第57話 そして裏返る



(今…………何て言った?)


 敦盛としては、耳を疑うしかなかった。

 もう脳味噌が展開の早さについてこない、今日は色々ありすぎたのだ。

 愛しい瑠璃姫を傷つけてでも自由を望み、尊厳を捨てまで逃亡し。

 愛故に命を絶とうとして、彼女の命を救った。


「ねぇ、あっくん……アタシを飼ってよお願い」


「待て待て待てッ、どうしてそうなる? 説明しろッ!!」


「説明って、あっくんのいけず。アタシの口から説明させるつもり?」


「いや説明しろ?」


「屈辱的なコトをわざわざ言わせるなんて、あっくんたらサドねぇ……そこも興奮しちゃうっ!」


「興奮すんな、とっとと説明プリーズ?」


「ふふっ、簡単なコトだったのよ」


「何が」


「アタシはきっと、アンタと出会いアンタを愛する為に産まれてきた」


「え、なにその乙女チックなやつッ!? 正気かテメェ!?」


「正気も正気よ、気づいたのよ――あっくんに負ける度に敗北という快楽を得ていたコトを」


「それ錯覚ッ!? 絶対錯覚だからッ!?」


「例え錯覚でも…………もう遅いは、アタシは現にアンタに負けるコトに絶頂してる……」


「ひぇッ!?」


「あはっ、あはははははははっ、あっくんがアタシを変えたのっ、いいえ、いいえ違うっ、きっと最初からそうだったのっ! あっくんを憎んだのだって、快楽を得るためのスパイスっ! そうよアタシはあっくんから快楽を、生きる意味を、運命を与えられてきたっ――――大好きあっくんっ!! 愛してるっ!!」


「どうしてこうなったァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 敦盛は叫んだ、確かに瑠璃姫からの愛を望んでいた。

 彼女の幸せを望んでいた、だから己の死を以て実現しようとしていたのだ。

 だからどうして、こうなる事を予想出来ようか。


「ねぇ、ねぇ、ねぇ……あっくん、アタシを受け止めてあっくん、愛するわ、いいえ愛してる、アンタが考えてる以上に、大好き、大好き、大好きっ、嗚呼――――これが恋なのね、愛なのねっ」


「る、瑠璃姫が狂ったッ!?」


「そうねアタシは狂った……愛という感情に狂う一匹の獣っ、あっくんからの愛を求め、あっくんを愛するコトだけ考える、――ケ ダ モ ノ」


「恋とは狂気である、……ってそんなどっかの哲学者みたいな事じゃねぇよなッ!? 裏返ってるじゃんッ、憎しみが裏返ってねぇかテメェッ!?」


「良いことを教えてあげるあっくん、愛の反対が無関心、そして憎しみは裏側じゃなくて――表裏一体。どっちが表だとか裏とかじゃないの、その二つは同時に存在してる、……アタシはそれに気づいたのよ」


「気づかなくて良かったんじゃね?」


「その冷たい態度がゾクゾクくるっ、はぁ……あっくんはアタシを悦ばすのが上手いんだからぁ」


「無敵かお前ッ!!」


 敦盛は頭を抱えたかった、嬉しくないと言うのは嘘になるが。

 それよりも恐怖、困惑、心配、そういった感情の方が強い。

 更にそれ以上に。


(信じられねェ…………)


 今更大好きだの、愛してるだの。

 加えて彼女は、憎しみが無くなったとは言っていない。

 愛と憎しみは表裏一体だとはよく聞く言葉ではあるが、実際に目の当たりにしてみると不信感しかないのだ。


「嗚呼、嗚呼、嗚呼、あっくんは焦らすのが上手ね。ええ、アタシは理解してるわ、信じられないのよね、だって今まで憎しみしかぶつけていないんだもん」


「それ俺はどう答えたらいいんだ?」


「いいの何も答えなくて、あっくんがアタシの愛を理解出来ないなら――――、一生かけて理解させてあげる、ふふっ、想像してみて、アンタはね、アンタを憎いアタシを孕ますの、お腹の大きくなったアタシに、アンタはイチャラブを要求してらぶらぶ新婚夫婦になる事を要求するのっ、それってなんて屈辱っ、なんて快楽なのっ!!」


「逃げ出す前と何も変わってねぇッ!?」


「変わってるわ、アンタに負けたアタシは――もうアンタに愛される為しか、アンタへの愛を感じる為だけしか憎しみを使わない、アンタはパパに、アタシはママに、幸せな家族になるのっ」


「拒否するゥ!! 今のテメェはマジで正気じゃねぇからッ! 精神科の病院に今すぐ行けよオラァ!!」


「ハァハァ、ハァハァ…………ンんっ、…………その前にあっくんの体に刻んであげる、アタシの愛を、アタシのあっくんの為に磨き上げた体を、魂にまで刻みつけてあげるっ」


「うぎゃあああああああああああああ、脱ぐなああああああああああああああああっ!!」


「大丈夫よ、傷に障らない様に動くから。あっくんは思う存分出してくれるだけで良いのっ」


「誰かああああああああああ、マジで誰かあああああああああああああああ、男の人呼んでエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 瑠璃姫は馬乗りになって、発情して上気し赤らめた顔で制服を脱ぎ出す。

 興奮のあまり手元がおぼつかず、半脱ぎでブラやショーツが、白い肌がチラチラ見えているのがエロティックであったが。

 そも敦盛は入院必須の大怪我人だ、痛みもあるが困惑と恐怖でセックスどころでは無く。


(俺……パパになるのか? この年でパパになるのか? しかも逆レで? つーか怪我がマジで痛いんだけどォ!? 誰か助けてくれッ!!)


 しかして祈るしかない、敦盛の状態は普通に悪い。

 普通に話せているのは、怪我直後の興奮状態だからだ。

 故にそれ以上の事は出来ず、そして。


「敦盛いいいいいいいいいいい――――――うん?」


「やっぱお別れしたくねぇよ敦盛いいいいいいいいいいい………………はい?」


「早まらないで早乙女く――…………え?」


「ようしまだ死んでないよねっ!? 間に合ったんだよねっ! 大丈夫早乙女君……………………ああ、お邪魔だった?」


「どうした?」「セックス?」「ちょっと男子は後ろ向く!」「私達って帰った方が良い?」「え、敦盛まだ死んでねぇよな?」「どうなってるんだ見えない」


 駆けつけた竜胆は、円は、奏は、担任教師である脇部英雄でさえも思わず首を傾げ。

 クラスメイト達も困惑。


「あー…………取り敢えず誰か救急車呼んでくれ。肩とか足とか骨が折れてるみたいで立てないんだ」


「チンコも勃ってないんだけどあっくん?」


「テメェは黙ってろォ!! コッチはテメェを庇って階段の一番上から落ちてるんだよッ、一応頭も打ってるんだよッ、いい加減に助けろてんだッ!!」


 彼の重傷具合を知り、クラスメイト達は慌て始めた。


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