第43話 命



 親友達やクラスメイトが奮起する、だが敦盛には新たな問題が目の前に発生して。

 ――数分前の事であった。

 彼としてはもう何日経過しているか分からなかったが、そんな事がどうでも良くなる台詞が愛しい瑠璃姫から発せられて。


「セックスするわよあっくん」


「待て、ちょっと待てよ瑠璃姫。起き抜けに何を聞かせやがるッ!! というかテメェまた俺に薬でも盛っただろ絶対ッ!!」


「あら聡いわね、睡眠薬に気づいたの」


「水飲む度に眠くなればッ、いい加減気づくだろバカ野郎ッ!」


 そう、変だとは感じていたのだ。

 最初は退屈過ぎて、体の防衛反応的に眠くなってるのかと。

 次は食事の度に、完食後すぐ眠くなって。

 水分が解禁されたのが決定打であった、記念写真を撮った後、妙な眠気が襲って。

 そして、もう一つ。


「つーかテメェ……、睡眠薬だけじゃねぇだろ。絶対に何か他の薬を入れてるだろッ」


「へぇそこまで分かるんだ、誉めてあげる。えらいでちゅねぇ~~っ!」


「バカにすんなッ!! こちらとらずっとチンコ痛いんだよッ!! ああもうもっと早く気づいておくべくだったッ、なんでバイアグラかなんか盛るんだよッ!! 嫌がらせか嫌がらせだなッ!! 貞操帯なのに勃起してチンコ痛めつける気だなッ!!」


 そもそもの監禁生活の始まりがアレだ、今すぐ襲いかかると言うには精神的なブレーキがかかって。

 救いではあったが、さりとて性欲が薄くなる訳でもなく。


(――どう出る、コイツがそんなチャチな嫌がらせをするわきゃねェ)


 確信があった、だが相変わらず瑠璃姫の考えは読み切れない。

 敦盛の性欲を高めて、それがどんな責め苦に繋がるのだろうか。

 警戒する彼の姿を、彼女は満足そうに嘲笑して。


「子供を作ろうと思って」


「………………子供?」


「そう、子供。勿論アタシとアンタの子よ、喜びなさいよそのチンコに最後の役目を与えてあげようってのよ?」


「待て待て待てッ!! 最後って何だよッ!!」


「だってアンタって全然従順にならないんだもん、――金玉ひとつぐらい無くなっても事故で済むでしょ」


「事故じゃすまねぇよッ!? 男の大事な所を何だと思ってるんだッ!!」


「スペアパーツ?」


「プラモみたいに言うんじゃねぇよッ!! クソッ、何か? 親父達へのカモフラージュの為に子供作ろうってのかテメェッ!!」


 血も涙も無い理由に、敦盛は憤った。

 これは流石に聞き逃せ無い、どうあっても拒絶するしかない。

 しかし。


「――――? アンタはバカなの? なんでそんなコトの為に子供作るのよ。そりゃ結果的にそういう一面もあるかもだけど、そんな小さな目的の為に子供なんか作らないわよ?」


「…………じゃあ何の為に」


「決まってるじゃない、――アンタへの嫌がらせの為よ」


 さも当然の様に出された言葉に、敦盛は固まった。

 嫌がらせ、嫌がらせの為だけに瑠璃姫はセックスして子供を作ろうと言うのだろうか。

 だが彼女は敦盛がまだ、愛している事を理解している筈だ。

 それなのに、何故。


「あはっ、あはははははっ!! なにバカみたいに口開けてんの? その間抜け顔は爆笑ものねっ!!」


「はッ、笑うならとことん笑っとけッ!! 子供? 大歓迎だよお前が俺の嫁になるって事ならなッ!!」


「ははははははははっ、そんな幸せな想像してるなんて、ホントに頭がお花畑ねあっくん? 幸せな家族? 子供が出来てそんな事になるなんて本気で思ってるの? ああおかしいっ!! あっくんたら本当に笑えるわっ!!」


 爆笑する瑠璃姫に、敦盛は戦慄するしかなかった。

 見通しが甘かった、そうとしか言えない。

 子供を作る、そこは恐らく通過点でしかなく。

 でもその先は? 彼女は何をしようとしているのか。


「んふふ~~、不思議そうね教えてあげるわ。ええ、ちゃーーんと聞いて覚えておいてね。それがあっくんの絶望する顔に繋がるんだものっ」


「…………何を企んでるテメェ」


「前から言ってるでしょ、復讐よ復讐。アタシはとことんアンタを絶望に突き落とすの、体の痛みなんかよりもっと痛い心の痛みをあげるのっ!!」


「金玉はマジで潰すのか」


「傷つけないって言ったでしょ、脅しの一つよ。――でも、その脅しが本当になるのかはあっくん次第」


「俺の復讐の為に子供なんか作って、その子が可哀想だと思わないのか?」


 彼の台詞に、彼女はニタリと愉しそうに笑って。


「安心してあっくん、――産まれた子にはアンタへの憎悪を植え付けて育てるから」


 彼女の言葉に、彼は耳を疑った。


(今……コイツは何を言い出した? 何をするって言った?)


 体が震える、これは今までの責め苦よりもっと性質の悪い事だ。


「ねぇ、あっくん? 自分の子供に恨まれる未来の予定はどう思った? とっても素敵でしょう? ――アンタの気持ちはアタシの届かない、でも希望はあるわ子供よ」


「俺を不幸にする為に――子供を利用するってのかテメェ!! 自分の子供だろうがッ!!」


「アンタを憎むアタシの子よ、……親の本懐が己の幸せになるように育てるから心配しないで」


「テメェ!! 絶対に許さねぇぞッ!! 誰がテメェとセックスなんてするかッ!! それこそ金玉もぎ取られてもセックスなんてするもんかッ!!」


 激怒する敦盛に、瑠璃姫は冷静に告げる。


「アンタがそう言うなら、精子だけ抜き取って人工授精するわ。ほら道具も用意してあるのよ、――そうそう、その場合は回数こなす必要なさそうだから……一つと言わず二つとも去勢してあげる」


「ッ!?」


「バカね、ウソよウソ。――病院に言ってアタシの子宮を取り出して貰うわ」


「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 敦盛は叫んだ、拒否権など無い。

 そして彼女は用意周到だ、物騒な道具と共に置いてある薬はきっとよくない物に違いない。


(どうするッ、どうすればいいッ、俺は何が出来る、何をしたらいいんだッ!!)


 未来への恐怖と、怒りという興奮で思考が鈍る。

 でも今は考えを止めては駄目だ、全てにおいて彼女に劣る自分では考えに考えて、少しでも抜け道を探す事だけしか出来ないのだから。


「ふふっ、どうするあっくん? アタシとセックスする? それとも――金玉を麻酔なしで切ってみる?」


(動揺するな俺ッ、先ずはイエスかノーのニ択ッ! 拒否した所でどん詰まりなら――――ッ)


「そうだ、慈悲をあげるっ。セックスするなら多少の変態行為ならオッケーしてあげるわっ! どう? 泣いて喜んで拝んでもいいのよ?」


(イエスイエスイエスッ! セックスの途中なら隙が出来る筈ッ、否ッ、隙を作るッ! ええと最終目的は――この際だから逃げ出すだろうがッ、俺の手に余るぞこんなんッ、せめて誰かに仲裁を頼むだろ普通ッ!!)


「そーんなに迷って、可哀想ねあっくん。どっちを選んでも絶望なのに」


 瑠璃姫は気づいていた、彼の瞳が死んでいないのを。

 つまり諦めていない、どちらを選ぼうとも――反撃か妨害する気だ。


(プレイ内容はあっくんに委ねた。そこにあっくんを封殺する隙が産まれるわ)


(ってのはコイツも理解してるし、俺が読んでる事すら読んでる)


(だから、アタシの隙を作るようなプレイを望む筈。でもお生憎様ね、――鎖はつけたまま鍵はアタシの部屋に置いておくわ)


(だから、――――覚悟を決めるか。ああそうだな、俺には覚悟が足りなかった)


 すとん、と敦盛の心の中で落ちた音がした。

 それは大事な何かだった気もするが、拾う気など更々ない。


(はは、ははははははははは、駄目だ、もう……駄目だ、今のままじゃ……駄目だッ)


 今の敦盛の言葉は届かない、決して、その想いは瑠璃姫には届かない。

 変革が必要だ、既存の自分を捨てる、世界さえも変えてしまいそうな覚悟が必要だ。

 だから。


「しゃあねぇな、……セックスするぞ」


「そう来ると思ってたわ、じゃあ始めましょうか」


 お互いに警戒しながら、戦士の表情で情交が始まったのであった。


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