第13話.声



 早朝での起床。それはどの街、国、世界でも共通して憂鬱となる時間である……と思っている。

 起きたばかりはまだ眠り足りないと脳が訴えかけてくるが、少し体をモゾモゾと動かせばすっかりと脳も起き、曇り気味だった意識も徐々に晴れていく。


「すぅー……はぁー……」


 深く深呼吸をしてからベッドから下りた俺は、次に身体を完全に目覚めさせる為に大きく体を伸ばした。


「よしっ……」


 あの後、フレイさんに全てを話した。

 俺が男であった事も、この世界に来たばかりでステータスが最弱である事、能力が『模倣』であり冒険者になって寄生しようとしていたこと。


 そしたらフレイさんは『何だそれだけか』と鼻を鳴らして一蹴りした。


 一瞬だけ話した事を後悔した俺だったが、フレイさんはすぐさまこう繋いだ。


『信じるわよ。冒険者になった理由も分かったわ。また明日、一緒にギルドに向かいましょ。アーサーにも話して協力して貰うわ。そしたら安心でしょ?』


 フレイさんはそう言って微笑んでくれたのだ。迷惑がる素振りも見せず、ただ純粋に協力したいという思いから出た笑みなのだと、人間関係に疎い俺ですら理解することが出来た。


 だから俺はすかさずこう聞いた。

 何故そこまでしてくれるのか、と。


 そしたらフレイさんは『困っている人を助けない冒険者は居ないわ』とマジ格好良すぎる言葉を言って部屋を出ていった。

 それから俺は眠りに付き、今に至るというわけだ。


 今日はフレイさんと一緒に冒険者ギルドに出向き、アーサーさんと合流。完成したギルドカードを受け取って簡単なクエストに行く、という流れの予定である。


 まさかこんなにも早く仲間が見つかるとは思わなかった。最底辺のステータスを持つ俺を仲間にしてくれる人なんてまず居ないだろうし、本当に運が良かったとしか言えない出会いだろう。 


「早く起きすぎたかなー……っと……」


 もう身体のムズムズ感も完全に無くなっているし、頭もスッキリ真っ白な状態になっている。


「ふぁあ……ブラザーは起きるのが早いな……。いつものオレ様ならあと4時間は寝てるぞ……」


 ぽわん、と光の球──神様が現れ、起きたてでまだ眠たいのか光量が弱いままふわふわと浮かんでいた。


「別に寝てていいのに」

「そんな訳にもいかないさ。オレ様はブラザーを見守る義務がある。それに、ブラザーのおめでたい冒険者登録記念を見逃す訳にはいかないだろ?」

「それはいいけど、見守る義務ってなんだ? 初めて聞いたんだけど?」

「ひひっ、初めて言ったからな。これからもずっと一緒にいられるんだ。喜んでもいいぞ」


 どうやら眠たいままでも舌は回るらしい。お喋りなのは知っていたがまさかここまでとは思わなかった俺は苦笑だけを返すと、神様はポワリと移動し、俺の視界いっぱいまで近付いてきた。


「聞こえてるからなブラザー。ひひっ、まぁいい。とにかくオレ様はいつも見守ってる。ブラザーが女の子の体に興味津々ってのもビンビン伝わってくるくらいにな」

「やかましい!」


 み……見られてたのか……!


 い、いやでもすぐに辞めたし。うん、大丈夫。ちょっと胸を触ったくらいだ。誰だってするってそのくらい。うん。


「まあどうせ今のブラザーはこの世界の食い物を食べると魔力酔いするんだ。そんな、、、行為は嫌でもすることになるから気にすんな」

「おいまて今サラっとヤバいこと言わなかったか?」


 この世界の食べ物を食べると魔力酔いする? あんな感覚が飯を食うたびに襲ってくるって事か!?


「ひひっ、そういう事だ。まぁ昨日の件のおかげでココアくらいは飲めるだろうが、今のブラザーがパンとかスープとか一気に食うとココア以上に発情するからやめとけよ? そこらの男に求愛しておっ始めるからな。ひひっ」

「笑えねぇよ……」


 つまり俺の暫くの飯はココアだけって事か……何でこう1つの問題が解決するとまた新しい問題が出てくるんだろう。

 世界七不思議だな。間違いない。


「安心しろ。今話したのはあくまでもガツガツ食べすぎた場合だ。ちびちび食べていけば昨日のココアくらいで済むだろうよ」

「結局アウトじゃねえか……!」


 もうあんな思いはしたくない。というか人前であんな姿を見せたくないっ!

 元々俺は男だ。だからこそ、こう、なんか、見られたくないのだ。


 ……未だに女装をしてる気分が抜けてないからかもしれないが。


「正真正銘の女だ。それは昨日確認しただろ?」

「1回黙ってくれないかな神様……!」


 俺が男じゃなかったらセクハラで捕まってるぞ絶対。


 そんなやり取りをしながら適当に時間を潰していると、廊下に繋がるドアからコンコン、と2回のノック音が部屋に響いた。

 それと同時に神様は姿を消すのを見て俺は不思議に思いながらも、フレイさんを待たせてはいけないのでドアに近付き開ける。


「ぅあ……何だ。もう起きてたのね」

「あ、はい。お陰様でもうすっかり元気ですよ」


 そんな俺の言葉を聞きながら目を擦りながら眠たそうにするフレイさん。その特徴的な赤い髪は寝癖なのかボサボサに爆発している。ちなみに服は今俺が着ているピンクのパジャマの色違いで、白の水玉模様が全体に散りばめられた赤色のパジャマだった。


「なら良かったわ……。私はもうちょっとだけ寝るから、適当にくつろいでて構わないから……」


 そう言って自室へと帰っていくフレイさん。

 多分だが、俺が大丈夫なのか様子を見に来てくれたんだろう。寝ぼけながらも俺を心配してくれるその姿に感謝の気持ちを感じながら、俺はまたベッドに寝転がる。


『──し……くれ』


 それと同時に突如頭に響く声。それはノイズが掛かっていてよく聞き取れなかったが、何か言葉を話している事くらいは分かった。


「なんか言ったか神様?」

「何だブラザー。オレ様はここに居るぜ?」


 神様はそう言って俺の視界に入ってくる。

 はあ……喋りたいからと言ってこんな簡単な嘘まで付くなんて、どれだけ話足りないんだか。 


「いやまてブラザー。オレ様は本当に何も喋っちゃいない──まさか声が聞こえたのか?

オレ様以外の声が」

「う、うん。よく聞き取れなかったけど聞こえたのは間違いないよ」


 神様の声が急に真面目になったので、俺も思わず真面目に返してしまった。


「そうか……まぁ気にすんな。今はとにかく寝て体力を回復しとけ」

「あ、おい──!」


 そう言って姿を消す神様。いきなりの事で頭が追い付かなかったので呼び止める俺だったが、反応が帰って来なかったので仕方なく諦める。


「──今の声」


 神様には言わなかったが、さっきの声は間違いなくアーサーさんだった。あくまでも似ていただけで別人かもしれない、そんな考えは俺の中には無かった。

 あの声を聞いた時、俺は真っ先にアーサーさんの顔を思い浮かべ、この声が、この言葉がアーサーさんが発したものだと確定付けた。


 そんな気がする、なんて次元ではない。確信できるのだ。あの声はアーサーさんなのだと。


「考え過ぎか……」


 何故か胸騒ぎがする。今日は街の外に行くべきではないと俺の勘が警鐘を鳴らしている。


 それからどれだけ時間が経っただろうか。

 悶々としながらさっきの事について考えていると何時の間にか寝てしまっていたようで、目を開け起き上がる。

 ちょうどその時に部屋のドアが開いた。


「起きたわね」


 そこから現れるのは赤髪のフレイさんである。その服はさっきまでのパジャマ姿などではなく、俺が初めてフレイさんを見た時と同じローブ姿であった。

 フレイさんは手に持った服類を俺に手渡し、またすぐにドアへ向かう。


「その服、アンタのだから早く着替えちゃいなさい。着替え終わったら早速冒険者ギルドに向かうわよ。朝ご飯はそこで済ませちゃいましょ」

「は、はい……」


 未だに胸騒ぎは収まらない。収まるどころか酷くなっている気さえする。


『ダメっ──!』

「うっ……ぐ……!?」


 突如として頭に走る激痛。脳裏にフラッシュバックするかの様にボヤケた景色が浮かび上がる。


 霧が掛かっているせいで場所は分からない。分かるのは、地面が赤く、目の前には黒い"何か"が存在している程度だ。


「だ、大丈夫?」


 フレイさんが焦燥気味な声で俺に駆け寄ってくれる。その声で我に戻った俺はフレイさんの顔を見て安堵、、した。


「大丈夫……多分……」

「……ならいいけど……」


 さっきの声は誰だ?

 叫んでいた。声からして女……だろうが俺に向かって叫んだのか? それともまた別の人?


 いや、もしかしたら神様みたいに俺の脳に直接話し掛けて来る存在がこの世界には居るのかもしれない。


 でも、さっきと今の声といい、急に居なくなった神様といい、妙にザワつく落ち着かない気持ちといい、今日何かが起きてもおかしくないと誰かが警告してくれていると考えた方が良いのだろうか。


 そんな事を考えながら着替え終えた俺は、何故か顔を赤くしてそっぽを向いているフレイさんに声を掛けた。


「冒険者ギルドに行きましょう……アーサーさんが待ってるんですよね?」

「そ、そうだけど……もう知らないからね!」


 そう言ってフレイさんは俺と顔を合わせずに部屋を出ていく。

 ……これ以上フレイさんに迷惑を掛けたくない。だからこれが最後の迷惑だ。今日で能力を模倣し、せめてスライムと戦える程度になって、そこから徐々に強くなっていこう。


 そんな事を考えながら、俺は1歩足を踏み出すのであった。





 

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