第44話 サクリファイス・エスケープ



 セックスするなら服は脱ぐ、それが一般的であった。

 故に瑠璃姫もそうしようとし、しかして敦盛に止められる。


「何? コスプレでもして欲しいワケ?」


「ああ、男の夢だ。この後に悲劇が待っているなら少しは譲ってくれても良いんじゃないか?」


「別に構わないけど、アタシはコスプレの服なんて持ってないわよ?」


「親父の部屋のタンス、その下着棚の奥にバニーガールの衣装が隠してある。取ってきてくれ」


「…………チッ、ぬかったわ。アンタの事は全部把握してると思ったけど。まさかオジさんを隠れ蓑にしてるとはね」


「今だから言うが、俺の性癖は全て親父の部屋に隠してある」


「ってコトはアンタの部屋にあったエロ本とか、いかがわしい衣装はっ!?」


「ふッ、――上から三番目ぐらいの性癖だッ!!」


「威張って言うコトじゃないわよバカっ!! ああもう取ってくるからアンタは脱いで勃起させときなさいよっ、貞操帯の鍵はあげるから」


「おわッ!? 投げんなバカッ!? 届かない位置に行ったら手間じゃねぇかッ!」


「はいはい、くれぐれもオナニーして無駄打ちさせないでよね」


「探して戻ってくるのに三分もかからねぇだろうがッ、俺を何だと思ってるんだッ!!」


「………………最初の時に興奮しすぎて暴発した早漏は誰だっけ?」


「は? うっかり脇毛の処理忘れたマヌケに言われたくないんだが?」


「…………このクソ男っ」


「…………はッ、言ってろクソアマ」


 ドスドスと苛立った足音で瑠璃姫は出て行き、ならば敦盛は脱ぐしかない。

 貞操帯を外し、記念写真の為にひさしぶりに着ていた服は脱ぐしかない。


「つかアイツも手間かけるよなぁ……、俺がいつも着てる服を新品で用意して、わざわざ全部にファスナー付けて鎖付けたまま着れる様にしてるとかよ」


 それだけ敦盛への憎悪が勝っていたという事だろうが、それを思うと途端に気が重くなるし。

 股間も萎えるというモノだ。

 何より。


(――落ち着け、手順を良く思い出すんだ)


 セックス、のではない。

 最初から敦盛の目的はセックスではなく、――逃げ出す事。


(俺はもう、躊躇わない)


 例え瑠璃姫に暴力を振るってでも、ここから逃げ出す覚悟が今の彼にはある。

 ここで問題なのは。


(この鎖、アイツの意志一つで電流が流れても不思議じゃねぇのが怖いんだよな……)


 証拠はある、敦盛の悪い癖ではあるが見ないフリをしていたのだ。

 鎖と共に繋がる謎のコードを、それは鎖と同じく壁に繋がっており。

 手足の皮枷には、プラスチックの小さな箱が取り付けられていた。


(これGPSとか盗聴器とかも兼ねてるよな絶対……)


 彼に迂闊な行動を躊躇させるフェイク、かもしれないが楽観視はできない。

 そういうのを続けて、今の状況に陥っているのだ。

 ならば。


(動けば良いんだ、犠牲にするか)


 その時になったら、片方でも良いから無理矢理外すしかない。

 首の鎖にしても、壁を破壊する覚悟でなんとかするしかないのだ。

 ――今、早乙女敦盛の精神は黒く澄み渡っていて。


(ごめん、ごめんな瑠璃姫…………俺が不甲斐ないばっかりに……)


 そうとは知らず、彼女が戻ってくる。

 だが、彼の変化に彼女が気づかないのだろうか?


(…………これは不味いわね)


 裸で佇む敦盛に、瑠璃姫は内心冷や汗をかいた。

 どんな心境の変化があったのか、想像の範疇を出ないが。


(つくづくっ、あっくんはアタシを苛立たせるっ!! こんな所でストレスが爆発するなんてっ!!)


 追いつめすぎた、その一点に過ぎる。

 子供を使って復讐、とても良いアイディアに思えた。

 だから本気で実行するつもりだった、故に今更中止など言い出せない。

 それは。


(また――――あっくんに負けるの?)


 今の彼は今までとは違う何かに包まれている、それはつまり敦盛もまた瑠璃姫と同じく一線を越えたという事。

 引けない、絶対に、引けない。

 彼女は手に持っていたバニースーツを投げ捨て、潔く全裸になる。


「あん? 着ないのか?」


「ええ、時間はいっぱいあるもの。後でも良いじゃない」


「そりゃあ楽しみだ」


「それで? ただコスプレイしたいワケじゃないんでしょう? どんな変態行為でも受け入れてあげる、希望とか優しさとか欲しいでしょ」


「ありがたくて涙が出てくるね、じゃあ――――窒息プレイをさせてくれよ。ネットで読んだんだ、首絞めながらスると締まりが良いってな」


「――――良いわ、乗ってあげる。でも条件がある」


「言えよ」


「アタシもアンタの首を締める、アンタの理屈ならそのナニの勃ちも良くなるんでしょ」


「好きにしろよ」


 そして二人は全裸で睨みあったまま近づき、お互いの首に手をかける。


「あら、最初から首を締めるの? 失神したアタシを好き放題するつもりね?」


「そうだと言ったら?」


「勝負しましょう、先に気絶した方の負け」


「受けるぜ、意識があった方が勝ちだ。報酬は好き放題する権利」


「異議は無いわ」


 瑠璃姫はニッコリ笑って、敦盛もまた静謐な微笑みを浮かべ。

 徐々に、手の力を込める。

 ――彼女の細く白い首筋、その脈拍が伝わって。


「…………ッ!」


「ぁっ! ~~~~っ!」


(こんのぉ!! あっくんの首って意外と堅いっ!!)


(なんだよ……なんだよ畜生ッ、躊躇うなッ、折れそうな気がするからってッ、人間はそこまで柔じゃない筈だッ!!)


 ギッ、ギッ、と首が締まっていく。

 異常な行為に興奮して呼吸が早くなるというのに、空気が通る隙間が狭まっていく。

 それだけではない、動脈と静脈が圧迫されているのだろう。

 血が止まっていく感覚が、相手の血を止めている感覚が掌から背筋へと。

 後戻り出来ないような、危険な背徳感を電流の様に走らせる。


(ああああああああああッ、早くッ、早く落ちてくれッ!! 頼むから落ちてくれよッ!!)


 瑠璃姫の顔が赤くなる、酸素を求めて口をぱくぱくさせている。

 己の呼吸が出来ない、頭に血が上っている気がする。

 ――命の危険を、本能が訴えておかしくなりそうだ。


(俺が悪いんだッ、俺がッ、俺が悪いんだよッ、何で何で何でこんな状況だってのに――――ッ)


 どうして、敦盛は喜悦を覚えているのだろう。

 考えてしまう、どうしたって思ってしまう。

 このまま力を強くし続けてしまえば、……瑠璃姫は、死ぬ。


(ああ、ああ、ああ、ああ、死んでッ、殺してしまえばッ、コイツの全ては俺のッ!! 違うッ、今はそんな事を考えるなッ!! 目的を忘れるなッ!!)


(あはははははははははははっ、求めてるっ、苦しんでるっ、あっくんがアタシを殺そうとしてるっ!! 負けないっ、負けないわっ、もっと、もっと求めてっ)


(今俺はコイツの生死を握ってるッ、俺はコイツを殺せるッ、瑠璃姫、瑠璃姫、瑠璃姫ェ!! なんでテメェは笑えるんだよッ!! 落ちろよッ!! 早く落ちてくれよッ!! 頼むからさァ!!)


(ああ愉しい、愉しいわっ!! もっと早く気がつけば良かったっ!! あっくんがアタシを殺してしまえば、それはアタシの勝ちよっ!! そう、もっとあっくんっ、アタシに欲情して、アタシに殺意を――――)


「――――――ぇ?」


 気づいてしまった、瑠璃姫は敦盛の瞳に冷静さが混じっている事を。

 そして、ひと欠片たりとも欲情していない事を。


(なに、を――……!?)


 何故、どうして、そんな目で瑠璃姫を見ているのだろうか。

 そうだ、もっと早くに気がつくべきだったのだ。

 彼の雰囲気が変化してなお、――その瞳は諦めていない事に。


(まさか、まさかまさかまさかまさかっ!?)


 しまった油断した、そう彼女の中は荒れ狂う。

 窒息プレイは、ただの反撃ではない。

 意趣返しでもない。

 それは。


(――――手段に過ぎないって言うのっ!?)


 何かするつもりだ、瑠璃姫を気絶させて。

 好き勝手にセックスなどではない、彼女にとってもっとも不利な行為。


(逃げようってのっ!?)


(睨んだッ? ――気づかれたかッ!!)


 ギュッ、ギュッ、と互いの首を締める力が強まる。

 お互い加減を忘れて、首の骨を折ってしまいそうなぐらいに。


(このまま締め落とすっ、あっくんなんかに負けないっ、アタシはあっくんに負けない)


(何処にこんな力があんだよッ!! 俺の方が危ねぇじゃねぇかッ!!)


 瑠璃姫も敦盛も酸欠で顔が青くなる、このまま共倒れか。

 そう彼女が予想した瞬間であった、彼の手が緩んで。


(勝った、アタシが勝っ――――ガっ!?)


 ドスン、と腹部に衝撃が走る。

 気絶しそうな痛みに震えて下を見ると、彼女の柔らな腹部に彼の拳がめり込んでいて。


(そん、な……――)


(悪いな、俺はもう躊躇わない)


 彼の首から白い手が離れる、彼女が倒れる。

 敦盛は腹部を押さえる彼女に馬乗りになると、首をもう一度締める。


「落ちろッ、落ちろッ、とっとと気絶しちまえッ!!」


「~~~~ぁ。っ、かはっ、~~~~~~ぃ、ぁ――――」


「俺に殺させないでくれッ、頼むから気絶してくれよおおおおおおおおおおおおおおッ」


「~~~~~~~~っ、…………………………」


 数秒かそれとも数分か、永遠にも思えた時間が過ぎて瑠璃姫はくたりと気を失った。

 敦盛は慌てて呼吸や鼓動を確かめ、無事だと分かると隣に腰を下ろして。


「……………………もう二度と御免だぜ」


 だが休憩している暇は無い、いつ彼女が復活するか分からないのだ。

 彼は決意を込めて、手枷を睨んだ。


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