第15話.異変

「――そういえばクロマさんは、どうしてこの世界に来ることになったんだい?」


 それは街の外に出て、草原を歩いてスライムを探している最中だった。さっきまでフレイさんと話していたアーサーさんが急に俺に話を振ってきた。

 どうしてこの世界に来た……か。そういえば俺が地球から来たってことは伝えたけど、どうやってきたのかっていうのは伝えていなかったか。


「え……っと……元の世界で死んじゃったんですよ。この世界で言えば、馬車っていえばいいのかな……? それに轢かれちゃって」

「死んだ……本当に絵本そのままね。くるまってやつでしょ?」

「あぁくるまかぁ! 魔力も馬もなくても動く四角い馬車のようなものって昔絵本で読んだことあるよ!!」

「え、知っているんですね」


 あ、確か神様が言ってたっけ。この世界は大量の転生者のせいでインフレしたって。それなら昔の本とかに地球の話があっても何もおかしくないし、車に轢かれることで異世界に行くことを知っているのも頷けるか。

 そんな俺の考えを肯定するかのようにアーサーさんは首を縦に振った。


「僕は絵本が大好きでね! 冒険者になったのも絵本の絵本に出てくる英雄になる為なんだっ!」

「へぇ……英雄かぁ……」


 アーサーさんのアーサーっていう名前からして確かに英雄っぽい。見た目も金髪爽やか系イケメンでレザー装備の上からでも筋肉の凄さが分かるなんて、これほどザ・勇者って人は居ないくらいだ。

 まさに英雄になるべくして産まれた! って感じがしていいな。うん。


「そういえば気になっていたんですけど、アーサーさんとフレイさんってどういった関係なんですか?」


 ブゥー、とまるで漫画のように噴き出すフレイさん。いきなりのことで驚いたのか何度か咳き込んだ。


「べ、べべべべ別に特別な関係なんかじゃないわよ!! ただの幼馴染っていうか、それだけよ!」

「うん、フレイの言うとおりだよ。僕とフレイは昔からの付き合いで、もう僕にとっては妹みたいなものだからね!」


 照れを含ませるフレイさんとは違って、ははは、と笑顔満点で笑うアーサーさん。

 ……なぜかフレイさんが殺気立っている気がするのは気のせいだろうか。いや気のせいじゃない。般若の顔が具現化してる。

 あれか、やはり今はフレイさんの片思いって感じみたいだ。アーサーさんは全くと言っていいほど気付いてないみたいだけど。


 俺は歩幅を調整して後ろに下がってフレイさんの隣に並ぶと、耳に口を近づけた。


「応援してますよ!」

「う、うっさい!!」


 叩かれた。フレイさんからしたら軽くぺちっ、程度だったのだろうが、今の俺にはそれがまるでハンマーでも振り下ろされたかのような衝撃で、脳が1回転するような変な感覚に陥ってしまう。


「あ……ごめん……軽く叩いたつもりだったんだけど……」


 これで筋肉の関係ない魔法使いなんだから恐ろしいところだ。もしアーサーさんだったら脳震盪とかで死んでたんじゃないか……?


「うーん……僕の剣もだいぶ重そうにしていたし、本当にステータスが低いんだね……」

「うぅ……」


 こういう時こそ笑ってくれよ……アーサーさんが笑ってないと何か不安になるんだよ……。


「そ、それでフレイさんは何で冒険者になったんですか?」

「えっ!? べ、別にたまたま! たまたまよ! ただの気まぐれというか……アーサーが1人だと何をするか分かったもんじゃないから監視役として冒険者になったの!」

「えっ!? そうだったの!? てっきり僕と同じ──」

「うるさいうるさいっ! 今すぐ黙らないと燃やすわよっ!!」


 あー、ナルホド。これはあれだな? アーサーさんと離れたくないが為に冒険者になった感じだな? さっきから顔が赤いし、チラチラとアーサーさんの事を見てるし、本当に分かりやすい人だ。


 ……それで気付かないアーサーさんもどうかと思うケド。


 なんて呑気に考えたり喋ったりしながら30分くらいが経った。どれだけ歩いてもスライムと遭遇する事は無く、何の変哲もない草原だけが視界に広がるだけである。

 流石に違和感を感じたのか、アーサーさんやフレイさんは跳躍したり探知という魔法を使ったりして周りを見てくれた。

 ……にしても、アーサーさんの跳躍は本当に凄かった。衝撃波と言えばいいのか、跳躍した際にとにかく凄い風が俺を吹き飛ばす勢いで発生したときはマジで気絶するかと思った。

 何とかフレイさんが俺の手を掴んでくれたおかげで吹き飛ばされる事は免れたが……代わりにアーサーさんが凄い怒られてた。申し訳無い……。

 それからフレイさんが探知魔法っていう魔法を使って辺りの魔物の反応を調べてくれた。暫くその探知状態で歩いてはみたが、スライムが見つかる所か、生物1匹も見つかる事は無かったようだ。


「流石にこれはおかしいわね……何かしらの異変が起きてることは間違いないわ」

「うん……さっきから生き物の痕跡を見るけど、どれも何かに怯えるように一斉に方向転換して歩幅と踏み込みが大きくなってる。多分これは……スライム以外の魔物の仕業だ」


 アーサーさん達は異変が起きてる事を確信し、これ以上ここにいたら危ないかもしれないと、一旦街に帰ろうと提案してくれた。俺はそれを了承するが──その時、あたり一帯が深い霧に覆われるのであった。

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