第19話 “流命の腕輪”と“羅津銘”(2)

 タロとの訓練は、離れの庭で行うことにした。庭といっても山や森があるような広大な土地のようで、濃い霧で遠くまでは見えないが、紅葉や桜のような四季の植物が同時に見られるような幻想的な場所だった。

 ツキカゲさんいわく、この世界は昼も夜も濃い霧が充満しているため、この世界はどこまで続いているのか分からないらしい。うっかり探索しようものなら、迷って帰ってこない可能性もあるとのこと。この庭も、ツキカゲさんの先祖が慎重に探索しながら塀で囲ったらしい。ここには、ツキカゲさんが育てている薬草園もある。

 私はタロに案内され、黒い砂や岩のある石庭のような場所で訓練を行うことにした。黒い砂や岩は、私の世界にある砂と岩とおなじような質感だった。


「愛紗。この砂や岩はね、“黒夢”(くろゆめ)といわれていて、零因子を吸収するものなんだ。訓練中の零因子の暴走を考えて、この場所にしたよ」

「……暴走って」


 タロの言葉に、やや不安を覚える。

後から、自分が嫌な顔をしていることにも気づいた。

 だが、タロは私の態度を気にすることはなさそうだった。


「僕の知見では、“死の契”(しのちぎり)は意思があると思うんだ。それが愛紗への罰なら、君を少しでも苦しめたくて暴走する可能性もある……だからこの場所を選んだんだ……この世界への影響を少しでも少なくするためにもね」

「これ、生きてるんですか?!」

「……あくまで推測だけどね。僕の体にある黒い爪痕は、僕が君に好意を示した時に、それが反応して刻まれたものだし……まぁ、誰にでもつけられるものでもないのだろうけど」

「……」


 “死の契”に意思がある……さずがに少し薄気味悪さを覚えてしまった。


「ということは、“死の契”がその気になれば、私をすぐ殺せるというということでしょうか?」

「……いや、それには相当な量の零因子が必要なんじゃないかな。だた、それは少しでも零因子を取り込んで愛紗を苦しめたいって思っているから、君が零因子に触れる機会があれば、すぐ反応しちゃうんじゃないかな」

「うわぁ……よかった」


 それにしても……なんて粘着質な……。


「この“流命の腕輪”(りゅうめいのうでわ)は、零因子を自分の体に適したものに変えるものだから、まずは零因子の流れを感じることが今日の訓練かな」

「自分の体に適したもの……とは?」

「う~ん。人にもよるけど、昔の言葉で、仙術とか、奇術とか……魔術?」

「マジっ?!」


 意外な言葉についテンションがあがってしまう。

 その様子にタロがクスッと笑ったようだった。

 

「ふふっ。さすが、愛紗だね。こんな状況でも明るさを忘れない」

「あぁ……いや」


 その包容力のある言葉に、つい恥ずかしさを覚えてしまった……ただ、死ぬかもしてない不安の中、少しでもテンションがあがるものがあってもいいのではないだろうか? 

 私は少し気を取り直して、タロに向かってお辞儀をした。


「では、タロ。よろしくお願いします!」

「はいはい、じゃあ、その岩に座って目を閉じて」


 私はタロに案内され、少し大きな岩の上で座禅を組まされる。

 そして、言われるがまま、目を閉じた。


「……」

「じゃあ、何か感じるものがあったら僕に伝えてくれる?」


 静かにうなずき集中してみる。

 聞こえるのは、自分の息遣いと風の音。

 肌には少し冷たい霧の湿気のようなものも伝わる。


「……」


 まだ、何も感じない。


「……」


 どのくらいの時間がたっただろうか?


「……」


 ふと、右肩から何が蛇のような這う(はう)ものものが出ていて、私のまわりのものをつかみとっているような感覚がした。


「……」


 その先を感じると、何か温かく、蝶のようなヒラヒラしたものが感じられる。


「……」


 この右肩の蛇のようなものは“死の契”ではないだろうか……ということは、それがつかもうとしているものは……零因子?


「……零因子って、ヒラヒラしたものですか?」

「お?! 何か見つけたようだね」

「はい……」


 意識を集中させているせいか、これ以上声を出すことができない。


「……」

「それ……愛紗の腕輪に吸い寄せることはできそう? どんなイメージでもいいからさ」


 タロは、私に聞こえるようにアドバイスをしてくれる。

 どうやら感じ取ったものは零因子のようだ……が、吸い寄せる? どこから?


「……」


 とりあえず右肩以外の場所から体の中に吸収するイメージで、ヒラヒラしたものを取り込むよう、意識を集中させた。


「……」


 しばらくしても、タロは、何も言ってくれない……。失敗したんだろうか?


「……愛紗……目をあけて」


 すると、タロが声をかけてくれた。

 私は、ゆっくりと目をあける。


「……!」


 そこには“流命の腕輪”の複数の宝玉から枝が伸び、黒い庭一面に、白い桜のような、黄色い菊のような、赤い彼岸花のような花を咲かせていた。


「……まいったね、そこまで吸収しても気が付かないなんて」


 タロさんが眼鏡をクイッとあげる。


「これは、“理の法”(ことわりのほう)も使えるかもしれないね」


 タロは、何かボソッとつぶやいたようだったが、私には聞こえなかった。

 ……言ってる意味は分からなかったが、タロの顔からでる微妙な汗には気がついた。

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