幼馴染の妻が上司に寝取られたので、人生ヤり直します。

いろ蓮

第1話 AVのジャンルで、NTRが嫌いです。

 俺の名前は、根室ねむろ 時守ときもり

 突然だが、物申す。


 『AVのジャンルで、特にNTRが嫌いだ。』


 その訳は、俺が他人より感情移入しやすい性分タチだからだ。

 なんか今、俺上手いこと言ってないか?

 まぁいい。


 例えば、中学生の文化祭で演劇部が催した即興劇で独り号泣した事がある。また、デパートのフードコートで一人寂しく食事をする老人に感傷的な妄想をしたこともある。

 NTRのAVを観て、感想を述べるなら一言で十分だ。


 『。』

 文句があるなら、俺の屍を超えてゆけ。

 覚悟があるやつだけ相手をする。


 そんな俺だが、就職氷河期の世代で、Fラン私立大学を卒業後、何とか地元の中小企業に就職することができた。

 今年で29歳になる何処にでもいるアラフォー男子の俺なのだが、自慢できることが一つある。


 「時守さん!」

 ごくり。

 それは、美人で自慢の妻がいる事だ。


 幼稚園の時からの腐れ縁の同い年で、現在進行形で俺の妻だ。

 名前は由紀ゆきで、旧姓は匙ノ宮さじのみや

 お嬢様育ちで、昔から才色兼備で非の打ちどころのないタイプだ。


 「ねぇ、話聞いてる?」


 『ごめんごめん。今日はクリスマスだから、早めに仕事切り上げてくるって。』


 「ったく…楽しみに待ってるから。」


 『今なんて言った…由紀。』


 「何も言ってないわよ…早く出ないと遅刻するわよ!」


 性格は淡白だが、たまにデレを見せてくれる一面が非常に愛くるしい。


 『はいはい…じゃ、行ってきまーす!』


 今日は、結婚して初めてのクリスマスだ。しかし、会社に出勤してみると予想以上に忙しく、年末なのに残業で帰れなくなった。

 そして気は引けるが、家で待っている由紀に電話をかけた。

 この日、ある人生の転換点ターニングポイントを迎えるなど、俺は知る由もなかった。

 

 「あっ…時守さん!もうすぐ帰宅するとこよね?…張り切ってケーキも作っちゃっ…」


 『由紀…すまん。残業で帰れなくなった。』


 「いつ帰るの?」


 『多分、相当遅くなると思う。』


 「……っそっか!…仕方ないわね!」


 「ごめん。」


 「いいのよ!…お仕事頑張ってね…じゃ。」

 俺は携帯電話を机に置くと、頭を抱えて項垂れた。


 由紀は落ち込んでいる時、無駄に元気に取り繕う癖がある。

 長年付き添っているから分かる。


 『はぁぁ。』


 「どうしたんだよぉ。大きな溜息なんか吐いちゃって。」


 『せっ…野島専務!…お疲れ様です!』


 野島専務は、地元高校の一つ年上の先輩で、人当たりの良い尊敬できる先輩だ。


 「おいおい…でいいって。」


 『ですが…。』


 東大卒で地元企業に就職して、仕事の功績が買われ、最年少で専務に着任した。

 入社一年目の俺に、一番最初に声を掛けてくれたのが野島専務だった。


 「ところで時守…今日はクリスマスだぞ。可愛い嫁さんが待ってるだろ!」


 『それが残業の嵐で…。』


 「それは災難だな…俺も用事が無ければ、付き添うんだが。」


 『専務も新婚ほやほやですもんね。』


 「まぁ〜な。という訳で、お先に失礼するよ。」


 『はい、お疲れ様です!』


 完璧超人な野島専務だが、変な流言飛語うわさが飛び交っている。

 それは、野島専務は不特定多数の社員の新妻を寝取っているという噂だった。

 そんな根も葉もない噂を俺は、まったく信用していなかった。

 あの時までは。



『ただいま〜。すっかり遅くなって…って。』

 俺は、何かしらの違和感を覚えて硬直した。


『何だこの革靴は。』

 客人を招くなど聞いていない。

 それに、親が来る連絡も一切無かった。

『ちょっと待て…この靴には見覚えがある。』


 


 俺は呆気に取られて、思わず全身から力が抜けた。

『おいおい…どうなってんだよ!』


 俺は、右手にぶら下げたケンチャッキーフライドチキンのビニール袋を落としていた。

 そして、心中のモヤモヤを我慢できずに、リビングの扉を勢いよく開けた。


『おいっ…………………。』

 俺は言葉を失った。

 目の前に広がる光景は、それこそものだった。


 血塗れで床に横たわる全裸の嫁と出刃包丁。

「時守…さん。」

『由紀!…しっかりしろ!』

「ごめんね…私、られちゃった…ッゲホ」

『もう喋らなくていい!…安静にっ…。』

 何故か、野島の姿は無かった。

 行き場の無い怒りが込み上げてくる。

 辺りを見渡すと、ベランダに続く窓のカーテンが風に靡いていた。


『おいおい、ここ13階だぞ。』

 待て待て。

 それより今は、由紀の命が最優先だ。

 由紀は体重が軽いから担いでいける。


『よしひとまず、救急車を…っ?!』 

 病院に電話しようと思った矢先、非通知で電話がかかってきた。

 もしかして野島か!


『おい、お前!』

「久しぶりだね。色々話したいかもだけど、夢見崖で待ってる。私の名前は、ミユ。」

 

 ミユという謎の声の主は、用件を吐き捨てると即座に電話を切った。


『野島じゃ無いのか。それに、夢見崖って。』

 俺は救急車が到着すると、救急救命士の人に現状に至った経緯を話した。


「では旦那さん。後のことは任せてください!」

『は…はい。』


 警察などに、事情聴取される為に拘束されると思っていたが、とんだ杞憂だったらしい。

 由紀の事は心配だ。

しかし、黙って指を咥えて待っとくなんてできない。

 俺に今できることは。


『あいつの正体を突き止めることだ!』

 車で夢見崖に向かって10分後、電灯が一つしかない目的地に着いた。

 人気が無く、暗い場所だ。

 夢見崖は、地元で有名な観光スポットである反面、有数の自殺スポットでもある。

 

「こんばんわ、時守。」

『お前は誰だ!』

 声は聴こえるが、姿は一切見当たらない。

 死角から襲われる事を危惧して、家にあった雑誌を上着の中に装備しておいた。


「忘れたの?…時守が一番知ってるはずよ。」

『いったいお前は…?!』

 俺は気が動転して、思考がおぼつかない。


『答えろ。いったいお前は…』

 崖の淵に近づくと、冷たい潮風が吹き付けた。季節は年末で、凍えるように寒かった。


「………またね。」


『え?!』

 崖の淵から何者かに突き落とされた。

その時、突然身体が宙を舞って、俺は一瞬だけいわゆる万有引力を克服した。

 そして、俺は深い崖底へと堕ちていった。


「婆さんやぁ!」

「なんだい爺さん。」

『いってぇ……って、誰。』

 俺が目を開けると、ベッドに寝ていた。目の前には、白髪のアルプス山脈に住んでそうな爺さんと婆さんが座っている。

 

「これは奇跡じゃ…婆さん。」

「…夢かい?」

『いったい。』

「混乱するのも無理はない。あぁ、ヘラ様の御加護じゃぁ。」

「ありがたやぁ…。」


 俺は死んだ。

 確かに崖から落ちて、一生を終えた。

 だがしかし、見知らぬ爺さんと婆さんに顔を覗かれている。

 ここまではいい-良くはないのだが。


『まさかなっ。』

 さっきから視界の隅に、ゲームでよく登場するメッセージウィンドウが見える。

 いやっ。

 というより、といった感じだ。


「ようこそ、異世界マイソロジーへ◀︎」


 俺の目に飛び込んできた事実は、予想の範疇の斜め上を抉ってきた。

 『もしかしてこれ…異世界転生ってやつ?』

 

 「good luck◀︎」


 俺はこの日崖から落ちて、【マイソロジー】という異世界に転生した。

 こうして、時守のNTRを撲滅する異世界ファンタジーが幕を開けた。

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幼馴染の妻が上司に寝取られたので、人生ヤり直します。 いろ蓮 @yamai-nakabu

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