第5話 <ダンスをしよう!>

 段々と他の貴族たちが到着し始めた。会場のセッティングも急ピッチで進められていっている。

 料理皿が載った机がたくさん置かれ、お皿が配られる。さてさて、とにかく食べるぞー! 自分でお金を出さないご飯ほど美味しいものはない!

 でも、残念ながらお皿はイリヤには配られない。お付きの騎士や侍女には料理だけでなく飲み物も配られないらしい。オッテル伯爵もケチよねぇ。我が家のパーティーなら来てくれた人全員に食事を振る舞うのに。……我が家でパーティーなんて一年に一回開くか開かないかのレベルだけど。

 とにかく、お皿に二人分の料理を盛り付けていく。誰からも見えないところでイリヤとシェアしましょう。ジュースが入ったグラスも二人分受け取る。

 ある程度物資を揃えたら拠点に帰還するであります。愛しの姫君がお腹を空かして待っておられる。……なんちゃってね。

 お父さんを上手く隠れ蓑に使って二人だけの空間を作り出す。いやー、こういうことに理解があるお父さん大好き! いつもありがとう!

 お父さんの背中に隠れて二人でお肉を食べる。目を輝かせるイリヤを見るだけで私はお腹がいっぱいだよー。料理は食べるけど。

 甘辛いソースで味付けされたお肉を食べていると、ふと音楽が流れ始める。あぁ、早速ダンスでも始まるのかな?

 さすがにこんな所にいつまでもいたら何を言われるか分かったものじゃない。面倒だけどもう少し前に出て行きますか。令嬢と踊ることができたらいいのに。

 ペアを見つけた人たちは既に中央に開けられたスペースに移動している。もしかして、これ私踊らなくてもいい感じじゃない?


「――失礼。お嬢さん、僕と踊ってくれませんか?」

「……チッ。はい、喜んで」


 思わず舌打ちが出ちゃったけど、それに気づかせないようににっこりスマイルを披露する。私に声を掛けてきた空気読めない人はどんな人物だろうかと顔を見てみた。

 うん。イケメンだったよ。紺色の髪と翠玉のような瞳が綺麗だ。まぁ、だからといって好きになるなんてことにはならないけど。

 周囲の貴族令嬢たちの羨むような視線を感じる。でも、私にとってはこれ全然嬉しくはないのだけれど……。


「曲が始まりますね。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」


 イケメンくんの手を取って華麗に舞い踊る。いやいやながらも貴族のたしなみとして教え込まれたダンスを相手に合わせて舞う。結局私がリードする展開になるのかと思ったのだけど、イケメンくんも案外ダンスが上手かった。

 チラチラと周囲からの視線が感じられる。そりゃあ、顔がよくてダンスも上手ければ注目されるって。


「お上手ですね」

「ありがとうございます。趣味みたいなものでしたので」

「まぁ!」


 クルクルと回転して会場中央で美しくフィニッシュ。演奏が終わると同時に盛大な拍手が贈られた。

 互いに向かい合って一礼。まあまあ楽しめたからいいわ。


「お相手ありがとうございました。素晴らしい一時でしたよ」

「ありがとうございます。私こそよい経験でした」

「オッテル伯爵には感謝しなくては。貴女のような美しい女性とこうして踊ることができたのだから。これで、もう死んでも悔いはありません」


 物騒なこと言うのねこの人。まるで死地にでも行くみたいじゃないの。

 イケメンくんが私の手の甲にそっとキスをしてくる。周りからはキャーっていう声がするけど、私は別の意味でキャーっよ! なにこの人いきなり口づけしてくれてるの!?

 去り際、イケメンくんはウィンクを送ってくる。背筋に寒気が……。


「なーんて、僕には女神様の加護があるから簡単には死にませんけどね。魔王を倒して皆さんの笑顔は守ってみせますよ」

「女神様……? よろしければ、お名前をうかがっても?」

「ああ、これは失礼。僕はユウヤ=オスロー。覚えておいてもらえると嬉しいです」


 爽やかスマイルと共にユウヤくんが去っていく。それにしても、ユウヤってどうにも日本人っぽい名前なのよね。女神様の加護がどうこう言ってたし、まさか向こうの世界から転生してきた……とか?

 どうにも名前は向こうの世界からそのまま引き継がれるっぽいのね。その点、私はリリだから多少はバレにくい……はず。名前から私が転生したことがバレて魔王討伐の旅に加えられても面倒なだけだし。

 にこやか笑顔を崩さないでいると、お父さんが隣にまで歩いてきた。


「ダンス、上手く踊れていたじゃないか」

「まぁね。お父さんに恥はかかせないよ」

「こういうダンスの時間になるといつもどこかに消えていて踊っていなかったじゃないか。久々で忘れているかと思った」

「まあ、それはユウヤくんがフォローしてくれたし」

「勇者様に対してずいぶん砕けた口調だな……」


 そりゃあ私も勇者って存在だと思うから。隠しているだけで。

 とりあえず給仕のお姉さんにジュースをもらう。乾いた喉を潤しながらイリヤの元へ。


「ただいまっ」

「お疲れ様でした。でも、その……ハンカチいりますか?」

「あー、うん。ちょうだい」


 イリヤから受け取ったハンカチでキスされた手の甲を拭く。いくらイケメンの勇者でも私にそっちの気はないからね。これが女の子なら手を洗わずに舐め……おっとっと。そのままにしておくのに。

 ハンカチをイリヤに返すとむすっとした顔になっていることに気がついた。視線の先にはユウヤくんの姿がある。


「……嫉妬?」

「いえ、そんなことは」


 これはもう嫉妬だね! なんだか嬉しい!

 イリヤに抱きついて頬を突っつく。このこの~。可愛い娘めぇ~。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る