最後は 誰も残りませんでした

ちょこっと

第1話

 あるところに、大きな王国がありました。


 千年万年続く王家では、長い間に民から納められた税で、金銀財宝、宝の山を貯めておりました。


 それらは、みな、国民一人一人が、たゆまぬ努力で国を支えた結果でした。




 ある年、恐ろしい病が流行りました。




 国中はおろか、遠くの国まで病はどんどん広がります。


 往来を歩く人の数は減るばかり。


 春には芽吹きを分かち合うお祝いも、夏の夜に暑さを吹き飛ばすお祭りも、秋の夜長に先祖へ思いを馳せる事も、みんな行われません。


 咳をする人を見かけては、慌てて離れる。あるいは怒り狂って、他所へ行けと暴力を振るう。


 病は人々の体を蝕み、大事な人を奪い、心を歪ませていきました。




 大きな王国の煌びやかなお城で、大臣が王様へ懇願します。


「王様、国の民は疲弊しております。どうか、国庫を開いて分け与えて下さい。小麦を、芋を、保存された何でもを。食べる事も出来ずに売れる物は、売りましょう。民こそ、国の財産です。民がいるから国があるのです」


 跪き、切々と訴える大臣を、王様は一蹴します。


「馬鹿を言うな。何故我ら王族の物を民なんぞにやらなければならんのだ。己の事は己でなんとかさせるべきだ。我が国の民は物乞いにでもなったというのか、甘やかせるな」


「いいえ、いいえ。我が国の民は、必死に病と闘い、日々を生きております。けれど、あまりに多くの者が病に倒れ、日々の生活に困窮しているのです。親が倒れた子どもは、子どもが病に寝込み働きに出られない親は、働く先を失った若者は、みな、一様に苦しんで生きております」


「馬鹿馬鹿しい。だからなんだというのか。民など鼠のように勝手に増えるではないか。病で死ぬような弱い者など自然淘汰せよ。弱者は喰われ、強者のみが生き残る。これこそ自然の摂理ではないか。余の言葉こそ、真理なのだ」


 命を、命と思わぬ王様に、大臣は項垂れて退出しました。




 冬がきて、病は更に流行りました。体力の無い者から命尽きていきました。


 その中には、とても上手にパンを焼けるパン屋も、丈夫な子どもの服から繊細なレースの花嫁衣裳まで服作りの名人なお針子も、家の事ならなんでも任せろと腕自慢の大工も、毎年大きなカボチャを育てては秋の収穫祭でお化けカボチャを披露する農夫も、生活の様々な知恵を持ってみんなの相談役を務めていた老人も、数多、人々の生活を支えてきた人々がいました。


 善良な人々は、本当に苦しい時には王家が助けてくれる。国が助けてくれる。そう信じていたからこそ、税を納めてきました。


 税とは何か? 税とは国王のものか? 税とは誰のものか?


 税とは、国民一人一人のものだ。


 税とは、国民が納め、国民の為に使われるものだ。国民の生活を支える為に使われるものだ。


 その前提を、疑いもしませんでした。


 けれど、気付いた時にはもう手遅れ。


 国は助けません。そう気付いてなんとかしようと思った時には、もう遅かったのです。


 人々は、もうとても立ち上がれない程に傷付き、苦しみ、疲弊しきっていました。





 しんと静まり返った城の中、豪華な私室で王様が苛立たし気にふんぞり返っています。


「おい! どうしてこんなに寒いのだ!」


 唯一、残った大臣が答えます。


「はい、薪も石炭も作る者が病で死にました。その為に暖炉で場内を温める事が出来ません」


「腹が減った! 何故、食べ物が出てこない!」


「はい、農夫も料理人も病で死にました。その為に食事を用意する事が出来ません」


「この汚い服はなんだ! 何故、洗濯をしない!」


「はい、日常の雑多な世話をしてくれる女官も病で死にました。その為に洗濯も掃除も出来ません」


「ええい、湯を使って顔を洗うぞ! 湯を持て!」


「はい、水を汲みに行く者も、火をおこす者も、もう誰もおりません」


 そう言い終わると、俯いていた大臣はフラフラとよろめき、倒れました。呼吸は乱れ、顔は汗びっしょりです。どうやら大臣も病にかかってしまったようでした。


「ひっ! 汚らわしい! 余の前でなんたる不敬な!」


 王様は汚物を見るように眉をしかめて、足早に部屋を出ていきました。





 ただただ文句を言い、ただただ他者を理解しようとせず、ただただ恵まれた己のみに目を向けて。

 現実を知ろうともしなかった王様は。命を命と思わなかった王様は。最後はひとりぼっち。


 もう、誰もいません。


 もし、民を助けていれば、美味しいパンが食べられたでしょう。だけど王様には作れません。


 もし、民を助けていれば、綺麗な服を着られたでしょう。だけど王様には作れません。


 もし、民を助けていれば、暖かいお城で暮らせたでしょう。だけど、王様には出来ません。


 もし、民を助けていれば、もし、民を助けていれば。



 もし、他人の命も、自分の命も、同じ命なのだと、理解しようとしていたならば。

 己の恵まれ過ぎた環境と、そうでない数多の民の生活を、知ろうとしたならば。



 王様の行動は、変わっていたかもしれません。


 けれど、そうはしませんでした。


 だから、このお話はこれでお終い。


 愚かで哀れな王様は、みんな死に絶え病も絶えて。ひとりぼっちで、飢えて苦しみ尽きました。

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