第12話 葛葉小路商店街の怪(7)

上の階からの音は次第にこちらに近づいて来るようだった。

私はそっと窓を閉じ、まわりを見回しす……が隠れる場所が見当たらなかった。


『愛紗』


白い狐のような姿に戻ったツヨは、私の肩に乗ると、フワフワした尻尾を私の首に巻き付けた……このような状況だが、首元がなかなか気持ちがいい。


『僕がこの世界の零因子と同調する……愛紗の姿は見えにくくなるはずだけど息はひそめてね……』


 私は静かに頷く……そしてゆっくりと台所から隣のリビングに移動した。

 リビングでは部屋の隅の台所が見える位置にしゃがむ。


――キシキシキシ……ギッギッギッギ。


 音は何かが階段を下りていくものに変わる。

 わずかに木の焦げた匂いがした。


「ふいー……ふいー」


 何かは台所に近づいてくる……背は2mあるだろうか? 上半身が僅かに見えるが身体は人の身体のようだ。色は赤い。一定間隔で息づかいのような音も聞こえてきた。

 私は少し頭を台所に近づける……すると――


「んふぅ?」


――大きな牛の頭がこちらを振り向いた。


「!!!」


 僅かに自分の身体が震えたのが分かる……だがそれ以上は少しも動かないようにした。

 牛のようなものはリビングに近づき、あたりをじっくり見回した。


「……気のせいか?」


 どうやら言葉は話せるらしい。口調からして、高齢の男性のようで……そしてその声には少し聞き覚えがあった……。

 牛のようなものは台所に近づき、コショウの入った瓶を手にする。どうやらあの瓶は、こちらの世界に来ているようだった。


「なぜここに?」


 牛のような者はコショウの入った瓶の蓋をあけて、中身をしばらく見つめる……そして、ポケットに瓶を入れると下の階に降りた。


――ガシャ。


 どうやら外出するようだった。

 ツヨは私の肩から降りるとリビングの窓から外の様子を見ている。

 私はというと……その場にへたりこんだ。


「ぷはあぁああああ~」


 思わず、声を出してしまう。気が付くと首から汗も僅かに出ていた。

 正直、状況が急展開すぎて、何一つ理解できていない。


「ツヨ……これからどうすればいい?」


 頭が整理されないまま、これを聞くのが精一杯だった。


『後をつけるか、上の階に行くかだろうね。ただ、後をつけるなら急がないと……』


 確かにコショウの入った瓶には何かある気がする……でも上の階にも何かありそうな気もする……もう直感に頼るしかなかった。


「……行こう。外へ――」


 私はそう言う。


『これから僕たちの会話は全て頭の中ですること……いいね?』


 ツヨが少しカッコよく見える。

 私は静かに頷くと、ゆっくりと1階に降りた。

 玄関には私の鞄や靴がある。なぜ牛のようなものはこれに気が付かなかったのだろう?


『……多分、愛紗の世界のものには気がつかないと思う。第237霊界と同じルールなら、ここで暮らす存在は零因子を感じながら生活しているんじゃないかな? ただ愛紗には”死の契”(しのちぎり)があるから気がつかれる可能性が高いよ……そして、この世界からの影響を愛紗も受けやすいと思う』

 

 ツヨが私の考えを感じ、答えてくれた。

 なるほど。まぁ、だからこの世界に迷い込んだのだろう……となると、気軽に外に出るわけにもいかないな。

 私はとりあえず靴を履き、鞄をもつと、少し玄関のドアを開けることにした。

 ドアの隙間から、外の空気が入りこむ。やや息がしづらい感じがした。


『外は特に零因子の濃度が多いね……長時間いると愛紗の”死の契”の浸食が進んでしまうかもしれない……』


 ツヨの言葉に思わず、玄関のドアを締めてしまった。

 室内ではそんな息苦しさを感じなかったのに……。


『ふむ――』


 ツヨは私の考えに反応し、2階にあがっていく。


――ゴソゴソ。


 ツヨはわりとすぐに戻ってきた。

 ツヨは私の肩にのぼると、首元に尻尾を巻き付けて、体を少し白く光らせる。


『僕たちと一緒に愛紗の世界の空気も紛れ込んでた……だから、さっきの存在は息を荒げていたんだと思う。今、2階の空気を僕のまわりにまとわせたから、しばらくは息苦しさを感じないと思うよ』


 ツヨが少し微笑む。

 多分、さっきから私の不安を感じ取っているのだろう。少しでも不安を和らげようと、サポートしてくれているのが分かる。きっとツヨもこの状況は分からないことだらけだと思う。その想いに私も答えないといけないと感じた。

 私は大きく息を吸い。玄関のドアを開けた。

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