第4話 理由



 服を着直した敦盛であったが、冷静になると疑問は浮かぶ。

 出しっぱなしの炬燵を挟み瑠璃姫の向かいに座ると、率直に投げかけた。


「始める前に疑問に答えてくれニート」


「アンタ……アタシを一々ディスらないとダメなワケ?」


「お前がお前で、俺が俺である限り……俺はお前にマウントを取る事を止めないッ!!」


「あらそう、じゃあ借金は良いのね」


「おっぱい揉ませてくれ」


「それ誉めてるつもりッ!? それでアタシが喜ぶと思ってるのッ!? というかアンタ好きな人が居るんでしょうが!! あの子にもセクハラするの!?」


「は? 何をバカ言ってるんだ。あの人はこの世に生まれた聖女、セクハラするのは恋人になってからだ」


「頭痛い……、隣の席になっても見てるだけの癖によく言うわよね。それでいつか恋人になれるって思ってるのも、セクハラしようとしてるのも全部キモイ、死ねば?」


「ぐぐっ、言うてはならん事を……ッ!! お腹たぷたぷするぞゴラァッ!!」


「それで脅しになるって考えてるのがアンタの限界ね」


「え、今日はお腹たぷたぷして良いのか?」


「したら殺す」


「脅しになってるんじゃねぇの? まぁいいか、それより質問に答えろよ。――この事はオジさんは知ってるのか?」


「父さん? 勿論知ってるわよ、だって小父さんが行ったのは父さんの店の一つだもの」


「あぁ……、そういやそうだったッ!! なんで気づかなかったんだ俺ッ!!」


 瑠璃姫の父、もとい『母』の職業はオカマバーの経営者だ。

 という事は、この茶番は最初から全部仕組まれていたのか。


「ちょっと、何か変な誤解してるでしょ」


「誤解? 何が誤解か言ってみろよ」


「そもそも小父さんが小母さんの死を拗らせて、似た人に貢ぐのはいつものコトじゃない」


「…………まぁ、そうだが」


「そりゃね、アタシもしまったと思ったのよ。父さんとの約束で聞かれても答えないってコトになってたのに、喋っちゃったから」


「つまり……故意では無いと?」


「そうよ、でも聡明なアタシは考えたの。これを期に大火傷をしたら流石に懲りるんじゃないかって」


「巻き込まれる俺の事をもっと考えろ?」


「だから金さえ払えば何とかなる闇金をリストアップして後で渡して、アンタにもこうして稼ぐ宛を斡旋しようとしてるんじゃないっ! 感謝しなさいよ!!」


「ありがた迷惑って言葉知ってるか?」


「どうもありがとう天才美少女瑠璃姫様、って言う単語なら知ってるわ!」


 胸を張るゴス女に、敦盛は訝しんだ。

 確かに、母の死に起因する父の奇行を敦盛は止められなかった。

 なので、彼への被害を考えなければ父への良いお灸となっただろう。

 だが。


「確かに俺とお前の親は仲が良い、俺にとってもオジさんはもう一人の親父だし、きっとお前もそうだろうと思ってる」


「へぇ、アンタにしては殊勝な言葉じゃない」


「けどな、だからってお前が手を出す問題じゃないだろう。これは俺たち親子の問題だ。――何を企んでる」


「やっぱり気づくわよね、いいわ教えて上げる」


「やけに素直だな」


「ええ、隠すとアンタは暴走するもの」


「そうか?」


「そうよ、アタシも大概な自覚はあるけど。アンタもアンタで自覚しなさいな」


「お前に言われたくねぇ」


 むすっとふてくされる敦盛に、彼女は神妙な声色で続けた。


「――――ねぇ、あっくん。知ってた? アタシはアンタが嫌なの、それこそ顔を見るのも嫌な程」


「その割には、俺を家政婦みたいに使ってたよな」


「だから考えたの。……父親思いのあっくんなら、小父さんの借金返済を自分も手助けするって」


「そうか? 俺は逃げる気満々だったぞ?」


「嘘ね、安全を確保してからお金を稼ぐ気だっただけでしょ」


「…………」


「沈黙は肯定と捉えるわ」


「チッ、だがそれがテメーの企みとどう繋がる?」


「あら、まだ分からないの?」


「そうとも、この愚かな俺に教えてくれるか?」


「簡単な事よ」


 瑠璃姫はソファーから立ち上がり、敦盛をビシっと指さして。



「アタシには夢があるっ、一生好きなことだけして引きこもって生きていくという夢があるっ! だから――――アタシの命令を何でも聞くペットになりなさいあっくん!! 借金一億はマジなんだから、ノーとは言わせないわっ!!」



「ふざけんなド畜生おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 あまりにあまりな理由に、敦盛は思わず叫んだ。

 叫ばずにいられようか。

 彼を縛り付ける為に、何処の誰が大金を積み上げるというのか。

 しかも、月収百万を払うとも言っているのだ。


「お前バカか? マジでバカなのかッ!? そんだけの為に親父の借金見過ごして――いやこれは親父の自業自得だから良いけど、その借金払ったのか? マジかよテメェッ!?」


「バカとは失礼な、――アタシは正気よ」


「さてはお前……俺の事が好きなのか?」


「は? 寝ぼけてるのアンタ? ちょっとトイレ借りていい? 吐き気がしてきたんだけど?」


「そこまで真顔で言われると、ちょっと悲しいんだが?」


「アンタに使い勝手の良い駒以上の感情があるワケ無いじゃない、自惚れも程々にしないと恋人も出来ないわよ? あ、だから告白すら出来ないのねアンタ」


「テメェ……、さては喧嘩売ってるな?」


「あっくんを月百万で買うんだけど?」


「…………」


「…………」


 睨む敦盛、余裕の笑みで態とらしく腕を乳の下で組み強調する瑠璃姫。

 そして。


「同い年の美少女のペットになる仕事よ、やるのやらないの? 言っておくけど断ったら利子はトイチだから」


「嘘じゃない証拠は? そもそも何でそんなに金を持ってるんだ」


「言ってなかったかしら? アタシは天才だから特許で年収億単位で稼いでるのよ? 必要なら幾らでも証拠を出せるけど?」


「何で俺なんだ」


「ふっ、そんなの決まってるでしょう。……この天才のアタシが負け続けて十年以上っ!! アンタをこき使うコトこそ復讐になるのよっ!!」


「月に百万も払って?」


「そんなのアタシにとって三秒で稼げるわ」


「やっぱ俺の事が好きなんじゃねぇの? もしや知らぬ間に俺はお前に愛されてた? でも……ごめんな、俺、好きな人が居るから」


「寝てないのに寝言なんて器用なバカねあっくん」


「やっぱ喧嘩売ってるな? ん? ん? 拳で解決すっぞ?」


「じゃあこの契約書と持ってきた百万円は持って帰るわね」


「足を舐めれば良いんだな?」


 そうして、敦盛は高校生にして月収百万。

 幼馴染みの美少女のペットになる仕事に、就職する事になったのであった。


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