詐欺師のサギシ

真白涙

第1話 詐欺師のサギシ 

 自分は賢い、騙されるわけがない。そう思っている人間ほど、騙しやすいものはない。

 そもそも騙されるということが念頭にないうえ、騙されたとしても自分ならそれを必ず見抜けると自惚れているから騙されている事実を認識できない、そもそもする余地がない。

 その上、騙されたことを訴えることができない。自分で自分は騙されないと思い込んでいるが故に誰にも言えない。しっかり者の自分、という理想像がプライドをより強固なものとして騙されたという現実から目を背けさせる。

 こうなれば必然的に詐欺行為は表向きにならない。こちらから頼まずとも勝手に泣き寝入りをしてくれる。

 詐欺師にとって騙しやすくリスクも低い、かっこうのカモだ。



 天井は低いが息苦しさを覚えないのは店内自体がかなり広いからだろう。西新宿の雑居ビルに店舗を構える純喫茶、オリーブのウリはオープン時から変わらない味のサンドウィッチらしい。

 保科美央は店内を見渡していい店だ、と率直な感想を抱いた。平日の夕方だというのに程よく混んでいるしフロアがそれなりに広いので店員との距離も近くない。

それにソファの背が高い。このことにより、客のパーソナルスペースが保たれている。

 人目を気にしなくていい。この店はアリ、と美央は頻繁に使用しているカフェ・ファミレスのリストに頭の中でオリーブを追加した。

 手鏡で化粧のチェックをする。派手すぎないけれど、大人の女性を演出するために口紅はブラウンレッドを濃い目に塗っている。服は品のいいスカートを、上は締まりのある襟付きのブラウスで信頼できる大人の女性らしく。

 手鏡を閉じたその時、入店のサインである鈴の音がした。入口には丁寧にストールを巻いた二十代と思しき女性がいた。店内をちらちらと見渡している。グレーストールにブラウンのハーフコート、髪は胸あたりまでのストレートヘア。間違いない、カモだ。美央は小さく手を挙げてこっちよ、と呼びかけた。


「すみません、待たせちゃいましたかね」

「ううん、私が早く来ただけよ」


 嘘だ、十五分前には到着していた。一度オーダーを取りに来た店員を断ったくらいだった。


「ならよかった。今日は宜しくお願いします」


 相手のペースに合わせてあげることは自分は敵ではない、というスタンスを示してあげる最も手軽で容易な方法の一つである。


「さと子ちゃんお腹空いてない?」

「ちょっと空いてますけど、え、でも」

「いいからいいから、ケーキでも食べながらお話しましょう」


 ケーキセットのメニューを開いて覗き込む。ケーキとドリンクのセットは千円から。そこそこの値段だ。


 私はレアチーズケーキとホットティーのセットを、さと子ちゃんのチョコレートタルトとココアのセットも一緒に頼む。


「すみません、ご馳走になっちゃって」

「いいのよ、気にしないで」


 こんなケーキセット高くとも何ともない。この女を騙すことが出来ればこれの何十倍、という金額が手にはいるんだから。


「オンラインサロンの話なんだけどね」


 他愛もない話をして、ケーキとドリンクが運ばれて来てから美央は本題に入った。

 ネイルアートのオンラインサロンは十代後半から二十代前半の女をターゲットにした時のネタだ。専門学校に通う必要はない、好きな時間にオンラインで受講できて必要な教材と資材は郵送されるというものである。

 手元のパッドを操作しながら美央はさと子に説明をする。こんな資料、タブレットに入っている初期ソフトで簡単に作ることが出来る。


「まとめると、生授業のスケージュールは決まっているけどアーカイブに残るから自分のペースで好きなように学習ができるの。試験は自分で会場に行って受けてもらうことになるけど、その試験対策なら過去問集があるし、先生はみんなベテランだから合格のノウハウも十二分にあるわ」

「そうなんですか、なら安心ですね」


 オンライン授業が実際に行われるのは第三週までだ。しかも、生授業ではなく過去の撮り溜めのもの、授業に合わせて送られる教材・資材も一回目は段ボールひと箱分の量だが二回目と三回目の資料送付はA4の封筒サイズになる。

 三週間掛けるのは念のためだ。実際、八日間逃げ切ればクーリングオフはできなくなる。ネイルのオンラインサロンは特定継続的役務提供のエステティックに分類されるのでクーリングオフ期間が短い。詐欺師としては心労の期間が短くて済む。

 もっとも、クーリングオフをしたことろで捕まらない自信はあるが。


「ところでご両親の了承は得られそうかしら?」

「それが、ちょっと難しそうで」


 さと子は某お嬢様大学に通う大学三年生だった。交友範囲はエスカレーター式の学校内でほとんど完結しており恋人はいない。バイトは週に2回、父親の紹介で手伝いをしているらしい。つまりは世間知らずの箱入り娘だ。

 両親や周囲の大人に褒められ、甘やかされて育ち自分は頭がいい、と認識している。実際のところ、勉強はできるのだろう。けれど勉強ができるだけのことを頭がいいとは言わない。頭がいいとは勉強ができる、賢い、要領が良いの三要素からなるものだ。

 美央はさと子のことをかっこうのカモであると睨んでいながらも苛立ちを抑え込むことに必死だった。さと子のことを見ていると過去の自分を思い出す。簡単に言えば、大嫌いだった過去の美央とよく似ているのだ。

美央は自分を落ち着かせるようにワインレッドのベロア生地のソファを撫でた。心地いい手触りが精神を落ち着かせてくれるような気がした。


「そっか、なら無理強いはできないわね」

「いえ、でもやりたいです」


 さと子は固い意志を宿した声ではっきりと断言した。


「本当に大丈夫?安い金額じゃないけど」

「もう二十歳超えてます。一人で契約できますよね?」


 その言葉を聞いて美央は心の中でガッツポーズをした。自分を落ち着かせるようにレアチーズケーキを一口頬張る。


「できるけれど、後悔しないかしら?」


 この質問の返事は分かり切っていた。さと子の両親は頭の固い人物で、ネイルやメイク、ファッションといったジャンルのものをさと子が触れないようにしていた。避ければ避けられるほどそれに興味を持つのが子どもというものだ。

 そもそも、ネイルの専門学校に行きたかったという愚痴をSNSで見かけたから美央はさと子にこのネタを材料に詐欺を仕掛けたのである。


「はい、宜しくお願いします」

「わかったわ。DMでも言ったけど、お金の用意は――」


 ティーカップに口をつけてその先の言葉を濁した。ここでぐいぐいと責めて疑われてはいけない。慎重に、慎重にいかなくては。


「できてます。ATMが混んでて、それで今日はちょっと遅れちゃったんです」

「遅れたことなんて気にしなくていいのに」


 早めに到着したのは相手に罪悪感を植え付けるためだ、なんて微塵も思っていないのだろう。


「さっそくだけど、じゃあこの契約書にサインをお願い」


 用意していた形だけの契約書をクリアファイルから取り出してテーブルの上に並べる。さと子はその文章を読みだして、すぐにペンを手に取った。契約書の文章を一字一句読む人間なんてまずいない。

 面倒くさがること、それが命知らずな行為だとも知らずに。


「できました。それと、これがお金です」

「ありがとう。ちょっと確認させてもらうわね」


 契約書をファイルにしまって、受け取った封筒の中身を確認する。この瞬間はいつも叫びたい気持ちでいっぱいになる。平静をよそおって札束に触れる。

 札束の厚みに美央は溜息を零しそうになった。さと子が今回選択したのは分割払いだ。頭金と残りを三分割した料金の合算である。本当は全額一括で支払って欲しいところだったけれど、学生相手にそこを粘るのは厳しいと判断した。下手に親に相談されてこれまでの苦労が水の泡になるのは避けたかった。

 欲を出さずにじっと待ち、カモに適した題材で詐欺行為を働く。これが捕まらず、長く詐欺師を続けるコツだ。

 それに、美央は早急にお金を用意する必要があった。


「うん、きちんと預かりました。早速オンラインレッスンへの登録をしてもらうから、URLから情報を入力しておいてね」


 何も回収できる金は今手元にあるものだけじゃない。ここで個人情報を得ておけば業者や別のネタを扱う仲間へ売ることだってできるのだ。


「はい、ありがとうございます」

「いえいえ、夢追う若者の応援がしたいだけだから。それよりもさと子ちゃんは資格をとったらお店持ったりしたいの?」


 後は適当な会話をして気分よくこの純喫茶から追い出すだけだ。美央はスマホでスケジュールを確認する。この後もう一件、予定が入っていた。

 美容系インフルエンサーを夢見る二十代の男に事務所登録の話を持ち掛けるのだ。事務所への登録料を筆頭に宣材撮影料や事務所維持費として計五十万、頭金として三十万を支払ってもらう手筈になっている。

 活動名はショウ、本名は平塚翔だ。美央でも驚くほどトントン拍子で事務所登録の話に繋がった男だ。

 美央の脳裏に浮かぶ男の顔は恐ろしいほどに整っている。日本人離れした高い鼻にシュッと線のある輪郭、整えられた眉とアイドルさながらのゆるふわな茶髪。相当な金額を顔につぎ込んでいる。そう睨んで翔に声を掛けたら大当たりだった。

 整形に大金をつぎ込む人間の特徴として承認欲求の高さがある。身の丈に合わない承認欲求を持った人間を騙すのは軽くおだてて、明るいビジョンを語ってやれば簡単なことだ。

 美央自身、騙し取った金で二重と人中をいじった。顔の良さは自信に直結する。整形を行ったことで詐欺の成功率も上がった。特にさと子や翔のような人間相手に、美容絡みのネタのネタは。


「でもアプリとかでハンドメイドのショップ持てたりするじゃないですか、それで仕事と平行してやるものいいかなぁ、って聞いてます?」

「え、うん聞いてる聞いてる。それじゃあ私がさと子ちゃんのお店の一番のお客さまになっちゃおうかな」

「え!それすごくいい!夢があるっ」


 きゃいきゃいとはしゃぐさと子に少し静かに、とジェスチャーをする。本当はキツめに言ってやりたいところだったけど、最後の最後でしくじるわけにはいかない。

 美央は受け取った金をバッグにしまい、しっかりとボタンを閉じた。

 あと十分ほどお茶をしたらこの店を出て渋谷へ向かう。そこで翔からも金を受け取る算段だ。

 さと子から十五万、小から三十万で計四十五万、悪くない一日だ。

 美央は残りのチーズケーキを一口で平らげた。




「佐富ぃ、なんで俺より先に仕事が終わってるお前の方が遅いんだよ」


 玄関を開けるなり投げやりな声が飛んできて佐富、と呼ばれた女は顔を上げた。その顔は先ほど西新宿の喫茶店でさと子と呼ばれていた女子大生だ。無論、さと子という名も女子大生の肩書も嘘である。


「まぁまぁしょうちゃん、さとちゃんにも色々あるんだからさ。あ、おかえりさとちゃん」

 エプロン姿でキッチンに立つ長身の男が振り返った。その拍子にトレードマークである天然パーマがふわりと揺れる。この家、リノベーション済み一軒家の持ち主である義野はバックアップと参謀が主な仕事だ。


「そうよ。新宿駅の百貨店のシーズンセール今日までだったのよ」

「くっだんね~!そんな理由かよ」


 しかめっ面で佐富を睨んだのは茶髪の似合う男、東海林だ。整形で手に入れた女受けする顔と高いコミュニケーション能力を生かして佐富と同じく実践を担当している。


「ふ~ん。あんたの好きなブランドが新宿店舗限定でシングルシャドウ出してたから買ってきたけど、絶対に貸さない」

「うっそごめんって、皿洗い当番代るから」

「ほらもうご飯出来るよ、しょうちゃんはバターライスよそって。さとちゃんは手洗って来な」


 洗面台で黒髪のストレートヘアのウイッグを外してネットの中にしまっていた髪を出す。癖がついてしまっているけど仕方ない。東海林と義野にぐちゃぐちゃの髪を見られるなんて今更気にすることでもない。

 佐富の仕事は実践担当、東海林が男の実践担当なら佐富は女の実践担当だ。ターゲットをに合わせて適切な役回りを二人してこなしている。

 佐富は適当に髪を結って、ワンデイのカラコンを外してリビングに戻った。既にオムライスとコンソメスープ三人分がダイニングテーブルに並べられていた。


「いただきます」


 手を合わせて食事の挨拶。食事はできる限り一緒に取る。これは三人の暗黙の了解だった。


「やっぱ義野さんの料理はうまいわ」

「デミグラスソースは出来合いのだけどね」

「いやいやそれでも十分だからね。スープも美味しいし」


 成人済みの女一人と男が二人。肉親どころか血縁関係にもない。ご近所相手には一応、仲良しいとこ、ということで話をしている。


「二人ともお金はちゃんと渡せた?」

「もちろんよ」

「あったり前じゃん、寧ろトントン拍子で進みすぎないようにブレーキかける方が大変だったわ」


 佐富と東海林は自信ありげな表情でそう言い切った。その顔を見て義野は満足そうに微笑む。


「それよりもそろそろ時間じゃない?」


 オムライスをあっと言う間に食べ終えた東海林はお代わりのバターライスをよそっている。いくら食べても太らない、佐富が憎いほどに羨ましい東海林のポテンシャルの一つだ。


「うん、もうログインは済ませてある。後は向こうが入ってくるのを待って」


 義野がそう言いかけたその時、起動してあったパソコンがピコンとなった。ゲームの中でフレンドが入室してきた時のSEだ。


「きた」


 食べかけのオムライスから一旦離れて、義野はゲーミングチェアに腰かけた。佐富と東海林もそれぞれのダイニングチェアを持ち寄ってパソコンを取り囲む。


「ちょっと東海林、皿置いてきなさいよ」

「しょーはねぇーはろ、うはいんははら(しょうがねぇーだろ、うまいんだから)」

「何言ってるかわかんないわよ」


 呆れた様子で佐富はパソコン画面を覗きこんだ。水色の妖精の格好をしたみーちゃんというアバターが一体、義野の銀甲冑のアバターに「おまたせ♡」と話しかけてきたところだった。


「ちょ、なんて返せばいい?」

「もー義野さん落ち着いて、普通に全然待ってない、でいいよ」


 滑らかなタイピングで義野は佐富の言った通りに打ち込んでいく。すぐに銀甲冑から吹き出しが表示された。


「まぁフレンドならログイン記録見れるけどな」


 東海林はバターライスを頬張りながらパソコンとスマホを交互に見ている。メッセージトークには美央からのメッセージに既読をつけたことろで止まっている。事務所へ登録の為に個人情報云々かんぬん言っていたけど、フィッシング用のURLだと睨んでいた。


「別にいいのよ、優しい人って思わせることが目的なんだから」

「あ~、緊張するな。僕が最後の仕掛け人になるなんて」


 今回の作戦は三人にとっていつもの手筈ではなかった。少しめんどくさい段階を踏んで、丁寧に下準備を整えた。



「マルチ商法を中心に荒稼ぎをしている詐欺師を見つけて、さとちゃんとしょうちゃんが偽名を使ってわざと引っかかる。そしてその詐欺師と僕がネット上で知り合って、上手いこと関係性を築いて上手いこと金を振り込ませる」

「上手いこと関係性を築いてって、そんなまどろっこしい言い方しないでシンプルに惚れさせて貢がせるでいいじゃん」


 過去にホストの経験もある東海林は膝を叩いてケラケラ笑う。東海林にとっては女を惚れさせて金を使い込ませるなんてことなんて赤子の手を捻ることと同じくらい簡単なことだった。


「僕はしょうちゃんみたいにそういうことが上手いわけじゃないんだって」

「でも金を用意させるところまではできたわけだろ?」

「それは二人のアドバスがあったからだよ~」


 情けない声をあげながらも義野はゲーム上のチャット機能でそつない会話をターゲットと続ける。ここではみーちゃん(保科美央)に外銀で働いていてゆくゆくは個人で仕事を持ちたいと考えている三十代の男性、という体で接近している。

 自分の事業を成功させるため、勉強と人脈作りも兼ねて海外に行きたいけれどその旅費が、という口実だ。証券会社で稼いだ金は奨学金や実家の仕送りで使っていると伝えてある。


『あのね、今日はちょっと驚かせたくて』


 みーちゃんがそう切り込んできた。佐富、義野、東海林は無言で目配せをする。


『どうしたのみーちゃん?』


 ゲームの中で銀甲冑のアバターがわざとらしく首を傾げた。そういうモーションがあるのだ。


『あたしね、喜んで貰いたくて頑張ったんだ。ギウくんに使って欲しいの』


 ギウは義野の使っているハンドルネームだ。妖精のアバターからプレゼントボックスが手渡された。パソコンにみーちゃんからの送金を受け取りますか?と表示されている。


『そんな、みーちゃん』

『何も言わずに受け取ってううん、ギウくんの夢は私の夢だもん』

「よく言うわ、詐欺で稼いだ金のクセに」


 お代わりも食べ終えた東海林がミネラルウォーターを飲みながら戻って来る。


「その詐欺師ひっかけて雪だるま式に最後をかっさらっていくのは私たちよ」


 今回の作戦は二十トラップだ。佐富と東海林は美央に引っかかりつつ、自分と同じネタで同時進行をしているカモの話をそれとなく聞きだす。そしてまとまった額が入るタイミングを伺い、義野に次にかける罠の指示を出してきた。


『そっか、ありがとうみーちゃん。大切に受け取ります』


 イエスをクリック。プレゼントを受け取りました、と表示された。


「よっしゃ~!!」

「はぁ、なんとか終わった」


 ガッツポーズをする東海林にゲーミングチェアにだらりと背中を預ける義野を見て佐富はホッと胸を撫でおろした。面倒なやり方だったけれど、これで一つ自分たちができる詐欺の幅が広がった。今後の作戦展開にも十分生かしていける。

 詐欺師相手に詐欺をする最大のメリットは、被害届を出される恐れががほぼないことだ。警察に駆け込んだところで自分のことも調べられるというリスクがあるからだ。だから必然的に泣き寝入りするしかなくなる。

 もちろん、相手も詐欺師なのだから当然一筋縄ではいかない。けれどだからこそ、やる気も出るし面白みがある。それに詐欺で稼いだお金なら、なんの罪悪感もなく詐欺行為を働ける。もっとも嘘をつく度に心を痛めていたら心がいくつあっても足りないけれど。


「よーし、それじゃあお待ちかねの金額発表~」


 ゲームの中で送金できる金額には上限がある。だから今回の作戦では送金の上限+aは仮想通貨でのやり取りということになっていた。

 仮想通貨での送金作戦を成功に導いたのはギウの本職、と偽った外銀の社員という肩書だった。これで完全にみーちゃんは三人の策にハマった。

 別のタブで今回使用した仮想通貨のページを開く。義野が素早くIDとパスワードを打ち込んだ。


「今回の成果は……」


 カチッ、とログインボタンをクリック。表示された数字に佐富と東海林の表情は歓喜の色を湛えたまま固まった。


「あれ?今回の目標百万じゃなかった?」


 ややあって東海林が口を開いた。

 ゲーム内の送金上限は十万円、なので仮想通貨には九十万円の振り込みがある予定だが日本円に換算すると約百四十万になる金額が表示されてる。


「二人とも頑張ってくれたのに差額+五十五万じゃ物足りないと思って、ちょっと頑張っちゃった」


 義野は親へのサプライズが成功した子どものような照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。


「サイコーだよ義野さん!」

「うわっ、椅子揺らさないで!ちょっと、さとちゃんまで」


 東海林が喜びのあまり義野を椅子ごと抱きしめるように飛びかかった。佐富も便乗して椅子越しに抱き着く。

 普段、二人のバックアップのとして参謀に徹している義野が実践で自ら動いたということが嬉しかった。


「てことは、トータルで+百万?」

「あ、あのね、この仮想通貨いい感じに値上がりしてる途中なんだ。だから、もう少し転がしておけばもう少し大きくなるかもしれない」

「マジ!?やっぱ義野さん天才だよ」


 画面の向こうの盛り上がりなど露ほど知らないゲーム内ではみーちゃんが『あれ~?どうしたの?』『トイレ行ってる?』『ねぇ~寂しいよぉ(´;ω;`)』独り言のようにトークを続けている。


「俺このままトーク続けるから、義野さんと佐富は残りのメシ食ってこいよ」


 上機嫌で東海林は義野をゲーミングチェアから追い出した。顔を見合わせた二人はダイニングテーブルに戻って残りのオムライスとス-プに手を付ける。


「そうだ、ワイン開けようよお祝いにさ」

「いいけど、今から冷やして間に合うかな?」

「氷入れちゃえばいいよ」


 過去のターゲットだった男からもらった赤ワインが残っていたはずだ。と佐富はオムライスを頬張りながら思い出す。義野の料理はなんだって美味しいけれど、詐欺が成功したあとのご飯は別格だ。

 赤ワインを開けて、チーズも出そう。クラッカーもあったはず。こんなことなら生ハムも買っておくべきだった。なんて嬉しい後悔をしながら佐富はスープを啜る義野とパソコンに向かう東海林の背中を交互に見ては、満足そうな笑みを浮かべた。


 佐富、義野、東海林の三人は詐欺師を相手に詐欺をする詐欺師のサギシである。

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詐欺師のサギシ 真白涙 @rui_masiro

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