第47話 クラス争乱



 端的に言おう、――敦盛は学校へたどり着いた。

 落ちていたコンビニのビニール袋をパンツの代わりに、道中、不審者として通報されかけても。


「な、なんとか校庭まで来れたぜ…………」


 だが人の目を避けた事、そして素足という不利な状況は普段の倍以上の時間を取られて。

 現在位置は校門近くの茂みであるが、ここまで来ればクラスまで後少し。

 問題は。


(最悪の場合、瑠璃姫が先回りしてクラスの連中を味方につけている、か…………)


 だがその可能性は薄いだろう、と敦盛は予想していた。

 ウンコの処理、そして着替え、もう少し言えば彼が学校へ逃げ込む事も不確定であり。


(けどまぁ、来るだろうな。アイツも俺が学校に来てるって確信してる筈だ)


 ならば瑠璃姫は罠を用意するだろう、敦盛を捕らえる仕掛けをする。

 その準備がもう終わってしまったのか、それともまだ間に合うのか。


(ここで悩んだって仕方ねぇ……行くかッ!!)


 茂みから飛び出し、敦盛は自分のクラスへと走り出す。

 瑠璃姫の罠が待ち受けていても、竜胆や円が居るならば即断即決で力になってくれると。

 そして。


「――――敦盛っ!? 無事…………じゃないねそれ?」


「お前……いったい何があったんだよ?」


「あちゃー、気づくのが遅かったみたいだね。でもまだ間に合いそうで一安心だよ」


「…………えっと、誰か早乙女君にジャージ貸してあげれないかしら?」


「良かった……瑠璃姫は来てないなッ!? まだ来てないんだなッ!?」


 敦盛は思わず涙した、間に合ったのだ彼女の罠が張り巡らされる前に。

 思わずしゃがみ込む敦盛を、親友二人は助け起こしジャージを渡す。


「おろろろろーーん、竜胆ッ、円ああああああ!!」


「くっ、何があったんだ敦盛! こんなにやつれて……しかもウンコ臭いぞテメェ」


「やっぱり瑠璃姫さんは敦盛を幸せにしてくる人じゃなかったんだっ!! こうなったらオレが二股かけてでも敦盛を幸せに……!!」


「あ、それはノーサンキュー。伊神先輩に殺されるぞ円?」


「…………何があったか、話してくれるわよね早乙女君」


「そうだね、辛いかもしれないけど話して欲しい。――僕らは君も味方さ!」


「先生……俺は、俺は…………ッ」


 ぼろぼろと涙を流す敦盛、もう安心だ。

 頼りになる親友達、そして尊敬する脇部先生。

 皆が居るなら――――、もう大丈夫だ。


(地獄からの解放ッ!! これで仕切り直しが出来るってもんだぜ!!)


 仕切り直して果たしてどうなるのか、意味があるのか。

 瑠璃姫との関係は今後どうしたいのか、そういった答えは考える事すら辛い状況だけれども。

 安心していた、これで何とかなると。

 ――その、瞬間であった。


「あっくんとアタシに何があったか……それはアタシが答えるわっ!!」


「ゲェ! 瑠璃姫ッ!? 助けて竜胆、円!!」


「はっ、やろうっての溝隠さん!」


「落ち着け円、まだ何も分かっちゃいないんだ。そうでしょう先生」


「入屋見君の言うとおりだね、ここは席に座って落ち着いて話そうじゃないか」


 元気よく入ってきた瑠璃姫であったが、制服の袖や襟から覗く包帯は痛々しく見え。

 それが一層、クラスの皆に混乱を与えた。

 然もあらん、方や全裸も同然でウンコ臭く。

 もう一方は、顔から下は包帯まみれ。


 円と竜胆は敦盛を信じるが故に警戒し、奏は慎重な判断の為に静観。

 残るクラスメイトも同じ様なもので。

 それを即座に見抜いた瑠璃姫は、ニマリと笑って宣言する。


「悪いけど、これはアタシとあっくんの問題なの。口を挟まないで頂戴」


「とは言っても溝隠さん、早乙女君は酷い格好でかなり消耗してるし。君も平気に見えて尋常じゃない怪我に見える。……教師として大人として、いや一人の人間として見過ごすコトは出来ないよ」


「…………どうあっても口を挟むと?」


「場合によっては、強制的に君たち二人を引き剥がすコトも考えてるって言ったら?」


「……」


「……」


 生徒と教師、火花を散らしあって。

 敦盛も竜胆の背中で息を飲んで見守る、是非とも脇部先生には頑張って欲しい。

 今の二人の関係には、時間的、物理的距離で一端沈静化をはかるしか無いのだ。

 だが。


「ではココで取り出したるは――不思議なメガネっ!!」


「えっ? 溝隠さんっ!?」


「そう世紀の天才は遂に発明したわっ! 全人類が求める理想のメガネ――――即ちっ、見た相手からの好感度が分かるメガネ!!」


「ホントっ!? それマジでちょっと試してみても良いかなっ?」


「いや先生ッ!? それは罠だ話を反らされてる聞いちゃ駄目だってッ!?」


「まぁまぁ、僕も分かってるよ早乙女君。だからこう考えるんだ、一度試してみて危険そうだったら没収する」


「先生? 僭越ながらその心は」


「良い質問だね福寿さん、――好感度を計るメガネなんてそんな楽しそうなモノ見逃す筈ないじゃんっ!! いやぁ、マジなら学生時代に欲しかったなぁ……」


「しまった瑠璃姫の発明は脇部先生への特効だったッ!? というかマジで危ないですから、そんなホイホイかけないで――――」


 敦盛の制止も虚しく、脇部先生はメガネを着用。

 すると、目を輝かせて。


「うおおおおおおおおっ!? なんかマジっぽいっ!! これマジっぽいよ世紀の発明だよ溝隠さんっ!! いやぁこれ教師必須じゃないかなぁ、生徒からの好感度分かるとか大助かりだ――――ところで溝隠さん、質問があるんだけど」


「何でもどうぞ先生」


「誰とは言わないけど、好感度が100を越えてる人が居るんだけどさ。これって上限は?」


「良かったですね先生、一般的な恋人の数値が100前後になるように設定してるわ。そしてもう一つ、実はこのクラスの女子に先生の熱心なガチ勢が居るの」


「…………じゃあもう一つ、このメガネ外れないんだけど?」


「とても良い質問よ先生、誰かがあっくんを捕まえてアタシに引き渡してくれたら外れるわ。そしてそのメガネを報酬としてあげるつもり」


「………………もし僕が渡さないって言ったらさ、もしかして?」


 敦盛の引き渡しか、それともメガネか、クラス全員には両方の意味で伝わっていた。

 その上で。


「殺してでも奪い取る」「悪いな敦盛」「先生、覚悟してくれ」「ふふ腕が鳴るわねッ」「これで脇部先生からの好感度が分かる?」「え、貴女だったの?」


 生徒達はギラついた目で、敦盛と脇部先生の包囲網を作り始め。


「――――俺達の後ろに隠れてろ敦盛」


「竜胆!」


「俺も火澄ちゃんを呼ぶ、だから敦盛……安心して欲しい」


「円!」


「…………私はこっちに着くわね」


「おい奏っ!? なんでテメェはそっちなんだよっ!?」


「そうだよここは一緒に敦盛を守る流れじゃないのっ!?」


「いえ恋する乙女たるもの、こんなアイテム見逃せる筈ないじゃない。大丈夫よ早乙女君の事は後日手を貸すわ」


「うーん、これは大ピンチだねぇ……。大学の時に僕の奥さんのファンに詰め寄られたのを思い出すよ」


「今そんなちょっと気になる事を言わないでくださいよ先生ッ!?」


 頼りになる仲間が居て、安心の筈だった。

 窮地を脱した筈だった。

 だが現実はどうだ? 敦盛は為す術なく追いつめられている。

 ――――絶望の淵が、そこまで見えていた。


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