第54話 愛しい人の為に出来ること



「間、に、合えええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


 敦盛はとっさに飛び出した、躊躇いなんて一つも無く。

 落ち行く瑠璃姫に向かって、手を伸ばす。


(届いたァ!!)


 階段を飛び込み台の様に、空中で瑠璃姫の頭を抱きしめる。

 そして。


「――――――ガッ、――――――ぁ」


 ボキ、と、ボキボキ、と何処かが折れた気がした。

 衝撃で息が詰まって、上手く呼吸が出来ない。

 頭が割れそうに痛い、でも肩の感覚が無くなった気がする。

 車にはね飛ばされたら、こんな痛みになるのだろうか。

 でも今は。


(――――よかった、無事、だ……)


 敦盛は立ち上がる事も出来ないけれど、瑠璃姫はぎゅっと目を詰むって震えているだけで。

 そうだ、間に合ったのだ敦盛は。


「………………は、ははッ、上出、来じゃねぇ……か……」


「…………アタシ……? え、あっくん? ――――あっくんっ!? 大丈夫なのあっくんっ!?」


「痛、む……と、ころはね……ぇか?」


「バカっ! 喋るんじゃないわよっ!? なんでアタシなんか庇ってるのよバカ!! バカバカバカバカ盛っ!!」


「泣くな、よ……。ああ、無事でよかった……」


「な、泣いてなんかアタシは泣いてなんか――――」


 この後に及んで強がる瑠璃姫に、敦盛は安堵を覚えながら笑う。

 痛む腕をゆっくりと動かして、彼女の大粒の涙を拭おうと。


「――ッ!?」


「バカ動かないの! 今救急車呼ぶからっ、そうだ保険の先生も――――」


「待て、……待て、よ瑠璃姫……」


 足が折れている感覚、恐らく右肩も、頭も打ったのだから精密検査が必要だろう。

 でも必要ない、そんなものは必要ないのだ。

 何故ならば敦盛は死ぬために走っていたのであり、そしてこれから――。


「…………殺せ、俺を殺すんだ瑠璃姫」


「何言ってるのよバカっ!!」


「バカはテメェだ、俺はお前の為に……俺がお前への愛を示す為に死ぬつもりだったんだ」


「それもバカなのよっ!!」


「だろうな……、でも足が折れて動けねぇんだ。――――スマンが、テメェの手で殺してくれ」


「あっくん…………っ!?」


 責めるでもなく、叱るでもなく、ただ穏やかに死を望む敦盛の姿に彼女は恐怖と戸惑いを覚えた。

 この後に及んで、この幼馴染みは何を言っているのだろうか。


(違う)


 これこそが強さ、早乙女敦盛という存在の強さ。

 決して諦めない、そして瑠璃姫への愛を貫き通す……強さ。


「ア、アタシはっ、アタシは――――っ!!」


 沸き上がる、彼女の中で今までに経験のした事のない感情が暴れ出す。

 怒りと悲しみと、それから、それから、それから。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――、これが、これがきっと――――)


 だから。


「バカ言うんじゃないわよっ! なんでアンタを殺さなきゃいけないのよっ!!」


「そうか? 俺の事が憎くて苦しいんだろ? なら今が絶好のチャンスだ。……その手で首を締めてくれ」


「嫌よ!!」


「頼む、――――やっぱり、テメェの手で死にたいんだ」


「絶対に嫌っ!!」


「お願いだ瑠璃姫、……お前がこの先、普通の幸せを手に入れる為に、俺が出来る事はお前の前で死ぬことなんだ、お前の手で俺への憎しみを晴らす手伝いをさせてくれ」


「バカじゃないのアンタっ!!」


 気が狂いそうだった、目の前の大切な幼馴染みは大怪我をしているというのに、なおも瑠璃姫の事を想って死を願ってる。

 誰よりも彼女の幸せを望んで、死を願っている。


「あっくん……あっくん、あっくん……」


「ほら、……殺してくれよ瑠璃姫…………」


 己は彼に何て言えば良いのだ、この世で一番彼女の幸せを願う彼に、世界の誰よりも愛してくれている彼に、何て言えば良いのだろうか。


(アタシ、は……)


 溝隠瑠璃姫は、早乙女敦盛に愛されていないと生きていけない。


(だから……)


 殺す訳にはいかない、死なせる訳にはいかない。

 今すぐに病院へ、でもそれではダメだ。

 このままでは、敦盛の決意は変わらない。

 今度は――。


(今度も、アタシが居ないときに死んじゃう!)


 母の時もそうだった、病院に駆けつけた時にはもう亡くなっていて。

 繰り返すのか、こんな事を。

 繰り返すどころではない、もっと最悪な死に別れを味わう事になってしまう。


「いや……いやよぉ……ヤダようあっくん……」


「瑠璃姫……?」


「やだ、やだやだやだぁ……、アタシの前から居なくならないでよあっくん、あっくん…………」


「お前……」


 さめざめと泣く瑠璃姫に、敦盛もようやく気づいた。

 何かが変だ、彼の知る瑠璃姫と何かが違う。

 でも、その何かが分からない。

 確かに分かるのは。


「……………………俺の、負けだな。惚れた弱みってマジでこういう事なんだな」


「――――あっくん?」


「いいぜ好きにしろよ、お前を泣かせたまま死ねねェ。監禁でも拷問でも、もう好きにしろ」


「ち、違うのあっくん、アタシはそんな――」


「憎いんだろう?」


「――――――――ぁ」


 答えられなかった、確かに瑠璃姫に憎しみはあって。

 違う感情もあるのに、一緒にあるから答えられない。

 それを見た敦盛は、ふっと笑って。


(あ、嗚呼、嗚呼、嗚呼っ!!)


 ダメだ、この顔はダメだ、こんな諦めたような顔はダメなのだと。

 瑠璃姫の瞳から、もっと涙があふれ出す。

 だから、言わなければ。

 今、己の心に浮かぶ、この気持ちを伝えなければ。

 だから。


「――――ん」


「………………瑠璃姫?」


 彼女はキスをした、彼の唇に、己の唇を合わせて。


「大好きっ、大好きなのっ、愛してるのあっくん…………!!」


「………………――――――んんんッ!? はいいいいいいいいいいいいいッ!?」


 その熱情の籠もった言葉に、敦盛は困惑した。

 

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