たんたん

藤泉都理

たんたん







ずっと淡々と暮らして来た。





家族と居る時も。淡々と。




友達と居る時も。淡々と。




恋人と居る時も。淡々と




学校で授業を受けている時も。淡々と。




職場で仕事をする時も。淡々と。




家族からはそれも個性だと笑われた。





友達からは生きていて楽しいのかと、半ば本気で心配されながら、まぁいっかと笑顔をくれた。




同僚からは真面目だと褒められた。




上司からはやる気を示せと呆れ交じりに喝を入れられた。





恋人は、何も言わない。





恋人もまた、淡々とした人だった。







♯♯♯♯







友人からの紹介がきっかけで、いわゆる男女の付き合いを始めた。





恋はよく人生を変えると言うけれど、何も変わらなかった。





淡々と。お互いに。





そもそも恋をしているかどうかさえ怪しい。





お互いに。





だから何も変わらないのだろうか?





公園の散歩がデートの定番だった。





一周するのに大体二時間程度らしいが、ほぼ半日を掛けて回った。





ご飯は屋台のたこやきとかホットドッグとか。まぁ、色々だ。





ほぼ会話は無い。





時々どちらともなく、花が咲いているとか、見た事のない植物だとか、暑いとか、寒いとか。





それに対する反応はどちらともに、一言。本当。うん。ううん。大体それだけ。







♯♯♯







一年が経って結婚しないかと言われて、うんと頷いた。





恋人から夫婦になった。





うん。何も変わらない。





同じ家で生活を共にするようになっても、淡々と暮らした。





そんな或る日。





子どもをどうしようかと尋ねて来たので、欲しいと告げた。





セックスするのと訊かれたので、少し困った。





どうにもできそうになかった。嫌ではないが、全く想像できなかった。





頑張ればできそうな気がしたけど、どう頑張ればいいんだろうか?





思った事を口にすると、口を結んで考え始めた。





初めて見た悩んでいる顔だった。





それから無理だろうねと言われて、無理だろうねと返して、小さく笑った。





なので、体外受精。





無事に女の子を出産。





出産する前に襲われた陣痛ではさすがに淡々とはしていられなかったけれど。





淡々としていてくれたから、安心できた。






♯♯






子どもはよく親の背を見て育つ。なんて言うけれど。





全く以て騒がしいお子様に成長した。





あれして。これやだ。





口を大きく開けて笑った。大暴れして泣いた。





まるで足りないものを補うかのよう。





ふと、家族なんだなと、思ってしまった。











子どもが家から出て、また淡々とした日々を暮した。





定年退職したら、また公園を散歩した。一週間に一回。





長生きしようねと言ったら、うんと返してくれた。





長生きする為に歩こうと言われたので、うんと返した。





金婚式を迎えた或る日。訊いてみた。





なんで付き合ってくれたの、と。





今更?と少し笑って、一緒に居るのが自然だと思えたから。君もだろうと言われて、うんと答えた。





一緒に居るのが自然だった。





一目見た瞬間に、そう思った。





これも恋なのかしらと首を傾げると、うんと返されて。





初めて胸が疼いた。こそばかった。





別れの日。





そんな日でも淡々と。





寂しいと言うと、寂しいと返された。





楽しかったと言うと、楽しかったと返された。





幸せだったと言うと、幸せだったと返された。





今ならセックスできるかもと少し笑うと、無理だよと返された。





そうかしらと返すと、手を握ってと言われた。





しわくちゃの皮と骨だけの手。お肉はどこへ消えたの。羨ましいわと告げると、少し笑われた。





ずっと握っていてと言われて、握っていると告げた。





トイレに行く時は離すけどいいわよねと続けると、





我慢してほしいなぁと小さく笑って嘘だよと言った。





泣かないよと言うと、薄情だなと返された。





だって死ぬのは普通でしょうと言うと、そりゃあそうだけどと、少し眉根を寄せた。





知らない事の方が多いねと言うと、うんと返されて、知りたいのと尋ねられた。





うんと言った。今なら、知りたいと。色々。





遅いなあと笑われて、うんと返した。





でも、もう逝くから、教えられないと、意地悪する子どもみたいに言われて、けちと返した。





言葉通り。





十分後に死んでしまった。





ずきんと、胸が痛くなって、泣いた。





声を上げて泣きたかったのに、できなかった。





お葬式を終えて、また淡々とした日々が続いた。





でも、淋しい。傍に居てほしいと、願った。





初めての願いだった。





一緒に居るのが自然だったから。





願う必要がなかったのだ。





逝かないわよ、まだ。と遺影に向かって、決意を口にした。





まだ逝ってやらないと、子どものように拗ねて言った。





絶対に逝ってやらないんだと。





お迎えが来るほんの束の間。





淡々とした日々に、楽しみが加わった。










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たんたん 藤泉都理 @fujitori

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