね。

『わかりまセ～ン』

『慣れれば分かるわよ』

　話ながら歩き、目的のマンホールに着く。

　手袋をして、アンからさっき殺した男の死体が入った大型のキャリーバッグを受け取る。

『いつも悪いわね。重かったでしょう？』

『ぜーんぜん、へっちゃらデス！』　

『慣れてますカラ！』

『私も鍛えてみようかしら？』

『さちこサンがこれ以上固くなるとお胸がカチコチになりマース♪』

『こいつ…』

　しかも、【さちこ】じゃなくて【みさこ】よ！

　わざとよね？そうよね！？

『ていうか。いつの間に殺ったの？』

『さっき、ブラブラしていたらちょうど、

【賞金首】が帰ってきたみたいだったノデ！依頼者の家でサクッと！！』

『あー、私がトイレに出ていた時ね』

　アンは、私より先に依頼者宅を見張っていたみたいで交代して食事をとって、私がトイレで近くのコンビニに行っていた時に殺ったのだろう。

『今さらだけど、確認はした？』

『被害者の家に近づいていマシたので、【売り】を名乗って口に入れた睡眠薬を口を重ねた時に飲ませマシた！』

『アンの睡眠薬は即効性特化だからね』

『それに、女を【買う】クズは死ねばいいのよ』

　そう言いつつ私は、アンから貰ったキャリーバッグを開く。

　中にはバラバラの身体が氷が入った袋で詰められていた。

　ちゃんと、置き型の消臭剤もある。

　……初めの頃は、匂いが酷かったものだと思い出す。

『さすが、アンね。【締め】がちゃんとしてる。』

『パパ直伝デース！』

　そう、アンは、根っからの殺人鬼。

　……私は普通だけど死体に慣れているから一般人とは言えないな。

『今回の【賞金首】は20万よ。　

　ぼちぼちじゃない？』

『チョッと少ないデース……』

『次のマンホールも近くにあるみたいだからさっさと【賞金首】を殺しに行きましょ』

　私はスマホの画面を操作して赤色が主張するサイトを出す。

　【マンホール同盟】のサイトでは会員が特殊な方法で裏サイトに入れる。

　裏サイトでは、殺しの依頼を【賞金首】の顔と、住所、依頼にかける金額を提示し、近くのマンホールに処理した死体を捨てるというシステムがある。オプションとして住所から10キロ以内のマンホールを指定できるのは余談だ。

　私は道具を使ってマンホールを開ける。

『パパも待ってイルし、早く戻りマース！』

『待って、アン。まだ、写真を撮っていない！』

『相変わらず、分かりまセンね。その趣味』

　私は死体を捨てた後に1枚、マンホールを戻して上からカシャッともう1枚写真を撮る。

『あなただって人を殺したいくせに殺した後のテンションが下がるのは、私、分からないわ』

『命を奪うことに意味がアルじゃないデスか！』

　……そんなもの？

『あ、パパからサイソクきてマス！』

『なら、戻りましょうか』

………………

…………

……

　去年、私は夜に居酒屋でアルバイトをしていた。

　学校公認でアルバイトしていたが特に金に困ったとかはなく、何となく続けていた。

　ある日のバイト帰り、酔っ払いに話しかけられる。

『お嬢ちゃん、売ってるのか？』

『売る？…寄らないでください！』

　私は、逃げた。

　逃げる私は見知った場所なのにその時だけは、道に迷ってしまう。しかも、話しかけ男が追いかけてきた。

『嬢ちゃん、鬼ごっこはもうできないよぉ？』

『もしかして、初めて？外でなんてませてるなぁ～』

　私がたどり着いたのは、人気がない自然公園の中だった。

　一度止まった足はもう震えて動かない。私は、その場で、へたりこむ。

　腰が抜けた。

　男が近づく。

　私は目をつむった。

『……』

　あれ？足音が消えた？

　目を開くと男の姿が無い。

　周りを見渡したら男が履いていたであろう靴が1つだけあった……。

　這って、靴に近づくと右手が触っていたアスファルトの感触が無くなる。

『これは……』

　マンホールの蓋が開いていた。

　そう言えば、連日の大雨でここら一体のマンホールの設置状況が確認されるはずだったわね。

　この時、私は恐怖が消えていて、冷静さを欠いていた。

　そんな私に残ったのは、男が落ちて危機が無くなった安心感と【助けてくれた】マンホールへの感謝？いや、これは恋心だった。

『好き』

ーーーここから、私のマンホールへの片想い生活が始まる。

　毎日、マンホールを見て回った。全国マンホール巡りもした。

　そうして、出会ったのがマンホールに死体遺棄中のアンだった。

　初めに思ったのが、

　そういう解釈もあるかぁ……だった。

　思えば、私の初恋の彼も人を

【食べたかった】かもしれない。助けられたと思うのは私の傲慢なのかもと思った。

　アンとは、すぐに意気投合して、私の通っている学校に転校してくれることになった。

　そして、私とアンは金稼ぎと趣味を合わせた同好会を作るのである。

………………

…………

……

『さよこサン！はやくしてクダさい！』

『分かった、分かったわよ。せっかちね』

ーーー翌朝。

『さなえサン！【神隠し】を聞きマシたか？』

『そうねぇ、近頃は女を狙うそうよ？』

『今度は女デスか！』

　私たちの活動は【神隠し】を話している間に確認を行うのであった………。