29章 鍵を取りに行こう

『こちら総長代理』

「霧原武会副長明日葉です。大事なお話があります」

明日葉さんがスピーカーモードにしてくれた。

スマホに出た男の人の声は、やっぱり聞き覚えがない。

明日葉さんは神妙な面持ちでスマホを前にしてる。

「単刀直入に言います。総長の身柄をこちらで預かってます」

聞こえてくる声は重い、ようやく吐き出したようなものだった。

『どうして……』

「理由はわかってると思います。あなたを総長にするためです」

『そんな事じゃない!どうして……どうして、無関係だとわかってる人間に手を出すんだ!』

声を荒げる総長代理。

「総長を最初に巻き込んだのは、そちらです」

長い沈黙になった。

部屋の空気が重くて、あんなに明るかった明日葉さんがとても辛そうな表情をしてる。

『今、何の理由もなく私自身が総長になったとして、他の部会は納得しないでしょう………。今まで姿を見せなかった総長は結局なんだったのかと。あるいは、その隙をついて内部崩壊を目指す勢力もいる』

大きい組織だから、か。

こわいな。

『それでも……』

「それでも。泉は本気だし、アタシも本気だから。知らない人より、頑張ってた……ううん、頑張ってる小葉くんが総長じゃないなんて納得できないから。まずは矢部くんが総長である理由を教えてください」

そうだよね。話を聞くだけでも偉業……少なくともたくさんの人をひとつにしてる。僕を総長に据えてるのも誰からみたっておかしい。

だから僕も聞いてみたい。

「総長代理さんですか?矢部総一郎です。はじめまして、ですよね?」

「はじめましてなの?」

明日葉さんが少し困惑してる。

『……はじめまして矢部総一郎くん。薬座小葉やくざこのはと言います。巻き込んでしまってどう謝罪すればいいか……怪我はありませんか?』

「大丈夫です。電話に自由に出られるくらいなので。それで、僕も聞きたいです。どうして僕は総長なんですか?」

答えは返ってこない。

沈黙というより、軽く唸るような声がするから答えられないんだと思う。

「……好きなの?」

は?

『好き……?』

いや……声からして小葉さんは男の人なのになんでそんな発想に?

でも明日葉さんの顔は真剣。

『好き……だとしたら?』

だとしたら!?

「その時は交渉決裂かな」

その場合死ぬのは僕では?

突然危険度上がってきた。

「だってそんなの、小葉くんは分かってるでしょ。それが理由だったら……それが理由なら……。最悪じゃん……」

いや、男の人が男を好きになっただけでそんな大げさな。

そこで過去の発言がふと蘇る。

あれはそう、僕がウッキウキでデートだと思って霧原先輩と出かけた時の……。



いずみいつも制服しか着てないのに珍しいじゃん。彼氏でも出来た?」

「私に彼氏などいません」

「まぁそうだよね。小葉くん推しだもんねアンタ。……小葉くんとデート?」

「それも違います。それと小葉くんではありません。総長代理と呼びなさい」



ああ、なるほど。うん。「それは納得できないかも……」

小葉さんが僕を好きで総長にしてたなら、それは誰よりも「僕が好き」ってアピールになっちゃうわけで、明日葉さんの言い分的に小葉さんは霧原さんに好意を寄せられてるって知ってた。

つまり、その「霧原先輩」は

小葉さんの事が好き?

だから、小葉さんが認められないなんて許せなくて、小葉さんを総長に戻そうとしてるのにその理由がそれは「最悪……」

余計な考えに頭を巡らせ過ぎたかもしれない。なんか口に出ちゃってた気がする。

僕が明日葉さんに同情の目線を向けると明日葉さんはすごい顔をしていた。

なんて言えばいいのか、非常に複雑な……機械で言えばマザーボード並みに複雑な表情。

哀れみや悲しさや怒りのようでいて恥ずかしいものを見るかのようで労わるようでもあり、悲痛にも似ている。

「最悪じゃん……」

なんで2回同じこと言ったの明日葉さん。

「ごめんねティファニーちゃん……」

なんで謝られてるんですか?

「ティファニーちゃんはそもそも泉のこと好きだったもんね……」

ん……?ん??

・小葉さんは僕が好き(かもしれない)

・霧原先輩は小葉さんが好き

・僕は霧原さんが好き(?)

何を言ってるかわかんないと思うけど何故か三角関係が完成している……!?

確かに……確かに僕は先輩とデートだと思って浮かれていた。

だから、そう言われても不思議はない。

けど、なんだろう。

それは、先輩が好きだったのか?

女の人に誘われたからはしゃいでただけだったのでは?

三角関係の誤解を解くためには、それを正直に言うしかない。

なんて言うんだ?

『別に実はそんなに好きとかじゃありませんでした』とでも?

そんな答えしたら人として最悪なのでは?

『正直なところは分かりません。ただ、一つ言えることはぼく……いえ、私は、矢部総一郎には絶対に勝てないと断言できます。だから、総長でいてもおかしくないと、思っています』

「だからそれは!惚れたもん負けみたいな!そういう話なんでしょ!?」

『それは……。いえ、まとまらない話は後にしましょう。交渉のテーブルにはつきます。ですから、とにかくまずは総長の身柄です。早急に家へ帰してあげてほしい』

「ッ……!分かった。明日の放課後までに考えをまとめてください。それまで身柄は返しません」

『そんな!』

反論しようとしていたみたいだけど電話を明日葉さんが切ってしまった。

「ごめん矢部くん。留守番しててくれる?アタシ泉を助けに行かなきゃいけないから……」

ティファニーじゃなくなってる。

電話を切ってから明日葉さんは僕の顔を見てくれない。

よろめくように立ち上がって、部屋を出ていこうとする明日葉さん。

「先に寝てていいよ。でも部屋、出ないでね。……お願い」

それだけポツリと呟いて出ていってしまった。

どうしよう。こんなにあっさりと家に帰れるチャンスが来てしまったのに帰りづらい。

一体どうすればいいんだろう。

僕の中の天使は言う。

「ここで切るのはありえなくない?話が気になって眠れない。サスペンスドラマの崖が出てきたとこでチャンネル変えるくらいあり得ないよ。あと明日葉さんのためにも残ろうよ」

僕の中の悪魔は言う。

「めんどいし明日も学校あるし正直帰ってY◯uTube見たいし総会のこととか全然関係ないし帰った方が確実に安全。ん、帰るべき」

天使の野次馬根性がたくましすぎるのと悪魔のドライ具合がすごいことになってる。

そして僕の中の天使と悪魔だけあってそこそこ対立する理由だ……。どうしよう……。

そう、その時、僕は自分とは思えない声を聞いた気がした。

おそらく錯覚、天啓にも似たような閃き。

つい口からこぼれ出る……。

「もしかして、僕が欲しい結末が手に入るんじゃないかな」

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