第16話 アシカになりたかった

……結局何がしたかったんだろう。

というかなんの話だったっけ。

もしかしたら、昨日起きたことは全部夢だったのかもしれない。

女装させられたこと。変な組織の事。色々なとこ行けたのはたのしかったけど。

「オウッ!オウッ!オウッ!!パァンパァンパァン!!オウッ!」

目の前で榊原が己の背筋の限界に挑みながらアシカのマネしてるけどこれも多分夢。

「あ、おはよう矢部さん!」

「おはよう山条さん」

山条さんがいるから現実かもしれない。

「オウッ!オウッ!」

「はいおはよう榊原」

「オウッ!?」

何言ってんのかわかんないし何言ってるのか分かりたくない。

「なんでこうなってるの?」

「ボクが聞きたいかなー……」

山条さんは僕が登校してくるまでこれ榊原を放置しておろおろしていたらしい。

「榊原……この前はごめん」

絶対今じゃない気がするけど。

「気にすんなよ!誰だって嫌な事があったらああなるって!な!(パァン!パァン)」

とりあえずアシカの真似やめてから言ってほしい。

驚くほど申し訳ないと言う気持ちが消えていく。なんでだろう。

……いや、もしかして榊原なりの気にしなくていいアピールなんだろうか。

「ところで矢部。今日の俺はどう思う?どのくらいアシカだと思う?」

知らないよ。やっぱなんも考えてないな。

「2%くらい」

「厳しいな……さすがアシカソムリエの矢部と呼ばれるだけはある」

「そうなんだ」

「呼ばれてない」

変な二つ名をつけるな。山条さんが信じちゃうだろ。

「あ、ところで矢部。お前妹とかいないか?オウッ!」

「まずアシカをやめろ。話はそれからだ」

「オウッ!」

返事なのか続けるつもりなのか分からん。

「さて、で、妹はいないか?顔がそっくりの双子みたいな」

ティファニー(僕)の事だ。

「……ティファニーの事?」

「おおそうだ!ティファニーちゃん!かわいかったな!!」

くっ……。

「……よかったな。で、なに?」

「ちょっと先に聞いておきたいんだが……」

「……?」

「結婚を前提に付き合ってもいいだろうか」

「は?」

……は?

「段階を踏む気がないね!!?」

山条さんまでびっくりしてる。

「いや、ちゃんと恋人から始めるつもりだぞ」

「それでも2段くらい跳んでる気がしますけど!?」

「いや、山条ちゃんも昨日見ただろ?多分な……ティファニーちゃんは俺のことが好きになったに違いない。別れ際の笑顔はギャルゲーだったらスチルになるシーンだった。だろ?」

「え……どうだろ」

山条さんドン引きだ。

「あと結婚ができないならママになってほしい」

「気持ち悪いことをぬかすな。そんな気持ち悪いの許すわけないだろ」

仮にまともでもティファニーが僕である以上許されることは無いわけだけど。

「しかし問題が一つあってな」

「一つ、かなぁ?」

「ティファニーちゃんの連絡先が分からないんだ。教えてくれ!!」

「断る」

「そうか。じゃあ、桐原先輩の連絡先を教えてくれ」

「桐原先輩?」

なんでだ。

「この前の雨の日。桐原先輩と話してただろう。知り合いじゃないのか?ティファニーちゃんとも一緒にいたぞ」

「あ」

そういえば連絡先聞くの忘れてた。というかティファニーの件もあやふやに帰ってしまったんだった。気まずかったから。

でも何組かとか僕も知らないな。

「あの人なら3年生だよ。桐原先輩って結構有名人らしいね」

僕らが知らなくてなんで山条さんが知ってるんだろう。そんなに噂になってるのかな。

「空手部の主将なんだよ。去年の主将に3年生に勝って主将になったとか」

なにそれこわい。

「行ってみる?桐原さんのところ」

「その必要はありません」

この声は桐原先輩?

「お、おはようございます先輩!」

「おはようございます榊原さん。これを」

桐原先輩が榊原に紙を渡した。

「おぉ……?婚姻届?」

そんなわけあるか。

「矢部ティファニーさんの連絡先です」

え。

「おぉぉ……!!?」

どういう事だ?僕は連絡先なんか渡してないぞ?

「では矢部様をお借りしますね」

「へへっ!どうぞどうぞ!!どこへなりとも連れてってやって下さい!!げへへ!」

榊原に売られた。

そして僕は学校の屋上手前の階段に連行された。

「屋上は……開きませんね。こじ開けてもいいですが」

「やめて下さい」

鍵も持ってないのにどうやってこじ開けるつもりなのか。

「音が派手になりそうです。かえって人目を集めてしまうかもしれませんのでここで」

ピッキングではなさそうだな。なんなら空手部のフィジカルをフルに利用した開け方しようとしてた気すらするな。

「まずはこれを」

渡されたのはスマートフォン。

「……?僕のじゃないですけど」

「これはティファニーのスマホです」

…………。

「どういうことですか?」

「これならば榊原さんと連絡をとることが出来るはずです」

あ、ああ。そういう……。

「あの、そんな事のためにスマホ買ったんですか?」

富豪かなんかなの?それとも諜報機関なの?最新機種なんですけど。僕が持ってるやつの3世代くらい新しいんですけど。

「矢部様のためなら当然です」

こわい。なにそれこわい。

「あの……いくらしたんですか?」

「15万円ほどだったでしょうか」

こわい。

「いや、ちょっとこれは、あの預かるにしても貴重品が過ぎるんじゃないかなぁって……」

「では差し上げます」

「それはもっとまずい!」

かと言って返品とかできるのかなこういうの。一括だったら大丈夫なのかな……。この人なんで相談なしに湯水のごとく僕にお金使ってくるんだろう。

「しかしその場合ティファニーさんと榊原さんの話が……」

たしかに。せっかく助けてくれた恩もあるのにそれでは榊原があまりにも可哀想。

「……じゃあ、一週間。一週間だけ借りていいですか?その間にできるだけこっぴどく振ります。それなら連絡する必要ないですし、なんならそのスマホ誰かに譲ったっていいですし」

「それはあまりにも非人道的では……?」

それはそう。だけど、そのスマホを気軽に人にあげるスタイルがもう何か違うっていうか倫理観ぶっ飛んでるから榊原の犠牲はやむを得ない。あと僕だってバレて振るのはほんとに勘弁して欲しい。一応大切な友達だから。

「わかりました。それで矢部様が納得するとおっしゃるのであれば問題ありません」

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