第20話 幸せな時間


 リナかわいいものすごくかわいい死ぬほどかわいい女神か女神が俺のもとに降臨したのか

 なんだピンクって似合いすぎじゃないか髪型もかわいい口紅も似合っているアニーにボーナスをやらなければ

 そもそもなんでこんなにスタイルがいいんだ出るところは出ていると知ってはいたがあの腰の細さはなんだモッサリした服で誤魔化していたのか

 すべてが愛らしい今すぐプロポーズしたいリナは俺の嫁


 ……だめだ、興奮しすぎだ。

 落ち着け俺。こんなだから呪いが頭まで? とか聞かれるんだ。

 リナが美しくて愛らしいのは知っていたが、今日のリナはさらに美しい。心臓のど真ん中を見事に射抜かれた。

 馬車の外を眺めるその横顔も美しい。

 隣に座って抱きしめたい。しかしそういうガツガツした男は特にリナには嫌われると知っている。

 心の底にはリナには見せられないような醜悪な感情が沈んでいるが、それを感じさせないよう一年近く振舞ってきた。ここで台無しにしてたまるか。

 だがあらためて思う。

 リナが好きだ。愛おしい。リナのすべてを守りたい。リナのすべてが欲しい。絶対に他の男になど渡したくない。

 これは愛なのか、そうとすら呼べない異常な執着なのか。

 わからないが、彼女を求める気持ちに変わりはない。

 とりあえず前のめりになりすぎて彼女に嫌われないようにしなければ。

 今日はこの美しいリナと街を歩く。

 ものすごく楽しみだし自慢して歩きたい反面、誰の目にもさらしたくないという独占欲もある。

 まいったな……。


 街の途中まで馬車で移動し、そこからは歩いていく。


「リナ。ここからは人通りも多くなる。手をつないでもいいか?」


 黙ってつながないというのが大事だ。

 そう言われればリナは断れないと知っているところがずるいと我ながら思うが。


「はい」


 少し照れた様子のリナがかわいい。

 手をつなぐどころか抱き上げて街を歩きたいが、それじゃあただの変人だ。

 そっと、壊れ物でも扱うようにリナの手をとり、そのまま軽く握る。

 簡単に振りほどける弱さというところがポイントだ。本当は指を絡めるようにしてつなぎたいが、ガツガツは禁止。紳士大事。

 それにしても、リナの手は小さくて柔らかくてすべすべだ。気持ちがいい。


 大通りに出ると、一気に人通りも多くなった。

 道行く人たちが、チラチラとこちらに視線をよこす。リナは視線を避けるようにうつむきがちに歩いている。

 まあ見られるのは仕方がない。自分で言うのもなんだが俺は美形だし、リナもこのとおり眩しいほどに美しい。お似合いの二人だろうそうだろう。知ってる。


「リナ、話しておいた店のほかにも一件寄りたいんだが、かまわないだろうか」


「もちろんです」


「ありがとう」


 通りをしばらく歩き、そこから外れて少し奥まった場所にある店に入る。

 狭い店内には、アクセサリーや細工物などが所狭しと並んでいる。リナが物珍しそうに店内を見回した。


「いらっしゃいませ。おや、これは団長殿ではありませんか。自らいらっしゃるとは」


 白髪まじりの店主が、俺を見て少し驚いた顔をする。

 この店に最後に顔を出したのは数年前だからな。たまに依頼は出しているが、だいたい部下に来させている。


「作ってもらいたいものがある。リナ、店内の商品を見ながら少しだけ待っていてくれるか?」


「わかりました」


「何か気に入ったものがあれば教えてほしい」


「はい」


 と言いつつもリナは何も欲しがらないのを知っている。

 とはいえ興味がないわけではないようで、色々な商品を楽しそうに眺めている。


「さて、これを作ってもらいたいんだが」


 そう言って俺は店主にアレスから受け取った紙を渡す。


「ふむ、これは……なかなか難しそうですな」


「代金はそちらの言い値で払う。あなたならできると信じている」


「はは、光栄でございますな。頑張ります」


「頼んだ。出来上がったら連絡をくれ」


「承知いたしました」


 リナに視線をうつすと、店内をゆっくり歩きながら商品を見ていた。

 アクセサリーのところでいったん足を止め、興味深げに眺めている。


「リナ、気に入った商品はあったか?」


「どれも素敵ですね。繊細で美しいつくりで、見ているだけで楽しいです」


 少し頬を紅潮させるリナがかわいい。

 しかし「見ているだけで」、か。

 少しくらいおねだりをしてくれてもいいのに、今まで一度もそういうことがない。

 リナに物欲というものはないのだろうかとたまに思う。


「さっきはこれを見ていたのか? 今日の服装に合いそうだな」


 そう言いながら、ピンク色の美しい髪飾りを手に取った。

 ピンクオパールとローズクォーツで花を模ったものか。繊細で凝った作りなので花がモチーフであっても子供っぽくはなく、かといって豪華すぎないのがちょうどいい。


「特にそれを見ていたというわけでは」


 俺の意図を感じ取って、リナが少し慌てる。


「プレゼントさせてくれないだろうか。高価なものではないから。これじゃなくても、他の物でもいいし」


「えっと……」


「じゃあ店内のアクセサリーを全部」

 

「ま、待ってください! それがいいです! それだけで!」


 慌てるリナがかわいくて、思わず笑みがこぼれる。

 本当に全部買っても良かったんだが、それだとリナの重荷になる。

 本音としてはネックレスなどを贈りたかったが、付き合ってもいないのにそういったものを贈られるのは負担に感じるかもしれないと思い、安価かつ使い勝手のいい髪飾りにした。


「代金は依頼した商品と一緒でいいか?」


「もちろんでございますよ、団長殿。お買い上げありがとうございます」


「すまないリナ、少し強引だった。リナに似合いそうだと思って、つい」


「いいえ、素敵なものをありがとうございます」


「俺がつけても構わないだろうか」


「はい。お願いします」


 髪飾りの櫛のようになっている部分を、後ろで留めてある髪にそっと差し入れた。

 黒く艶やかな髪に、愛らしくも美しい髪飾りがよく似合う。

 この綺麗な黒髪なら金の髪飾りも似合いそうだな。いや、俺の色に合わせて銀とサファイアの髪飾りというのもいい。つまりなんでも似合う。

 手鏡を合わせ鏡にしてリナに仕上がりを見せている店主は、俺のほうをちらりと見て含みのある笑いを浮かべた。

 デレデレとしている俺がそんなに珍しいか。まあ珍しいだろうな。

 どうとでも思うがいい。うれしそうに微笑むリナを見て無表情でいられるわけがないのだから。


 いつまでもニヤついている店主に例の品をなるべく早く作るよう頼み、店を出た。

 大通に戻ってしばらく歩き、目的の店にたどり着く。


「入ろう。この店を見せたかったんだ」


 明らかにほかの店とは外装が異なる店に、二人で入る。

 店内に入ると、リナがわぁ、と感嘆の声を漏らした。


「ここは大陸の東端にある麗の国から仕入れたものを扱う店だ。リナの国の文化にある程度近いと思うんだが、どうだろう」


「そうですね。東アジアの国の文化が入り混じっているような感じですが、近いと思います」


 明らかに彼女の目が輝いている。

 連れてきてよかった。


「いらっしゃいませ。当店は初めてですか?」


 店主と思しき中年の男が声をかけてくる。

 黒髪に白髪が混じったこの男は、麗の国の者だろう。


「ああ」


「左様でございますか。どうぞごゆっくり御覧くださいませ。ところで、そちらの美しいお嬢様は、もしや麗の血をひいていらっしゃるのでしょうか?」


「そうかもしれません」


 リナが曖昧に答える。

 店主と女性店員二人はおそらく麗出身だろうが、予想と違ってリナとはまた異なる顔立ちだな。

 だが文化は近いようで良かった。


「お米だぁ……」


 感動したようにリナが言う。


「ライスか。俺も数えるほどしか食べたことがないな」


「食べたことはあるんですね。あ、海苔も。おにぎりが作れそう!」


 興奮した様子のリナが珍しい。

 広い店内をあちこち歩きながら、服や食べ物などを見て回っている。


「服も懐かしいものはあったか?」


「あれは浴衣かな? ああいう感じのはありました」


 リナが指さしたのは、白地に控えめな花の模様が美しい前合わせのワンピースのようなもの。


「買おうか?」


「いえいえ、着ていくところもありませんし。というか部屋着や寝間着として着るものだと思います」


「なら寝間着として」


「起きたときにひどい状態になっていると思うので……見られただけで満足です」


「そうか」


 ひどい状態というのを見てみたいな、脱がせやすそうな服だったな、という感想は頭の奥に押し込んだ。

 結局ライス、ノリ、ショーユという大豆から作られたソース、薬草の種を買った。

 リナは自分で買うと言ったが、ライス料理を作ってもらうという条件で俺が支払うことに納得してもらった。

 ライスは精米とかいうのをして、ほかの商品と一緒に家に届けてもらうことになった。

 あの住宅街に住んでいるとそういう特別扱いを受けられるのが便利だ。


 その後軽く昼食を食べ、また手をつないで歩いた。

 一緒に買い物し、食事をして、手をつないで歩く。

 それだけのことで、これほどの幸福感を味わえるとは。

 一生こうしていたい。お互いにしわだらけになっても、リナとずっと手をつないで歩きたい。

 恋愛は年相応にしてきたが、結婚まで考えたのはリナだけだ。

 隣の彼女を見下ろす。目が合うと、わずかに微笑んでくれた。

 また俺の心臓が射抜かれる。

 もう、告白してしまおうか。失敗を恐れては何もできない。

 だが、失敗=リナ逃亡という図式が辛い。ギリギリのところで我が家に引きとめているのに、出ていくきっかけと口実を与えてしまうのは……。

 くそ、結局堂々巡りだ。

 それでも、今日はなんとなくリナとの距離を縮められた気がする。少なくとも手をつないでも嫌がられない男に昇格した。


 馬車に乗り、やっぱり告白しようか、いやもう少し、とぐるぐる考えているうちに家に着いてしまった。

 いつからこんなに消極的で意気地のない男になったのか。情けない。

 だが、今日は本当に楽しかった。こんなに美しいリナを見られたし。

 この美しさ、ほかの男には見せたくないな。

 まあ明日からはモッサリした服に戻るしいいだろう。それでもかわいさは隠しきれないが、こんな服で職場に行こうものなら求婚者が列を作るに違いない。

 あんな野獣どもに見せてたまるか。

 ……と思っていたのに。


「おや、デートでしたか。おかえりなさい」


 家に入ると、アレスが俺たちを出迎えた。

 お前の家かここは。

 使用人たちもアレスが来ると俺が不在でも中で待たせるようになった。俺が以前許可を出したからだが。

 しかし……。


「リナ、服も髪型もいつもと違うな。似合ってるよ」


「ありがとうございます」


 アレスがさらりと褒め、リナが少し照れた様子で礼を言う。

 自分でも眉間にしわが寄るのがわかる。


「リナ、疲れただろう。夕食まで部屋で休んでいるといい」


「はい。今日は色々ありがとうございました」


「こちらこそ。本当に楽しかったよ」


「私もです。じゃあ失礼しますね」


 リナがぺこりと頭を下げて階段を上っていく。

 その姿が完全に見えなくなってから、アレスに視線を向けた。


「ちょっと褒めたくらいで殺気を向けるのはやめてもらっていいですかね」


「何しに来た」


「え? 飯を食いにです」


 遠慮がなさすぎだろう。

 今さらだが。


「団長が心配になるのもわかりますがね。思ったより……いや、死にたくないんでやめときます。リナがいつもあんな感じならライバルが増えそうですね」


「お前もか?」


 アレスはしばしきょとんとした顔をして、喉の奥でくくっと笑った。


「大恩ある団長が惚れまくってる女性ですからね。口説いたりしませんよ」


 含みのある言い方と笑みに苛立つ。


「団長がリナへの興味を失えば別かもしれませんが」


「アレス」


「冗談ですよ。そんなに怖い顔をしなくても、そんな日は来ないでしょう? なら心配いりません。あまりにじれったいんで、少しつついてみただけですよ」


 あー腹減った、と言いながら勝手に客間に向かうアレス。

 すれ違いざま、執事に今日のメニューまで聞いていた。だからお前の家か。

 相変わらずつかみどころのない部下だ。

 腹の底はなかなか見せない男だが、表裏はない。そこが気に入っており、憎めない。

 しかし。

 俺がリナに興味を失えば、自分が口説くつもりなのか?

 冗談だか本気だかわからないが、腹が立つな。許せん。今日はあいつの嫌いな豆料理に変更してやる。

 まあ、アレスの言葉を信じるなら、あいつがリナを口説く日など永遠に来ないだろう。

 俺がリナに対する興味を失うなど、ありえないのだから。

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