第8話 破壊的なセンスで破れたセーター

土曜日。時計を見ると朝7時。

デートなんて言われたけど、本当に急だったし、もしかしたらなんかの言い間違いだったのかもしれない。

いや、でもあんな美人な人にそう言われたら誰だって……。僕だって男だし。そう、男だし!

日差しを入れるために窓を開けて、玄関辺りを見ると、そこには昨日の先輩が立っていた。

「なんで!?」

とりあえずパジャマのまま降りて玄関を開ける。

「おはようございます。可愛らしいですが、その格好で出かけるつもりですか?」

急いで出たからあれだけど今日のパジャマはテディベア模様のついたパジャマだった。

「あの、見なかったことにしてください……。というか今7時なんですけど」

ストーカーなのか?

「時間の指定を失念していました」

そんな事でこんな朝から待ってたの。外を見なかったら凍るまで外にいたんだろうか。

「とりあえず中で待っててください。すぐ着替えてくるので」

「冷えていたので助かります」

でしょうね。部屋に戻って、私服……男らしい服装に着替えて。

デート……デートとかした事ないけど、どうしよう、どういう格好が男らしい格好なのかな。

とりあえず自分なりに選んだ服で下に行く。

「お待たせしました」

「独特なセンスですね」

見るなり言われた。

遠回しなはずなのにストレートにダサいと言われた気がする。

「き、着替え直して来ます!」

「いえ、問題ありません。それより冷えているので温かいものをください」

「あ、はい」

はじめて人の家に来てそれが言えるの強いな。

紅茶を淹れて出すとちょっと震えながら飲んでる。

こんな真冬に外で立ってるから……。

5時くらいから来てそう。

「何時に来たんです?」

「先ほども言った通り時間を伝えるのを失念してしまったので日付変更と共に来ました。10分ほど遅刻しましたが」

6時間50分のフライング。

予想を遥かに上回ってた。

「連絡先を渡す事も失念していたので」

真面目に見えてわりとうっかりさんなんだろうか。仮にうっかりさんでもここまでしない。

そして常識はどこに行ってるんだろう。ふつう0時からデートに行く人いないと思う。

「聖夜に深夜徘徊するカップルもいるでしょう」

いるかもしれないけど深夜徘徊ではないだろ。クリスマスデートだよ。

「それで、どこに行くんですか?」

「服を買いに行きましょう」

「服……?」

「はい。服です。服装によって人の性格は変わると聞きます。その辺りはプロを呼びますのでご心配なく」

プロ……?というか

「2人でじゃないんですね……」

まぁそんな初対面でデートとかそんなわけはなかった。

「2人デートだとカップルに見えるかもしれないので。それはあなたにとって不利益でしょう」

「いや、不利益とかそんなことは……」

カップルに見えるのは何が嫌なのかな……。ちょっとショック。

「それと、かくいう私も服のセンスはないと言われています」

さっき独特なセンスとか言ってたのに……。

「今日の服はプロに全て任せたコーディネートです」

襟のふわふわしたコートがボアコートっていうことくらいしかわからん。

「充分に温まりました。紅茶、ありがとうございます。行きましょう」

微かな笑顔が魅惑的というか……。山条くんとは違って常に無表情で話しているだけに少しでも緩んだ表情をされるとドキッとする。

「照れていますか?やはりあなたは可愛いですね」

ぐっ……。可愛くない。

それから僕達は巨大商業施設に来た。

触れ込みでは『ほしかったものが目の前に!』らしい。つまりなんでも揃ってるってことなんだろう。

そこで待っていたのが、ショートカットで笑顔が眩しい明石さんだった。

「プロも……ぷりょのあもあどばいばアドバイザー明石美緒あかし みおであります!」

めちゃくちゃ噛んでる。

明石さんは、童顔で同じか年下に見える。そしてこのクソ寒い中、健康的な美脚を惜しげもなく露出する姿はファッションのためなら防寒を犠牲にするという意気込みを感じる。確かにプロの気配がする……。

「今日は男らしいコーディネートをしたい子がいると隊長に聞きましたので!どちらの方でしょう?これから来るのですか隊長?この子は……迷子でありますな?」

隊長?というか迷子じゃないよ

「迷子ではありません。コーディネートをして欲しいのはこの方です」

明石さんは僕の顔を見てからじっと服装をジロジロと眺め、結論が出たのか「なるほど」と呟いた。

「独特な感性をした子でありますな!」

失礼がすぎる。

「隊長この服はご存じですか?」

「いえ。何かいわくつきの服なのですか?」

僕の服を指す明石さん。

「童貞を殺すセーターです」

え、何それ知らない。

「背中が大きく開いていて。袖がない、首と胴だけを通す服なのでありますが、ネットによるとその格好で童貞がしぬそうなのであります」

「それは……。失礼ですが矢部様。童貞ですか?」

本当に失礼なこと聞いてくる。

恥ずかしいんだけど。

「もしそうであれば脱がなければ死ぬので」

そんな呪いのアイテムじゃないよ。

「いえ、大丈夫です」

童貞だけど……。

「大丈夫でありますよ隊長。死ぬのは童貞だけなので。女の子は関係ないのであります。一方的に殺す兵器です」

男だから関係あるし死ぬ側だよ。何このいじめ。兵器じゃないし。

「なるほど。背中の破れたセーターだと思っていました」

そう思ってたのなら出かける前に言って欲しかったし、問題ありまくりだったのでは。いまさらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

いや、なんか……だめなの?背中開いてると背中からこう筋肉が見えてかっこいいとか、思ったから着てきたのに……。筋肉ないけど。

初デートだから……お母さんが「そうちゃんがこれを着たらお相手なんてイチコロよ」って言うから……。

ちなみにセーターの下は寒いのでヒートテック2枚着てるしシャツも着てる。寒いので。

「脱いできます……」

「それは多分寒いのでありますよ。これを」

明石さんが着ていたコートを脱いで僕にそのまま着せてきた。

ふわっといい匂いがする。

「走ってきたのでちょっと汗が……申し訳ないのでありますが、背に腹はなんとやらでありますよ」

…………。

「……あまり嗅がないで欲しいであります」

あぁぁぁ……。つい気になってやってしまった……。

「ごめんなさい……。というか明石さんが寒いんじゃ」

「?自分はバカなので風邪をひいたことなど一度もないであります!」

わぁすごい自信。それは寒くない言い訳にはならない。

「それに自分より小さな子が震えてるのは見過ごせないので」

撫でるな撫でるな。

「要人ですよ。気安く触れないように」

要人?

「それは、失礼しましたであります!」

さっきから思ってたけど語尾が取ってつけたような軍隊言葉みたいになってるのなんなんだろう。

「あと一人来るはずなのですが……、もうしばらく待ってください」

そうなんだ。

「この子はどう言った子なのでありますか?見たところ中学生くらいに見えるのですが」

そうだ自分の名前も言わなかった。

「僕は矢部そ……」

「この方は矢部ティファニーと言います。総長の妹です」

誰だよ、矢部ティファニー。知らないし僕は一人っ子なんですけど。

「なるほどー。ハーフでありますか?」

純粋に信じるな。明らかに日本人だろ。

先輩もなんでそんな嘘をつくんだろう。

というかここまで来て思ったけど僕、先輩の名前すら知らないな。

「ごめんなさい。ここは合わせてください」

先輩に小声でそう言われてしまった。

「おっすー!ごめんね遅れたわー!」

すごいフランクなギャルが来た。ギャル。なんかもう、なに。僕には説明できないレベルのおしゃれ。雑誌とかから出てきてそう。

何その小さいバッグ。荷物入らなそう。アクセサリーまでキラキラしてるのにそのキラキラより本人の方がきらきらしてる。すごい。

「遅いですよ明日葉あすは

「ごめんってば。んで?今日はどしたん。服選び手伝って欲しいとか言ってたけど、いずみいつも制服しか着てないのに珍しいじゃん。彼氏でも出来た?」

「私に彼氏などいません」

「まぁそうだよね。木葉くん推しだもんねアンタ。……木葉くんとデート?」

「それも違います。それと木葉くんではありません総長代理と呼びなさい」

「こまかいこというなってー。お、明石ちゃんもいるじゃん」

明石さんが敬礼してる。

「おはようございます副長!」

「固いよー。タメなんだから普通におはよーでいいって。で、この子はなに?アタシのこと待ってる間に迷子拾っちゃったわけ?」

迷子にしか見えないんだろうか

「その子は矢部ティファニーさんであります!」

「……は?」

うんそうなるよね。

「もう一回言ってくれる?矢部なんて?」

「ティファニーであります!」

「くそ偽名じゃん。え、なにそれどういう事?キャバクラかよ」

ツッコミのキレがやばいなこの人。

「総長の妹様であります!!」

「はぁ!?」

めちゃくちゃビックリしてる。

「うへぇまじか。総長ってやっぱ実在するんだ。はー。ごめんねちょっと顔見して」

両手で顔を押さえられた上でまじまじと見られる。なにこれ。

「明日葉!失礼ですよ」

「まぁまぁ。ふーんかわいいねティファニーちゃん。スッピンか?スッピンだな?中学生?んじゃあ、スッピンでも当たり前か。いやでもやばいね君。化粧しないでこのクオリティは若いわ。肌のツヤからして若さが違うわ。妹でこれなら総長とか美形確定じゃね?」

たぶん、歳あんま変わらないと思うんだけど。あと総長って誰。

「明日葉!」

「はいはいわかりましたー。減るもんじゃないんだしちょっとくらいいいじゃんねー?」

同意を求められてもこまる……。

「顔赤くしちゃって、かわいいなぁティファニーちゃん」

…………。

「まぁとりあえずわかった。泉はこの子のお守りをおおせつかったって感じ?」

「それが本題です、二人とも。彼女を可能な限り」

服装で人は変わるって言ってたし。これでかっこよくしてくれるって事なんだろうか。

傘借りただけなのにいい人だな。

「可愛らしくしてください」

「えっ」

なにそれ。

「了解であります!」

「オッケー任せとけー?」

どうして……。

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