第7話 自宅


「はー狭い所ね。ここ、独房じゃないわよね」


 玄関戸をくぐると、中を覗きながら、少女は開口一番、そう言った。


「お前、初対面の人んちに来てよくそんなこと言えるな」


 俺は呆れながら言った。


「しょうがないでしょ。思ったよりずうっとしょぼかったんだから」

「そうだとしても、そういうことはこころの中で思え」

「まあいいわ。さ、汚い所だけどあがってあがって」


 少女はそう言うと、マキナに中に入るよう促した。


「いや、俺んちだから。あと汚くないから」


 俺ははあ、とどでかい息を吐いた。


 というわけで。

 バルを出た俺たちは俺の自宅へ戻って来た。


 結局、紹介所で出会った司祭服を着た少女を家に泊めるハメになった。

 女の子は「レイル」と名乗り、自らの職業を「預言者」であると定義づけていた。

 貧乏でお金が無いから、ここにしばらく泊まることにする。

 詳しい話はあんたの家でする。

 半ば強引に、そう主張した。


 年のころは10歳前後だろうか。

 とにかくやかましくて、良く喋る。

 

「全く、なんでこんなことに」


 俺は頭をガリガリと掻いた。


「ふふ。いいじゃないですか。私、賑やかなの好きですよ」


 マキナは楽しそうに言った。


「けど、本当にいいんですか? 私、野宿でもいいですけど……」


 マキナは申し訳なさそうに言った。


「別にいいよ。こんなせまっ苦しいとこで、マキナが嫌じゃないなら」


 俺は苦笑しながら言った。


 どうやら、彼女も行く当てがないようだった。

 レイルを泊めてマキナだけを放り出すわけにもいかず。

 こうして、6畳一間に3人が寝起きすることになったわけだ。


「全然、いいです。雨風が避けれるだけで十分です。それに、なんだか楽しいです。こうしてみんなで寝起きするなんて」


 マキナは楽しそうに笑った。


 うん。

 この子は本当にいい子だ。


 それに比べて――


 つとレイルに目線を移すと。

 彼女は何やらベッドの下に頭を突っ込んで潜り込み、ケツを振りながらゴソゴソしていた。


「……何やってんだ、レイル」

「いや、エロ本ないかなって」

「ねーよ。つか、いきなり家荒らしするな」

「いやさ、10代の男の家に泊まるわけじゃん? やっぱ性癖は確認しときたいのよ」

「なんでだよ。どういう理屈だよ、それ」

「ド変態のロリコンだと困るじゃん。ほら、うちもマッキーも、美少女だしさ」


 マッキーとはマキナのことらしい。


「やかましい」


 俺は小さなお尻を軽く蹴った。

 するとレイルは「痛いわね!」と言いながら、ようやくベッド下から出てきた。


「そんなことより、早く事情を話せよ」


 と、俺はベッドに座りながら言った。


「事情?」

「ああそうだ。お前、俺のギルドに入りたいんだろ?」

「うん」

「なんか理由があるんじゃないのか。さっき、そう言ってただろ」

「あー……うん、まあね」


 レイルはそう言いながら、俺の膝に座りこんだ。


「何やってんだ」

「ああごめん。ルポルはこうしたほうがいいかなって」

「重いからどけ」


 俺はひょいと体を持ち上げ、すとんと床に置いた。


「おっかしいなあ。前に勤めてた店だと、客は大体こうすると喜んでたんだけど」


 レイルは小首を傾げた。

 いや、お前どんな店で働いてたんだ。


「で、なんで私がこんな弱小極貧地味ギルドに入りたかったかって言うと」


 レイルは人差し指を立てて語りだした。

 冒頭からひどい言われようだ。


「大会に出場したいからなのね」

「大会?」

「そ。この街で年に一度開かれる、バトルの祭典。『マスター・オブ・ギルド』に」


 俺とマキナは目を合わせた。

 それから、どちらともなくプッと噴出した。


「なんだよ。何がおかしい」


 レイルはムッとして口を尖らせた。


「ごめんなさい。なんだか唐突な話で」


 マキナが頭を下げる。


「んだよ。別に唐突じゃないじゃん。この街の冒険者なら、みんなが目指す称号じゃん」

「そうだけど、そんなの遥か雲の上の話だろ。俺たちなんかが出場しても意味ねえよ。どうあがいたって、ギルドマスターになんかなれっこねえ」


 『マスター・オブ・ギルド』。

 このドゥルワルの街で、年に一度開かれる、王覧の大会である。

 ギルドナンバーワンを決めるために、チームを組んで一番の強者を決める。

 優勝してギルドマスターになれば、国営のギルドとして認められ、報酬だけで一生食べていける。

 そんな巨大な権威ある大会である。


「そんなの分かんないでしょ。例え0%でも、可能性があれば出る価値はあるわ」

「いや、0%なら可能性はねーだろ」

「うるさいわね。とにかく、出場することだけなら出来るでしょ。大会にエントリーすることが大事なの」


 レイルは腕を組み、鼻息を荒くした。


「どういうことだよ」

「だからさ、うちは別に優勝なんてしなくていいから、とにかく出場したいわけ。それには、どこかのギルドに所属する必要がある」

「じゃあ、別に俺のギルドじゃなくてもよかったのか」

「そりゃそうでしょ。じゃなきゃ、あんたみたいな出世の見込みなし、良い男になる見込みなし、明るい未来が見えること無し、の3無し男の仲間になんてならないわよ」


 俺はぐ、とこぶしを握った。

 こいつは本当に一言多い。


 まあまあ、とマキナがとりなす。


「でも、じゃあ、レイルちゃんはどうして私たちに声をかけてきたの?」

「う……」


 レイルは言い淀んだ。

 そっぽをむき、渋々口を開いた。


「そりゃあ……他のギルドにみんな断られたからだよ」

「断られた?」

「うん。うちの能力なんて要らないって、もうずっと断られ続けたから」


 レイルはしゅんと急に意気消沈した。


「うち、誰にも相手にされなくてさ。行くとこがないんだ」


 俺は額をぽりぽりと掻いた。

 まったく、感情がジェットコースターみたいに激しい奴だ。


「気持ち、分かります!」


 マキナはレイルの手を握った。


「ギルド入りを断られると、すごい傷つくんですよね。なんていうか、人として劣っていると宣言されたような気がして、人格を否定されたような気がして、泣きたくなるんですよね」


 うんうん、と涙目で頷く。


 まあ……正直言うと、マキナの言うことはよく分かる。

 俺もそういう経験は山ほどあるから。


「しょうがねえなあ」

 と、俺は言った。

「分かったよ。それじゃあ、この3人でやっていくか」


「いいのか!?」


 レイルはぱあと目を輝かせた。


「ああ」

「じゃ、『マスター・オブ・ギルド』にも参加してくれるのか」

「それは、まあおいおい考える。大会に出場するのだって、金がかかるんだ」

「おいおいじゃ駄目だ。男たるもの、そんなあやふやな態度は駄目だ。今すぐ出ると言え」

「んだよ。なんでそんなに出たいんだ」

「いや、それはまあ」

「教えろって。理由があるなら、ちゃんと考えてやるぜ」

「いや、あの、まあ、それはおいおい……」

「お前、さっきあやふやな態度は駄目だっつってたじゃん」

「うるせー! うちは女だからいいんだよ!」


 レイルはそういうと、俺に襲い掛かって来た。

 俺は剥がそうとしたが、レイルは俺の背中の方へとするりと回り込み、頭をガジガジと噛んだ。


「いてー! 噛むな! 野良犬かお前は!」

 俺はマキナの方を見た。

「マキナ! こいつを剥がしてくれ!」


「あらあら。すっかり懐いちゃって」


 それを見て、マキナはのほほんといつまでも嬉しそうに笑っていた。


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ブラックギルドを追放されたので凡人治癒師は“俺だけスキル”『是々非々』で新しく集めたポンコツスキル仲間を最強に仕立て上げてスーパーなギルドへ成長させる 山田 マイク @maiku-yamada

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